トピックス(活動報告)
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「製造業向けP2M活用ガイド」完成にあたり
リレー随想第5回

清水 基夫 [プロフィール] :8月号

 「製造業向けP2M活用ガイド」の作成に参加させていただき、有り難うございました。現在は大学に籍を置いていますが、私も10年ほど前まで、通信電子機器企業の中で新製品等の開発を担当してきましたので、北村委員長はじめ各社の現場を熟知した委員の方々との議論は、大変に興味深いものでした。

 電子機器産業は比較的小規模の開発プロジェクトを短期に繰り返すことが多く、本来はプロジェクトマネジメントの応用には適していますが、多少の経験と現場の暗黙知の助けで、明確にそれと意識しないでも「どうにか形をつける」ことが出来てしまう様です。
 たとえば電子機器の開発設計では、全体をサブシステムに分け、各々にコード番号を振り、設計責任者を決めることは、私が入社した40年前には既にルーチーンワークで、WBSとか責任分担表などと言わずとも、ほぼこれと同一の考え方はあったように記憶しますし、90年代に話題となった「モジュール化」も当たり前すぎてピンとこない感じがしました。ただし、プロジェクト計画のようなマネジメント作業、製作・組立、検査等の作業はWBSのような考え方ではなく、各職能部門がそれぞれのカンと経験と徹夜作業でつじつまを合わせていたようです。
 会社に入って3年もすると小さな開発プロジェクトのリーダになり、たとえば期間6ヶ月くらいの設計・試作の日程計画表を作って生産計画部門へ持っていくと、担当の部員か係長がたいてい「この線表では3ヶ月足りない」等と言って、計画表を真っ赤に直してしまいます。結局7ヶ月くらいで手を打つのですが、計画部門では、まず検査日程、製造日程という後工程を十分に確保し、そこから前に設計日程等を詰め込みます。検査や製造の日程が長すぎると言っても、標準日程だと言って取り合ってもらえません。当時は鬼軍曹のような計画係長にずいぶんと泣かされたものですが、結局これは開発技術者に対する効果抜群のプロジェクト実務の教育であって、おそらく、この種の現場の経験主義的な工程計画はどこの会社でも普通に行われていたでしょう。近年はこの後工程に余裕を持たせる考え方が洗練されて、クリティカル・チェーンの計画などと言いますが、そこでプロジェクト・バッファ、合流バッファと呼ばれるものは、当時は工程部門の暗黙知として、検査や製造の工程にきっちりと隠し込まれていたものです。

 プロジェクトマネジメントの理論と言われるものは、現実のプロジェクトで行われているマネジメント行動を整理して、形式知化したものです。従ってかなりの部分は、上に見たように企業組織の中で暗黙知や経験則として実務に供されていたものですし、特に製造業ではその傾向が強いのではないでしょうか。しかし、こうした経験によるローカル・ルールは環境が変わると対応が困難であり、キーパーソン(鬼軍曹?)がいなくなると、たちまち混乱を来します。

 装置産業型は別にして多くの製造業の場合には、プロジェクトマネジメントの深い理解がなくても、何とか仕事は回っていきます。しかし、現実にはこれが組織全体に定着していなければ、プロジェクトの実行の確実性だけではなく、成果物の品質やコストにも確実に悪影響が蓄積します。さらに、戦略に対応したプロジェクトの構想計画の部分は、組織内に自然発生的な暗黙知の蓄積場所がなく、組織対応がなければ、個々のプロジェクトマネジャーの能力だけが頼りになります。
 このような意味で、P2Mの深い理解と製造業への活用は、今日の不安定なビジネス環境の中で、製造業各社が力強く発展する上で非常に重要であろうと考えます。
以上
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