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「エンタテイメント論」(17)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :8月号

エンタテイメント論

第1部 エンタテイメント論の概要

14 映画産業の実態

●米国MCA社や東宝から学んだ映画ビジネス
 読者は、筆者がテーマパーク事業を専門とするので詳しいことは分かるが、映画について何故、詳しいのか不思議と思うかもしれない。その理由を明らかにしないと本稿を読んだ日本の映画人を納得させられないだろう。

 筆者は、新日本製鉄勤務時代、日本で初めて「ユニバーサル・スタジオ・ツアー(USJ)」を同社の君津市又は堺市の社有の埋立地に建設する検討を行った。そして当時、日本のどこにも存在しなかった「集合映画館」をUSJに隣接して建設する検討も行ったのである。

 そのため筆者と筆者のグループは、MCA本社の関係者からテーマパーク事業は勿論のこと、それを支える米国の映画ビジネスの実態とその本質を学んだ。また東宝映画会社の協力を得て、同社関係者から日本の映画ビジネスのそれらを学んだ。両社の関係者は親切に粘り強く指導してくれた。このことがなければ今日の筆者は存在し得なかったと思う。今も感謝している。前号で本物の「集合映画館」とは何かを本稿で説明できる立場にしてくれたのは、MCA本社の彼らの指導のお蔭である。

 新日本製鉄は、MCA社のUSJテーマパークを検討し、導入するExclusive Right(排他的権利)を取得するため100万ドルを同社に支払った。従って同社が我々にテーマパークの何たるか教えるのは当然である。しかし映画や音楽などのエンタテイメント事業全般まで教える義務はなかった。

 彼らは、我々をパトナーとして扱い、映画制作の考え方や方法、映画ビジネスの成功の秘訣などを教えた。その時に得た貴重なノウハウの一部を本稿で公表している。新日鉄と同社との秘密保持期間が過ぎたので、その公表を新日鉄関係者は許してくれるだろう。

●ヒットする映画を制作する秘訣とは?
 新しい映画を企画し、制作する場合、どのプロデューサーも、どのディレクターも、どの脚本家も、どの俳優も、どの制作関係者も、この映画をヒットさせると決意し、ヒットすると信じて、「汗と涙と血」を流すことを厭わず、実際には流して、映画を制作する。しかし現実にはヒットしないことが多い。

 筆者は、MCA社の映画関係者に会う度に「ヒットする映画を制作する秘訣とは何か」を質問した。そしてさまざまな意見を聴取した。彼らは、異口同音「映画をヒットさせる相対的な秘訣はある。しかしこれぞという決め手になる絶対的な秘訣は存在しない」ということだった。

 夢工学は、夢を持てば、夢が実現し、成功すると提唱している。ならば「夢」のある映画を制作すればヒットするか。残念ながらその保証はない様である。しかし夢工学に準拠し、映画の制作〜建設〜運営を適時、適切に実行すれば、ヒット映画を作るチャンスを得ることは可能であろう。

●映画ビジネスを成功させる秘訣とは?
 さて「絶対的な秘訣」がないとすると、映画会社は、どの様にして「映画ビジネス」を成立させるのか? 世界一の映画産業に発展させたハリウッドを中心とする映画事業の先人達は、どの様にして収益を確保したのか? また現在も映画ビジネスを発展させている経営者達は、どの様なことをしているのか?

 筆者は、この映画ビジネス成功の秘訣について遂にMCA社の映画部門のトップから直接教わる機会を得た。その答えは、極めて納得のゆくものであった。それは、@映画の企画と制作に「ポートフォリオ戦略」を採用していること、A同戦略を策定し、数年間に亘って実行すること、Bその戦略を成功させるまでの期間、持ちこたえる経営基盤、経営組織、経営財務体質を持つこと(夢工学の事業プラットフォームに相当)であった。
ハリウッド映画産業のシンボル・マーク
ハリウッド映画産業のシンボル・マーク
●ポートフォリオ(portfolio)戦略
 上記の秘訣の1つである「ポートフォリオ戦略」とは何か? 知っている読者は、この箇所をスキップして貰いたい。先ずポートフォリオ(portfolio)の本来の意味は、携帯用書類入れ、書類カバンなどである。この言葉が後に「有価証券一覧表」を意味する様になった。そして1970年代に「ポートフォリオ理論」という投資リスクを数値分析する投資理論が構築された。その理論は、分散投資計算ソフトなどを生み出し、金融分野で多用される様になった。

 ポートフォリオ戦略を支えるものとして、モダン・ポートフォリオ(modern portfolio)、ポートフォリオ・インシュアランス(portfolio insurance)、ポートフォリオ・セレクション(portfolio selection)、ポートフォリオ・インベストメント(portfolio investment)、アグレッシブ・ポートフォリオ(aggressive portfolio)、マーケット・ポートフォリオ(market portfolio)などの様々な理論が金融工学などと共に生まれた。

 余談であるが、今回の金融危機とそれによる世界同時不況の元凶は、この種の金融工学とポートフォリオ理論にあるという学者や評論家がいる。しかし筆者は、そうは思わない。サブ・プライム・ローンにも、金融工学にも、ポートフォリオ理論にも「罪」はない。サブ・プライム・ローンの様なハイリスク債権を織り交ぜて「証券化」し、「格付け化」の化粧を施し、世界にその証券を売りさばき、金儲けをした連中にこそ「罪」がある(筆者の悪夢工学参照)

 さて難しい説明になって申し訳ない。映画制作とポートフォリオ戦略はどう関係するのか。既に察している読者がいると思う。 それは、映画会社が幾つかの種類の映画を1年間で数十本制作し、配給し、数年間で1〜2本の大ヒット映画を当てるという戦略である。それは、幾つかの種類の株式、社債などを組み合わせて投資したり、様々な不動産を組み合わせて投資し、数年間で儲けるという考え方と同じである。

 上記の秘訣のもう1つである「事業プラットフォーム」は、本号では紙面の関係から説明を省略させて欲しい。詳細は、「新事業プロジェクトを成功させる方法(ビジネス・リーダーのための夢工学)」(出版:日科技連)を参照して欲しい。

●日本の映画会社とポートフォリオ戦略
 ポートフォリオ戦略を策定し、実行し、成功させている映画会社は、映画の計画(川上)〜映画自社制作又は買い取り(川中)、配給、上映、映画ソフト活用(川下)という映画ビジネス全体を支える「事業プラットフォーム」を確立させた会社である。逆に云うと、その様な映画会社でなければポートフォリオ戦略を成功せることは出来ないし、映画ビジネスを永続的に成り立たせることは出来ないということを意味する。

 東宝、東映、松竹、その他の日本の映画会社は、1年間で数十の本格的な劇場映画を企画し、制作し、そのための多額の先行投資を行い、数年間かけてヒットさせる「事業プラットフォーム」を持っていない。そのため本物のポートフォリオ戦略を実行できない。

 映画会社は、鉄鋼、造船、自動車、コンピューターなどの「ハードウエアー(モノ)」のメーカーではないが、エンタテイメント事業を支える「映画ソフトウエアー(モノ)」のメーカーではある。「ウエアー(モノ)」を作る企業(メーカー)という観点から観ると、映画会社は、作る対象が異なるが、立派なメーカーである。そして日本が最も得意とする「モノ作り産業」の範疇に入る。

 日本の映画会社のトップは、メーカーとしての認識を持って映画を計画し、制作してきたか。筆者は、新日鉄というハードウエアーのメーカーからセガというゲームのソフトウエアーのメーカーに転籍した。そしてジョイポリスを計画し、建設し、運営し、成功させた。そのジョイポリス計画・建設・運営プロジェクトの実現と成功を通じて、両会社の経営の本質は、酷似していることを発見した。

 日本は、ハードウエアー生産分野で世界に冠たる成功を遂げた。もし日本の映画会社がハードウエアー生産分野の「成功の秘訣」を謙虚に学び、実践していたら、今頃はハリウッドを脅かす存在に発展していたことであろう。もしそうなっていたら、日本の映画を通じて、世界の人々は、「日本の文化」、「日本の生活」、「日本のエンタテイメント」などを本当に理解する様になっていたであろう。

 極めて残念なことだが、上記の観点から改めて日本の映画産業を見渡すと、日本には本物の映画会社は、既に存在しなくなったということである。

●日本の映画会社への期待
 筆者は、日本の映画会社が本物の映画会社に発展して貰いたいと願って、映画会社のトップや映画関係者に厳しいことを言った。その真意を理解して欲しい。

出典:Academy of Motion Picture Arts and Sciences
出典:Academy of Motion Picture Arts and Sciences

 上記の写真は、映画芸術科学アカデミーに掲載され、世界中にインターネットで流布されている日本のアニメの記事である。日本の映画やアニメが本格的に数多く世界に注目される様になったのは最近のことである。

 今がチャンスである。遅くはない。日本の映画やアニメの経営者に本紙面を借りて声高に訴えたい。日本の製造分野の成功事例を真摯に学び、自らも世界に羽ばたく大きい夢を描き、その夢の実現のために日本の映画産業やアニメ産業を本物の産業に発展させる様、決断し、行動を起こして欲しい。

 そのためなら筆者のささやかな経験、ノウハウ、アイデアを惜しみなく日本の映画ビジネスやアニメ・ビジネスのために捧げたい。なお次号で筆者が映画制作に実際に関わった又は関わっている2つ実例を紹介したい。
つづく

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