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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
〜相手の立場に立つ力A〜

井上 多恵子 [プロフィール] :7月号

 昨年末米国でリリースされたジム・キャリー主演のコメディ『イエスマン "YES"は人生のパスワード』は、公開された週末、全米1位の興業成績を記録した。どんな要件にも「イエス」と答えることを心に決めた男の人生を描いたこの映画の原題は、Power of yes、「"YES"の力」だ。いかにも一般的なアメリカ人が好みそうな力強い直球のタイトルは、日本での公開時に変更された。「"YES"は人生のパスワード」という邦題だけでは、何を言いたいのか、よくわからない。「生きるために必要なもの?」「リセットができるもの?」聞く人によって、いろんな解釈をし得る表現だ。あまりストレートすぎるタイトルは、婉曲的な表現を好む日本人には合わないとマーケティング担当の人は考えたのだろうか。原題と邦題の比較は、国民性の違いを考える上で面白い視点を与えてくれる。
 Actors Studioという番組がある。俳優志望者が学ぶ学校が主催しているもので、著名な俳優にインタビューをする。定番の質問の一つが、「あなたのmost favorite word(最も好む言葉)は何ですか?」だ。繰り返し答えとして言われるのが、"YES"と" can"だ。オバマ大統領が選挙中に繰り返し使って、アメリカ人の心をつかんだのが、"Yes, we can."というフレーズだった。Yesを好む価値観や考え方を持っているからこそ、YesなのかNoなのかはっきりしない日本人にアメリカ人はいらいらさせられるのだろう。
 アフリカ人の父を持ち、インドネシアで育った異文化経験を持つオバマ米大統領のスピーチは、アメリカ人の価値観を知るだけではなく、「相手の立場に立つ力」を学ぶ上でも参考になる。6月4日に、エジプトのカイロ大学でイスラム社会に向けてオバマ米大統領が行った演説を見てみよう。演説の中で、オバマ米大統領は、Greeting of peace として、Assalaamu alaykuという現地の言葉で平和の挨拶をし、聴衆は大きな拍手で応えた。インドネシアで暮らしたオバマ米大統領の発音は上手だったのだろうが、仮に、発音が下手でも、話し手の努力が聴いている人に伝わるこういったジェスチャーは大事だ。先日、「中国への赴任者向け」ビデオを見る機会があったが、その中でも、注意点として、いきなり現地社員に対して日本語で話すのではなく、まずは中国語で話し、本論に入る際に、「ここからは日本語で話すので、通訳をお願いします」と言うことを勧めていた。自分たちが逆の立場に立った時のことを考えたら、この大切さは容易に理解できるだろう。カルロス ゴーン氏が、「皆さん、こんにちは」とたどたどしい日本語で言っているのを聞いて好感を持った人は私だけではないだろう。
 オバマ米大統領は、スピーチの中で、differences(違い)に目を向けるのではなく、the things we share(共有しているもの)に目を向けるよう、繰り返し呼びかけた。彼の演説で特に印象に残ったのが、”based on mutual interest and respect”「相互の関心と尊敬に基づき」、そして、”There must be a sustained effort to listen to each other, to learn from each other, to respect one another, and to seek common ground.”「お互いの話を聞き、お互いから学び、お互いを尊重し共通の基盤を探すという努力が継続して行われなければならない。」という表現だ。これらに、ダイバーシティ時代に必要な心構えが凝縮されている。自分の主張だけを一方的にするのではなく、相手の立場に立ち、相手が言おうとしていることに耳を傾けるという態度だ。これはたやすいものではない。オバマ米大統領も、”It's easier to see what is different about someone than to find the things we share. ”「共有するものを見つけるよりも、違いを見つけることのほうが簡単だ」と認めた上で、”But we should choose the right path, not just the easy path. ” 「 けれども、簡単な道を単に選ぶのではなく、正しい道を選ぶべきだ」と語っている。幸い、我々がビジネスの世界でプロジェクトに取り組む際は、このような政治や長い国家間の歴史が絡む複雑な世界より、ずっと進めやすいはずだ。ぜひ「違うからやりづらい」と嘆いたり、「一緒に仕事ができない」と諦めるのではなく、find the things we shareという精神で、プロジェクトを推進していきたい。
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