PMRクラブコーナー
先号   次号

Web2.0時代におけるP2Mの意義

日本ユニシス株式会社 宮本 文宏 [プロフィール] :7月号

1.はじめに
 Web2.0という言葉が色々な場面で使われだして、数年たつ。
 ひとときの実体のないブームも薄れ、この言葉自体に今更、という感覚がつきまとっている。しかし、あえて今、この言葉をとりあげるのは、筆者がいわゆる「IT業界」に所属しており、そこにいる者として、Web2.0という言葉を自分なりに捉えなおしてみたい、という思いもさることながら、それ以上にこれからのプログラム−プロジェクトマネジメントの在り方を考えると、Web2.0が示す概念を避けて通ることは出来ない、と考えるからである。Web2.0という言葉が着目をあびた根底には、今までの枠組みや物の見方では飽き足らないという多くの人の思いがあり、着実に時代や環境は新しい変化の方向に向かおうとしている。

2.Web2.0が示すものとは
 元々、Web2.0には明確な定義はない。特定の技術やコンセプトを示しているものではなく、ある種のムーブメントだと捉えられる。Webネットワーク上のコミュニケーションの在り方や考え方に質的な変化が起こっていることを総称し、今迄との違いを際立たせるために使われた言葉である。
 では今迄との違いとは何か。それは、情報の送り手と受け手の在り方の違いである。ネットワーク上で情報の送り手と受け手が固定され、送り手から受け手への一方的な流れを、従来までの情報の伝達の仕方、Web2.0以前、すなわちWeb1.0とする。それと区別し、送り手と受け手が流動化し、受け手でありかつ送り手であるという変化した状態をWeb2.0と指す。具体的にはβ版プログラムを公開し使用者の協力のもとで開発していく開発スタイルや、SNSやWikipedia等がある。製作者が提供した製品をもとに利用者が新たなコンテンツを作り出し、多くのユーザが参加し情報を出し合い蓄積することで「集合知」を作りだす在り方である。
 こうしたWeb2.0の考え方の核心には、送り手と受け手、別の言葉でいえば作り手=生産者と使用者=消費者の根本的な変化がある。生産者と消費者が融合しており、両者の境界が意味をもたなくなっていく。Web2.0に多くの人が着目した理由は、いままでの生産者、消費者の立場が固定的なものではなく流動的であること、最終的には誰がどちらか明確でなくなるというコミュニケーションの可能性を提示したからである。

3.「モノ」からサービスの時代のP2Mとは
 原田保編著「日本企業のサービス戦略」では、こうした変化の局面を、生産者と消費者の「主客融合」化であり、形のある「モノ」(コンテンツ)から無形のサービスである「コト」(コンテキスト)への本質的な変化である、と捉えている。
 従来、「モノ」を作り、その「モノ」を所有または消費する、という生活スタイルでは、生産者と消費者は明確に分かれており、起点は生産者サイドであった。消費者の選択肢は限られており、生産者が提供する標準的なサービスと品質を受け入れることが前提である。生産者が「消費者の要望に答える」とは即ち、規模を拡大し、品質を均質化し、数多くの工夫や合理化により価格を安くすることであった。また、「現場の努力」により無形無償のサービスを消費者に効率良く提供することであった。「モノ」の所有と消費が前提であり、生産者こそが、「モノ」を企画し、作り、販売するプロセスの中心であった。
 しかし、もはや「モノ」の所有は価値の一面でしかなく、「モノ」の単純な消費は快楽でなくなってきている。消費そのものより消費する状況や体験が重視され、見かけによらない質の高さや各自の生活スタイルとの調和が求められる。
 「モノ」自体を売り買いする時代から、「生活者」は「モノ」と不可分な無形のサービスに価値を見出す時代に変わろうとしている。「生活者」にとって、「モノ」の保有は重要ではなく、権利の保有として捉え、その周囲のサービスに価値の源泉を見る。また、単に「モノ」だけでなく、その「モノ」を作った企業の社会的価値に目をむけるようになっている。
 こうした変化に対して、P2Mはどのような価値を提供し、意義をもつのか。
 P2Mは本質的には、プロジェクトを円滑に実施するための固定的なフレームワークや手法だけではなく、プロジェクトそのものや企業や社会に対する革新を行う際に活用可能な意義を含んでいる。プログラムマネジメントという考え自体が、不確実性と拡張性、多義性、複雑性に対応するためのひとつのアプローチ方法である。P2Mのフレームワークは活用者によって道具として、新たな価値創造のための変革や仕組みをつくりだすことが可能である。生産者−消費者の関係性の変化に即して、従来の視点に捉われない新たな視点で全体のスキームを描くことが出来る。
 ただし、使う側が、P2Mを従来型の開発主体の定型的なフレームワークであると捉えて、生産者の立場から、「モノ」=成果物としての品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)を守ることがプロジェクトの成果でありゴールである、という立場に固持するとしたなら、単なる手法としての陳腐化は免れないだろう。固定的で狭い見方からは、どのような変化やパラダイムシフトにも対応することは出来ない。
 プロジェクトマネジャーに求められる資質のひとつとして、幅広い視野や柔軟な発想があり、フレームワークを静的なルールとして捉えずに、常にその意義を問い続けながら、必要に応じて変えていくという姿勢が必要である。そこにP2Mの意義があると考える。

4.おわりに
 Web2.0時代のP2Mの在り方は−という問いに対して、具体的な方法論等の明確な答えはない。課題に対応するノウハウ集や、何にでも使えるフレームワークという発想自体が、変化の時代においては既に有効ではない。
 顧客価値とは何か、創造すべき価値とは何であり、どのような方法で実現するのか。顧客の先にある社会に対して何を提供しているのか。
 単にヒト、モノ、カネ、情報等の資源を効率的に管理するだけではなく、「知識」や「知恵」を源泉に、より本質的に考え、高度な能力を発揮することが必要になってきている。方法論や精密な施策ではなく、新たな仮説を産み出し、実行する力が重要である。
 いささか逆説めくが、Web2.0という言葉が表す変化の時代において、P2Mは「手法」としてではなく、使う人の意識や、P2Mそのものの「思想」といった、本来の在り方が問われていくのではないだろうか。
 Web2.0が広く注目を集めたのも、そこに従来とは異なる、「人間性重視」、「消費者主権」による「サービスイノベーション」の新たな可能性を感じさせたからであり、旧来の物の見方から脱却し、新たな未来を描くことが求められている。

  【引用図書】
  原田保編著 「日本企業のサービス戦略」 中央経済社
ページトップに戻る