関西P2M研究会コーナー
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八甲田山 〜試の方向(?)〜

上原 賢明 [プロフィール] :6月号

 関西P2M実践事例研究会ではいくつかのWG活動を進めているが、我々「人材育成WG」では「プロジェクトマネジメントの実践力を高めるための教材となる事例集」を得るための活動を行っている。PM実践力とは何か、一応P2Mでの定義では『実務に必要な「体系的知識」、「実践経験」、「姿勢・資質・倫理観」に裏付けられ一体化された総合能力』と記述(標準ガイドブックP37)され、それを評価するための「10のタクソノミー」(標準ガイドブックP39)が定義されている。また「プロジェクトマネジメント実践力評価方法の調査研究報告書」によると、「実践経験」の面では以下の7項目が特筆すべき事項として上げられている。

1) 学んだ知識を活用し、正しく使える能力を養う
2) 失敗をプラスに処理する能力を養う
3) 失敗から新しい概念を構築する能力を養う
4) 同類の問題に対して解決する類推の能力を養う
5) 多くの実践的経験を積み重ねて勘を養う
6) 仮説の立て方と、仮説の分析手法を学び、課題設定能力を養う
7) 経験を経験則にまとめる能力を養う
 実践力を高めるために何をすべきかの議論は継続中だが、並行して事例の解析も行なおうということで、まず「八甲田山 〜死の彷徨〜」の事例分析を試みた。この事例を選定した理由は、全員が議論・共有できる共通の入手しやすい内容であること、実践力の教訓となり得ることが一部のメンバーに認識されていたこと、等である。ご存知の方も多いと思うが、明治時代の日本の軍隊の実話で映画化もされたこの内容を簡単に紹介すると、以下のようである。

 日露戦争直前の時期で、日露両国が戦争状態に入った場合、まず考えられることは敵の艦隊が津軽海峡及び陸奥湾を封鎖することである。そうなれば、鉄路及び道路が艦砲射撃によって破壊されることが予想され、青森と弘前、青森と八戸方面との交通は八甲田山系を縦断する道路を利用せざるを得なくなる。
日本軍には寒地装備・寒地教育が不足しており、中隊又は小隊の編成を持って厳寒積雪の八甲田山踏破の可能性を試すため、弘前から山に入る部隊・青森から山に入る部隊の2チームが八甲田山に入る。弘前チームは11日間に渡る全行程を落伍者を出すことなく(足の負傷による1名を除く)踏破するが、青森チームは参加者210名中199名の死亡者を出す大惨事となる。

 2つの対照的なチーム(リーダ)の行動はマネジメント上参考にできる部分が多く、人材育成材料としてもいろいろと使える内容である。私の日常業務は人材育成そのもので、弊社社員を対象にした研修業務を実施する組織の中で、PM研修等を実施している。いくつかの研修を準備し研修生を公開募集して研修を行なう訳だが、その中のいくつかの講座では講師業務も担当している。PM研修では知識体系として記述されている内容を理解することもひとつだが、実際のマネジメント事例を聞き知ることも非常に参考になる面がある。そこで、せっかくWGで分析した内容であるので、実際の講義の中でこの八甲田山の事例を話すことを試した。具体的に一例を上げると、以下のような内容である。

「得られた知識・経験を迅速に活用・共有する」といった内容の部分での弘前チームの事例
 弘前チームのリーダは、メンバーそれぞれに課題(雪の中で弁当が凍って食べられない状態を防ぐにはどのような弁当の持ち方をすればよいか・足が霜焼けになって歩けない状態を防ぐにはどのような靴の履き方をすればよいか 等)を与え、スタートして2日間行軍して得られた研究結果を2日目の夜報告させ、その夜に報告内容をまとめ、3日目の朝には各メンバーに通達指示(弁当はこのように持て・靴はこのように履け 等)を出して徹底した。

 受講生の反応はというと、いろいろな話をする中の一部であるのでアンケート結果等の定量的な指標としてとらえるのは難しいが、テキストの内容を話している時よりも顔がこちらを向き、明らかに傾聴している雰囲気がわかる。当然のことかもしれないが、「得られた知識・経験を迅速に活用・共有する」と言葉で聞くよりは、事例を紹介する方が理解もしやすいし、興味も湧く。有効な研修ツールとして活用できそうだという感触である。

 八甲田山のストーリーからは、このようなポイントで使える事例を、「計画内容を共有することの重要性」「コミュニケーション計画」「確信を持つこと」等、10個程度抽出できた。また、ポイントの紹介事例としてではなく、演習課題の題材としても活用ができるのではと考えている。
 WGでは2個目の事例「失敗の本質 ミッドウェー海戦」を分析したが、分析事例を増やすことによって、研修に活用できる紹介事例が増えていくとともに、何か実践力形成につながる共通項のようなものが得られないかと期待(試)しながら、今後も事例分析を継続していく予定である。
以上
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