ダブリンの風(70) 「DとU」
高根 宏士:4月号
システム関係者のプライベートな会合があった。メンバーはSIベンダー大手のシステム開発者や管理者、ソフトハウスの経営者や技術者、ユーザーの方々である。休日の午後から集まり、いろいろなテーマについて、その道の権威者を呼び、話をしていただき、その後自由な情報交換(主として討論)を行い夕方から飲み会になる。
ある土曜日の会合で、ユーザーの経営者(以後Uとする)からシステム関係者に対しての要望というテーマで講演があった。Uは経営者の中ではITについて造詣の深い方であった。数年間コンピュータを中心としたITの勉強をされ、ITのメリットと限界、人間との違いについて見識を培ってきた。そのUがシステム関係者(主としてSE)についての見解を述べた。あくまでも「平均的なSE」ということを強調しながら次のように述べた。
「SEはITについて個々のツールや製品を追いかけることを勉強だと思っている。それらをいくら追いかけても個々のツールや製品は日々大量に作られている。それらをいくら追いかけても中途半端になるだけだ。それよりも開発するシステムの動く現場(業界や業種の具体的な知識と実際の現場)を知るべきだ。そしてその現場の人が理解できる言語を使って話したり書いたりすべきだ。SEはITについての、こなれていない英語の単語をそのまま使ってユーザーに話している。したがってユーザーはなかなか理解できない。ユーザーの立場やレベル、そこから発することを理解し、ユーザーの気持をわかるようになってほしい」
そして次のような例を挙げられた。
「ITコーディネータという資格がある。この資格を取るために十数冊のテキストを一所懸命記憶し、たまたま資格を取れたからといって、一人前のITコーディネータになれるわけではない。自分が補佐すべき中小企業の社長が日常しゃべっている言葉でその内容の話を正確にできたら、初めて一人前だ。SEも同じように自分がイメージしているシステムやそれを推進するための作業やプロジェクトマネジメントの内容を、相手をしているユーザーの言葉でしゃべれないといけない。」
ところがこれを聞いていた一人のSE(以下Dとする)が突然怒り出した。彼は日頃温厚な人柄で知られていた。またこれまでに関係したユーザーの方々からも評判がよかった。そのDが怒り出したので廻りは驚いてしまった。
Dは
「IT関係者(主としてSE)以外の人達はITを理解しようとしていない。またITの勉強もしていない。それでいながらユーザー側は独善的にSEが悪いと決め付けている。ユーザー側こそもっとITを勉強すべきだ」
と主張した。
二人の議論はその他のメンバーの注目を引いた。何よりも二人はそれぞれの業界を代表する(有名ということではなく、実力と真摯さで)人間であり、また主張する中身がもっともなことである。ただこの議論が感情的になってしまったのは、議論の中身ではなく、対象についてのDの理解がずれていたことではなかろうか。Dは、UがIT業界の平均的な風土、「平均的なSE」の感覚やレベルを言っていることに対して、自分に対する評価と受け止めたのではなかろうか。第三者から見ると、Uの主張していることも相当程度、的を得ているように見えるし、Dのような優秀なSEが他の業界の人よりも苦労して頑張っていることもわかる。しかしその間でコミュニケーションは成立しなかった。不調であった。このようなことは日常の世界でよく見られる現象である。
コミュニケーションがうまくいかないのは、その内容に対する誤解やずれだけではなく、対象または対象範囲に対するずれが大きく影響することがある。というよりも対象や対象範囲に対するずれが、冷静な判断よりも被害者的な気持とそれから発生する独善的な自己主張を誘発することになり、コミュニケーションの齟齬を起こすことが多い。このことに気がつかずに物事を進めると、コミュニケーションのベースになる話し合いや折衝の機会を斬ってしまう場合がある。心すべきである。
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