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「不確実性とITプロジェクト (6)」

河合 一夫 [プロフィール] :4月号

 前回は技術の選択,利用に潜む不確実性について考えてみた.最後は組織に潜む不確実性について考えてみたい.先回は「技術」に焦点をあてて,技術を利用する際の不確実さと技術を開発する際の不確実さにわけて,不確実性を考えた.これらの不確実性がプロジェクトマネジメントを難しくし,人間系にける問題点を引き起こしているということを主張した.現在のITプロジェクトでは,「技術」が自分たちで思い通りにならない状況であり,そのことによりプロジェクトマネジメントとして人間系に焦点が当たっているのでないかというのが筆者の主張である.しかし,プロジェクトが組織における意思決定と行動の積み重ねである以上,組織に潜む不確実性も考えなければならない.組織により,見積が実施され,計画が立案され,技術が選択されるという点において,組織の意思決定に内在する不確実性を考えることは重要である.
 先日,プロジェクトマネジメント学会の春季大会が開催され,次の示すことを主張した.筆者は,不確実性とリスクとを同義として扱うリスクマネジメントについて疑問を持っている.現在,一般的にリスクマネジメントといった場合,不確実性とリスクを同義として考える.以下に示す図は,意思決定下における不確実性の分類である(竹村和久,吉川肇子,藤井聡,社会技術研究論文集,Vol.2 pp.12-20,Oct.2004,2004).これは,2008年10月号の「不確実性とITプロジェクト(1)」において記述したウィンの7つの不確実性を意思決定という視点で整理をしたものである.我々は,確実に発生することを知っている状況下での意思を決定する場合もあれば,ある確率で発生することを知っている場合の意思決定もある.また,「それ」があることすら知らない状況下(無知)で意思決定をしている場合もある.
意思決定下における不確実性の分類

 プロジェクトが意思決定の累積であり,ITプロジェクトは何千という意思決定プロセスの塊であることは,2008年9月号の「工事進行基準とITプロジェクトの常識」において述べた.その小文において,「無知」を考えることの必要性を説いた.その後,このシリーズを始め,不確実性に関して様々な視点からの考察を試みた.現時点において,筆者が主張するプロジェクトの3つの基本サイクルを以下に示す.
プロジェクトの3つの基本サイクル

 これは,プロジェクトが意思決定の累積であるということを示すサイクル,その意思決定を支えるリスクマネジメントと組織の学習のサイクルの3つのサイクルがプロジェクトマネジメントの基本であることを説明するものである.組織はプロジェクトを実行する中で知識を蓄積するとともに成長していくことを示している.また,そうならなければプロジェクトは成功しない.ここでのリスクマネジメントは失敗をコントロールする役割を持つ.よく「失敗から学べ」というが,本当に大きな失敗をしてしまえば,プロジェクトが打ち切られてしまう可能性もある.組織学習の面からみたリスクマネジメントは,大きな失敗をしないためのマネジメントであると筆者は考えている.「無知」であることは,そのこと自体が組織における大きな不確実性となる.
不確実性マネジメント
 「無知」で気付かない不確実性を,プロジェクトが進む中で気付くことが必要であり,組織における不確実性のマネジメントとは,無知のために気付いていない不確実性をマネジメントするということである.具体的には,組織がプロジェクトの中で学習することを支援するものであり,そのための枠組みを作るものといえる.誰かが気付くことが必要であり,そのことを支援する枠組みである不確実性マネジメントを構築することが大切であると考える.ここで重要だと考えるのは,あくまで組織の無知により気が付かない不確実性を「気付かせる」ための枠組みであり,組織の成熟度とは無関係であると考えなければならない.そろそろ紙面も尽きてきたので,このシリーズはこのくらいで筆を置きたいと思う.若干消化不良なので,機会があれば再度考察を試みてみたい.
 ここまで6回に渡って不確実性というものを軸としてプロジェクトの在り方を考えてきた.示唆に富むコメントもいただいた.昨今の状況をみるに,プロジェクトを実施する状況はますます変化にさらされ,プロジェクトマネジメントは難しくなっている.リスクマネジメントの重要性がますます問われているように感じる.そこで次回からは,「変化するリスクマネジメント」ということで,従来のリスクマネジメントが,この社会の変化の中において今後どうあるべきかを,数回に渡って考えてみたいと思う.
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