「不確実性とITプロジェクト (5)」
河合 一夫:3月号
このシリーズは,2008年11月から始まっている.ITプロジェクトにおける不確実性という視点で,ITプロジェクトにおける不確実性を考えてきた.ここまでで要件,見積,計画までを考えてきた.残るのは,技術と組織に関連する部分である.今月はITプロジェクトにおける技術の選択,利用に潜む不確実性について考えてみたい.その前に少し言葉の定義を再確認しておきたい.このシリーズでは,しばしば不確実性とリスクを同義として扱っている.また,世にあるリスクマネジメントの標準や書籍においても不確実性とリスクを同義として扱っているものが多い.しかし,この2つは同義ではなく,不確実性がリスクを含んだより広い概念として考えたほうが良いというのが筆者の考えである.これは,フランク・ナイト,ウィン,デビッド・ヴォースらが主張していることである.しかし,この連載では,ここまでがそうであったように不確実性とリスクを明確に区別して記述することはしない.不要な混乱を招きそうだからである.不確実性とリスクを明確に区別してプロジェクトのマネジメントの本質を考えることについては,別稿に譲ることにしたい.従って,不確実性と記述してあることは,リスクとして受け取ってもらえればよい.
ITプロジェクトにおける技術を考える上で2つの側面から捉えることが必要と思う.1つは,自らが利用する技術をどう選択するかであり,もうひとつは自らが開発する技術である.ITプロジェクトは,ユーザ業務のQCDを向上させることが目的であり,技術開発もその要素として含まれる.ITプロジェクトを開発およびユーザ側から見た視点で示した図を以下に示す.
ここで,開発側はユーザ要求(Requirements)に合わせて開発要件(What)を作成し,それを実現する技術(How)を選択する.開発側は,WhatとHowを繰り返しながら最終的な製品(ソースコード)を実現する.開発要件は常にユーザ要求を満たしていることが必要である(実線の部分).しかし,最近ではユーザ要求に,実現する技術が含まれることも多くなっている(点線の部分).例えば,WEBアプリケーションの開発における,プラットフォームやミドルウェアの指定などである.また,単一の技術で開発要件を満足することはできなく,複数の技術を組み合わせることとなる.特に最近では,オープンソース技術を組み合わせることも多く,組み合わせた際の相性の良さや悪さなど,当初は予想できなかったことが発生する(不確実性の顕在化).以前のように,スクラッチからOS上にアプリケーションを作成していた時代では,不具合の切り分けも容易であった.しかし,技術(オープンソースやミドルウェア製品など)の組合せによる実現では,技術が自らの思うようにならなくなってしまっている.どうすれば実現できるのか,どうすれば修正できるのか,わからないことが多すぎるのである.利用する技術は,ブラックボックスであることを前提としているが,システム開発時にはそれが問題を引き起こすことも多い(別の不確実性の顕在化).
技術開発に関する不確実性には,3つの不確実性があるという(延岡健太郎,MOT「技術経営」入門,日経,pp.24-29,2006).それは,技術開発の不確実性,顧客ニーズの不確実性,競争循環の不確実性の3つである.開発する技術に対して,顧客ニーズが変化してしまうこと,また競争によりデファクトの技術が変化してしまうことなどがある.いずれにせよ,技術開発には不確実性が伴うことを,どのようにマネジメントするのかが問題であり,技術開発をマネジメントするためのマネジメント技術(MOT)が重要となる.
ここまでに述べたような技術の不確実さ(利用技術,技術開発)は,要件,見積,計画に大きな影響を及ぼすことは無論のことである.また,ITプロジェクトにおける意思決定では,技術に関するものが最も重要であるように思う.そもそもITという名称自体が「Information Technology」で,情報技術を提供するものであることから当然であるといえる.しかし,私たちがITプロジェクトのマネジメントの問題を論ずる際,この「技術」に関わる不確実さを忘れて論じてはいないだろうか.昨今の人間系を中心としたプロジェクトマネジメントの問題は,勿論大切な問題であり,動機付けや人間関係の改善などは重要な問題である.しかし,根底には技術の問題が大きな影響を与えているように思う.前述したように技術が複雑化し,思うようにならなくなってしまった.そのような状況でプロジェクトを進めていることが人間系の問題を引き起こしている原因の一つにはなっていないだろうか.ITプロジェクトの技術の不確実さをマネジメントする技術を開発することが重要ではないだろうか.人間系の問題は,プロジェクトマネジメントの技術開発から目をそらしてしまっているのではないであろうか.前回は,現在の計画主導のモダンプロジェクトマネジメントに対して,「不確実性」をキーワードとした新たなプロジェクトマネジメントが必要であることを説いた.今回も再度その点を強調したい.技術の不確実さを,プロジェクト計画の中で,どのように扱うことが良いのか,今のプロジェクトマネジメントに必要な手法であるように思う.
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