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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
〜思考停止にならない力〜

井上 多恵子:3月号

 「思考停止」。GOETHE(幻冬舎発行の雑誌)掲載インタビューの記事の中で、レバレッジコンサルティング(株)代表取締役社長兼CEOの本田直之氏が使っている言葉だ。本田氏は、「過激に為替が変動すると、みんなあきらめてしまい、自分にはわからないからと言って、マネー評論家の話を鵜呑みにしたりしている状況」に日本人は現在あるとし、「為替の動きに流され、思考停止になってしまうのは危険だ」と指摘している。
 これは、マネーに限った話ではない。生活のあらゆる面において、思考停止になってしまうリスクが潜んでいる。私自身、普段、脳をどれだけ回転させて考えているだろうか。考えないでいる状態は、実に楽だ。長年会社生活を続けると、深く考えなくても、仕事ができてしまう。本来は、ルーティーン・ワークになっているものに対しても、日々、「このやり方でいいのか。そもそもこの業務は必要なのか」ということを考えないといけないはずなのだが、今回のような危機に接しないと、そういうことが行われない。皆さんも経験があるはずだ。新聞を読んでいても、気をつけないと、字づらのみを追ってしまい、読み終えた後で、「何が書いてあったのか」頭に残っていない場合がある。ニュース番組も、単に「聞き流し」てしまうことが多い。
 これと対照的な考え方が、”Critical Reasoning”だ。米国の大学院の合格判断基準としても使われているもので、「論理構造を理解しながら文章を読み書きできるか」を示す。その力を測るための試験問題として、あることについて論じている文章を読ませた後、選択肢の中から、「議論を弱めるもの、強めるもの、前提となっているもの、仮定となっているもの、文章から導き出される結論、文章から推察されること」などを選ぶというのがある。「あることが原因で、ある結果をもたらした」と記述しているcause and effectの文にしても、「原因が他にないのか」を検証した上で、是非を判断する。結論を導き出す際に、根拠無しに2つのものを同じものとして比較していないか、別のケースの統計や調査を条件が異なるのにそのまま適用してしまっていないか、といったことを念頭におきながら読まないといけない。
 書く場合には、Analytical Writing Assessment (以下、AWA:分析的に書く)力が評価される。エッセイを記述する試験では、”clear, coherent, and concise”(明確、首尾一貫、簡潔)であること、文やアイデアの間での関係性が明確であることが求められる。ambiguous(曖昧さ)やwordy(冗長)や不要な繰り返しがある文章は、駄目だし、Thisやitなどの指示代名詞が何を指しているかが明確になるようにしないといけない。また、自分がある意見を述べる際には、「なぜそう考えるのか」、という根拠が不可欠だ。こうした背景には、「米国が移民を多く受け入れてきたために、英語を母国語としない人にもわかりやすいよう、英語を簡潔な規則性を持つ言語として発達させてきた」ということがあるという。米国大学院受験予備校の先生の説だが、納得感がある。このシリーズの第1回目で紹介した「3の効用」(「ポイントは3つあります」と冒頭に言ってから、1つめのポイントは、という形で続ける説明の方法)もその例の一つだ。論理性を徹底的に磨いているからこそ、クリントン国務長官がアジア諸国訪問の際に語ったメッセージも、明確なものになったのだろう。
 一方、日本の政治家はどうだろうか?立命館大教授の東照二氏は、2009年1月16日付けの日本経済新聞の「響かぬ理由 東照二 立命館大教授に聞く」という記事の中で、民主党の小沢一郎代表が党首討論で「二つある。一つは、、」という表現を使ったが、二つ目の事項が出てくるのに25分もかかった上に、「そういう意味において」といった指示語が多く、何を指すのかがわかりにくかったと指摘している。また、ビジネスの世界でも、テルモ経営企画室副室長佐藤慎次郎氏は、「グローバル経営という観点から日本企業に最も欠如しているのは経営コミュニケーション能力。単に英語力の問題ではない。ビジョンや世界戦略などを世界中の顧客や従業員に向かってきちんと発信し、論理的に説得する力」と語っている。(日本経済新聞2008年6月25日付け記事)
 ダイバーシティ時代の中でPMとしての活躍を目指す我々も、論理的に読み書き発信することにおける我々自身の弱みを認識し、論理性を磨いていくことを心がけたい。
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