PMプロの知恵コーナー
先号   次号

ダブリンの風(68) 「打つ前にミスをするな」

高根 宏士:2月号

 昨年は未曾有の不況に陥り、大変な年でした。今年もこの不況は続くと予想されています。年明け早々にソニーが大幅赤字の見通しを発表し、正社員の希望退職を募集するというニュースはこれからの事態を象徴しているのかもしれません。オバマ大統領への期待感が景気回復に影響すれば幸いです。
 ところでNHKの教育番組の中に「趣味悠々」という講座があります。現在の大変な時を忘れて悠々と生きようという意図があるのかもしれません。この講座ではいろいろな分野が取り上げられています。例えば「万華鏡の世界」などというものもありました。ゴルフも時々放映されています。講師はこれまでは皆一流のプロでした。中島常幸や森口裕子、カリーウエブなども講師でした。今年も新年早々からゴルフが取り上げられています。今回の講師は坂田哲男です。趣味悠々の講師としては珍しく、彼はアマチュアです。ただし並みのアマチュアではありません。長らくアマチュアゴルフ界に君臨していた中部銀次郎が逝ったあとのアマチュアゴルフ界の第一人者です。偶々NHKのコマーシャルを見ていて面白そうだと思い、1回目の放映を見ました。そこで坂田が言った言葉がタイトルの「打つ前にミスをするな」です。感銘深い言葉です。ゴルフだけでなく、その他の遊びにも、プロジェクトにも、自分の生き方にも通用すると思います。
 この言葉の意味は、多くのアマチュアは打つ前にミスをしているということです。アマチュアはプロのようなナイスショットは打てません。しかしプロのように「正しく構える」ことはできるはずです。方向を正しく取ることであり、それは誰でも注意をすればできることです。ところがアマチュアは誰でもできる正しいアドレスをすることをあまり意識せず、半ば無意識にスイングに入り、打ってしまってからミスしたことに気がつく、極端な場合にはそれさえ気がつかずに、スイングが悪いと決め付けてそれを直そうとし、何が問題かの判断がつかなくなってしまいます。
 囲碁で言えば「石が死んでから考える」ことであり、考えても意味がなくなってから時間ばかりを食うことになります。「バカの考え休むに似たり」とはこのような事態で時間を使うことを云います。強い人は、まだ生きるチャンスが残っているときに、その石を生かすか、それとも捨石にして全体局面を有利に持っていくかを考えます。将棋の場合は「玉が詰んでしまってから考える」ことです。
 これと同じようなことはいろいろな場面で見られます。すなわちやればできる事前準備、事前検討、リスクの掘り下げなどをせずに問題が出てから、手が打てなくなってから一所懸命になっていることです。プロジェクトにおいても当初段階での目的の設定、制約条件、前提条件の確認をしっかりせず、リスクを読みきろうとせず、計画をしっかりと立てずに、スタートし、そのときに浮かんだ作業にとにかく気持が向いてしまい、バタバタと動き回ることがプロジェクトを進めていることだと錯覚していることはどこでも見られる現象です。そしてプロジェクト崩れを起こしてから、その原因分析や報告書作成に時間と労力を使っています。その時間と労力をどうしてプロジェクトが動きだす前の計画や準備に本気で使わないのでしょうか。そう云うと、決まって返される言葉は「時間がない」ということです。しかしプロジェクト崩れを起こしてどうしようもなくなってから、使っても意味のない時間を一杯使っています。
 坂田流に云えば、
 「プロジェクト崩れになってから時間を使うな」
 「プロジェクト崩れになってからバタバタするな(忙しそうにするな)」
 「プロジェクト崩れになってから人を使うな」

 前向きに表現すれば
 「プロジェクトをスタートさせる前(プロジェクトの初期段階)に、自分の実力の範囲でとことんプロジェクトを読みきる覚悟と意識と努力をせよ」
 でしょうか。
 これは単にプロジェクトリーダがそのように意識するだけでなく、プロジェクトのスポンサー、ユーザ、母体部門上司、プロジェクトメンバーなど、主要なステークホルダー全員が意識しなければならないことでしょう。

 注)同じような主題で2005.10にも書いたことがあります。タイトルは「アドレス」でした。ご記憶の方もいるかと思います。あの時は制約条件、前提条件についてでしたが、今回はより広く全体的観点からのつもりです。

ページトップに戻る