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「ITプロジェクトマネジャーの仕事は3Kか?」

有限会社 ケイ・エムソリューションズ 泉田 浩二:2月号

 私は、1968年に鉄鋼会社の情報システム部門に入社し、以来約20年間、プログラミング、プログラム設計、グループのプロジェクトリーダ、SE部門マネジャーとして社内の情報システム開発業務に携わってきた。当時は、企業におけるコンピュータ利用が本格的に始まろうとした時代であり、また日本のまさに経済社会が大きく高度成長を始めるスタート時期でもあった。このような時代背景からも事務・技術分野を問わずほとんどあらゆる分野で、それまで人手中心で行われてきた業務を次々とコンピュータ化していった。
 当時コンピュータは、非常に高額で貴重な設備であり、これを使う技術者、いわゆるシステムエンジニアーは、それまでの機械、電気、土木建築などの技術者とは、一味違った、専門性の高い、時代の最先端を行く技術者との認識が当事者である我々も、周囲の人たちにもあったように思う。入社以来約20年間に開発したシステムは、「日本で最初のシステム」、あるいは「世界で最初のシステム」と言われるものも多く、海外にシステムを紹介したり、開発したシステムで、仕事が、急激に変化して行くのを目の当たりに見て、コンピュータの仕事に従事していることにやりがいを感じ、一心不乱にひたすら開発業務に没頭していたことを思い出します。
 その後SIベンダーに転じ、自社のためのシステム作りから、ビジネスとしてお客さまのシステム作りに従事してきた。苦労したプロジェクトが何とか完了し、無事立ち上がって、お客様との完成祝賀会の席で、「一時はどうなるかと心配したよ。本当にご苦労様でした。」とねぎらいの言葉をいただいたのも、それほど遠くないことと思い出される。

 このような経験を多少とも、後輩の方々のお役にたてるようにと、ささやかではあるが、ITプロジェクト、ITエンジニアの育成などに関連する仕事をさせていただいている。IT分野の比較的若い方々とのお付き合いや、関係する書籍、雑誌などを通じて、最近、IT業界、ITエンジニア、ITのプロジェクトマネジャなどに関する話題として多少心配していることがある。ここ数年来、「IT業界は3K職場だ!!」、「プロジェクトマネジャ残酷物語り」、「それでもあなたは、プロジェクトマネジャになりたいですか?」、「某有名大学の情報学科で定員割れ」、「ITプロジェクトは失敗するものだ」などと列挙するのに事欠かないぐらい暗い話、うわさを耳にする。

 最近のIT環境が、30年、40年前と同じとは思わないが、「本当にITの仕事がそれほど魅力の無いものなのか?」、「若し本当なら、そのような状況を改善できないか?どうすべきなのか?」、「雑誌などが販売政策上、過度に取り上げているのではないか?」などと疑問に思うことがあり、今回このことについて考えて見たい。


IT業界は3K職場か?
 ここで言う3Kとは、諸説あり、"きつい、厳しい、帰れない、結婚できない、給料が安い、気が休まらない"などのようで新3Kとか7Kと言われることもあるとか。
 IT関連の仕事は、最近の、発注者側でも要求仕様を明確に出来ないようなIT化テーマ、短納期、厳しい予算、多種多様なIT技術の採用、システムの大型化/複雑化などからも、決して楽に、平穏に出来る仕事で無いことは確かであろう。IT以外のどの業界でも、最近の厳しい社会、経済状況からは、それぞれ厳しい、きつい部分はあると思われる。

  最近は、かなり改善されてきているが、従来は、下記のような事象が散見され、これらが、3K職場説の原因となっていた。
・IT業界内の課題
  エンジニアリング業界などと比較し、IT業界は歴史の浅いことも有り、システム開発の上流から、下流に至るプロセスやプロジェクトマネジメントの方法が未熟である。またプロジェクトマネジャについても、SEの延長上の役割として行っている場合も多く、体系的なプロジェクトマネジメントが浸透していたとは言いがたい。エンジニアリング業界では、"プロジェクトマネジャー"の職種が決まっていて、権限、責任などはITと比べ物にならないくらい大きく、重く、「PMのキャリアなくして経営トップにはなれない」といわれるぐらい重要な職種であると言われている。それだけにプロジェクトマネジャを支えるスタッフも充実している。IT業界の「個人戦」とエンジニアリング業界の「団体戦」の相違のように感じる。
 また、最近ではほとんどなくなったようであるが、古くは、"1円入札"が行われたり、営業戦略上、赤字を承知で受注しながら、担当したプロジェクトマネジャーが、「赤字プロジェクトにした」と責められるようなことも珍しくないような時期もあった。
・発注者と受注者の関係
 他の業界に比較し、IT業界では、発注者は「何のために、何をするのか」を含めて、ITベンダーに任せするようなスタイルが多い。また商談における力関係では、他業界以上に発注者が、受注者にくらべ、優位な立場にあり、受注者側にとっては、発注者の意見は何でも聞き入れざるを得ないような商慣習が続いてきた。見積りの妥当性、業務範囲(スコープ)の曖昧さによる追加費用なしでの追加変更、進捗状況の確認など、何か問題が発生した場合の責任の多くを受注者側が受けるような場合が多い。
・実態以上の過度な広報
 雑誌や書籍の営業戦略から来るところがあるかと思われるが、実態以上に誇張されてセンセーショナルなキャッチフレーズや記事になっている点もあるように感じることもある。
 ある雑誌のITと非ITに関わるビジネスパーソンの調査では、「仕事へのやりがい」、「業界イメージ」、「学生への人気]、「勤務終了時間の長さ]などでは、IT関係者の方が非IT関係者と同等か、良好な結果が出ていることが報告されており、「IT業界3K説は迷信だった」と書かれている。
  しっかり計画を立て、地道にプロジェクトを成功に導く努力をしているプロジェクトマネジャよりも、大トラブルに陥ったプロジェクトの火消し役の方が脚光を浴びるような場面も多く見られた。
 またITプロジェクトマネジメントを語るときに、IT関係者は、"失敗プロジェクトの原因追及"、"失敗プロジェクトに学ぶ"といった言葉を強調して使う場合が多い。これは、決して後ろ向きなためではなく、"ITプロジェクトは、難しく、厳しいところもあるが、それだけにやりがいのある仕事である。"という気持ちを表現したいがための結果であろう。

  以上のようなことから見ても、「きつい」、「厳しい」仕事であることは事実であろうが、それが即「3K職場」と呼ばれるには異論も感じられる。「きつい」、「厳しい」も見方を変えると、「チャレンジャブル」、「やりがいのある」に変えられる。
  このような課題をIT業界だけではなく、発注者側も認識しており、発注者/受注者間の役割分担、契約形態、仕様の追加変更時の扱い、見積り根拠の説明などの点で改善が図られてきている。
さらにIT プロジェクトマネジメントに関しては、プロジェクトマネジメントの学習支援、PMOなどの設置による体制整備、各種標準化/テンプレート化などによって少しずつではあるが、改善されてきている。最近の日経コンピュータ2008年12月1日号では、第二回プロジェクト実態調査が報告されている。
 これによると、プロジェクト成功率は31.1%(前回2003年は26.7%)である。
最近のプロジェクトマネジメントへの関心の高さ、業界としての力の入れ方からすると「期待したほどの改善とは言いがたいのではないか」との意見もあるが、成功率と、定量管理手法の相関について興味深いデータが示されている。
  何らかの定量管理手法を導入している企業と導入していない企業の成功率を比較している。
平均成功率は31.1%であるが、何らかの定量管理手法を導入している場合は、45.6%であるのに対し導入していない場合は24.3%となっている。これは明らかにプロジェクトマネジメント手法の改善がプロジェクトの成功につながっていることをあらわしている。
  またコストが計画をオーバーしたと言う、一見コストオーバーで失敗プロジェクトが増加したようなデータもある。これは、従来なら、受注者側の責任として押し付けられていた追加変更作業に対し、正当な対価を請求し、発注者がそれを承認し、追加発注したためと思われるデータもある。つまり発注者側もベンダー任せではなく、自分たちでもプロジェクトマネジメントをしっかりやると言うことと、発注者側と受注者側の立場が以前よりは、かなり同等に近づいてきたことを意味していると思われる。

  このようなことを見てくると、発注者、受注者それぞれが、プロジェクトマネジメントの重要性を認識し、プロジェクトマネジメント手法、周辺のサポート体制、発注者と受注者の役割分担などを地道に改善していくことが、両者のWinWinの関係を築いて行くことにつながる。
  雑誌などでも暗い面を強調することなく、地道な成功事例も積極的に取り上げ、「ITエンジニアの仕事は現在では、社会、経済の血管や神経であり、不可欠なものである。」、「これらのプロジェクトに関われることは、非常にチャレンジャブルではあるが、それだけにやりがい、達成感もある仕事だ」と言う実感を持てるような情報発信を期待したい。

  このようにここ数年の状況を見ると、ITプロジェクトのプロジェクトマネジメントが、色々な分野で改善が進んできており、いよいよ成熟したものとなると期待できる。これからのIT業界を支える人たちが、「IT業界は3K職場ではない!! 厳しいし仕事ではあるが、それだけにやりがいのある仕事である!!」と発信し、ITプロジェクト活動に取り組まれることを期待したい。

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