PMプロの知恵コーナー
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「エンタテイメント論」(11)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :2月号

エンタテイメント論

第1部 エンタテイメント論の概要
10 東京の最近の都市開発

●明るい話題?
>2009年の最初のエンタテイメント論を展開するに際し、日本プロジェクト・マネジメント協会(PMAJ)の機関誌編集担当の渡辺貢成・同協会理事より、「明るい話題を期待する」との要請を受けた。今回の世界大不況は、多くの分野で暗い深刻な問題を引き起こしているので、明るい話題が少ない。
>人々の暗い気持ちが何かによって明るい、前向きの気持ちに変わると厳しい現実に挫けず、果敢に危機脱出を図り、明るい未来を築くことが出来ることを近世の歴史が証明している。
>今回の世界大不況は、過去に何度かあった大不況の一つである。1929年の世界大恐慌の時、大量の失業者を救ったのは、ルーズベルト大統領のニューディール政策や太平洋戦争による軍需産業の急速な伸びであった。そして多くの人々の暗い気持ちを変えたモノがあった。

●スイング・ジャズの効用
>当時の暗い思いの米国の人々を明るくし、熱狂させたモノの一つがグレン・ミラーのビッグ・バンドが奏でる美しいメロディー、ハーモニーそしてビートの効いたスイングのリズムであった。それは、第二次世界大戦で戦地に向かう多くの米兵の心までも高揚させた。
>日本は、太平洋戦争で敗北した。しかし敗戦下の日本人の暗い気持ちを救い、明日の日本を築こうと立ち上がった多くの若者の心をとらえたのもこのスイング・ジャズであった。 >筆者がグレン・ミラーの音楽を始めて聴いたのは中学生の頃であったと記憶している。高校生の頃に観たMCAユニバーサル社の「グレン・ミラー物語」の映画に感激し、何度も映画館に足を運んだことも記憶している。
>グレン・ミラーは、アイオワ州生まれ。トロンボーン奏者。彼は1937年にグレン・ミラー・オーケストラを結成、バンドリーダーと作・編曲家として絶大なる人気を博す。第二次世界大戦の勃発による1942年に志願して兵役に就いた。除隊後も慰問演奏を続け、1944年12月15日、フランスへの慰問演奏のために乗った軍用専用機がドーバー海峡で行方不明になり、12月18日戦死と発表された。死後も、残された楽団員達はニュー・グレン・ミラー・オーケストラを結成し、現在まで世界各地で活動中である。
彼は、カウント・ベイシー、ベニー・グッドマン、デューク・エリントン等と共にスウィング・ジャズの黄金時代を築いた代表者である。

グレン・ミラー
グレン・ミラー・オーケストラ

●日本のエンタテイメントの危機
>人々の心を明るくする「エンタテイメント」と「エンタテイナー」は、何故か日本ではあまり正当に評価されず、時には軽視されたり、心底で蔑視される。正当に評価されるべき本物の「エンタテイメント」や本物の「エンタテイナー」が日本に数多く存在するにかかわらず。
>しかし最近の日本の民放・娯楽TV番組は、あまりにお粗末である。見るに堪えない。筆者は、仕事柄とエンタテイメント論を提唱する立場から、自分の好みに従わず、出来る限り、幅広く娯楽TV番組を見ている。けれども出演タレントの芸の無さ、あってもお粗末である。薄っぺらなお笑いタレントと全く笑えない様なジョークを喜々として笑う観衆、いつも同じ様な顔ぶれの出演、本物のエンタテイナーを発掘する努力を全くしないTV局の番組編集者などは、公共のTV電波を乱用している。日本は、不況の危機だけでなく、エンタテイメントの危機にも直面している様である。

●不況こそ都市開発の好機
>六本木ヒルズ開発、新丸ビル開発、品川駅周辺開発、新橋汐留開発など東京の都市再開発が次々と行われた。今回の不況で都市開発は、一時中断か、延期がされるだろう。
>しかし不況の時期こそ都市開発を行うべき時である。景気が良くなる時期にその完成のタイミングを合わせる。これが成功の秘訣である。景気が良くなってからでは却って失敗する危険性が増す。不況は、あらゆる新しいことを実現させ、成功させる「千載一遇のチャンス」である。聡明な読者諸兄は、その理由を既に分かっているだおうから、説明は省略する。

●エンタテイメントが不足する都市開発
>さて上記の様々都市開発は、当初、物凄い数の集客を実現した。しかししばらくすると客足がピタリ止まるという共通の現象に直面した。マンション、オフィスなどの事業は一応成功した。しかし飲食・物販の事業は、客足の急減でいずれも苦戦を強いられている。撤退する店もある。
>最近、完成した「東京ミッドタウン」も精査するとホテル、マンション、飲食、物販、クリニックなどがあってもエンタテイメントは存在しない。飲食と物販をエンタテイメントと考えるならば一応存在することになる。しかし友達とお喋りしながら食事をし、買い物することは、立派な「遊び」であるが、食事と買い物の「場」で友達同士が「交流」している所謂「自前のエンタテイメント」である。東京ミッドタウンが提供したエンタテイメントではない。
>しかし会話が楽しいと言っても限度がある。お腹が一杯になり、買い物が終われば、何か他に楽しいことはないかを必ず探す。しかしそこにはこれといったものがない。仕方がなく新宿や渋谷の方に足が向いてしまうのである。
東京ミッドタウン

●都市開発事業主体者の本音
>事業開発主体者(オーナー)は、上記の様々な開発が「市民のための憩いと楽しみの空間を提供する都市開発である」と主張する。しかし実態は、都市開発でも何でもない。只の土地とビルの開発に過ぎない。そこに一応ミニ美術館とか、ミニ庭園などが作ってあるが、真の都市開発を実現したとは思えない。オーナーの都市開発事業者に迎合する某有名大学の都市開発の学者や某有名建築設計事務所の専門家までが「新しい都市開発を実現した」と堂々とメディアで主張している。しかしこれらの都市開発は、「一にも、二にも金、金、金」である。
>筆者は、金儲けが悪いと言っているのではない。市民のための憩いと楽しみの空間を提供しているという建前を主張し、本音を隠すことを問題視しているだけだ。もし本気と本音でそう主張しているのならば、前号で記述した「歌舞伎座」や「コマ劇場」の様なエンタテイメント空間をいとも簡単に潰す様なことをするなという気持ちを訴えているのだ。
That’s Entertainment
That’s Entertainment
都市開発の鍵はエンタテイメント

●都市開発の実情
>六本木ヒルズ、新丸ビル、品川駅周辺、新橋汐留、東京ミッドタウンなどの凄い空間を創り上げる実力があるならば、何故、人々が心から楽しめるエンタテイメント空間をわずかでもよいから創らないのか。これらの開発は、どれもこれも殆ど同じ様な内容で新味がないコンセプトで創られている。コンクリート、ガラス、猫の額の様なグルーン空間、開発デザインでは真のエンタテイメント空間は創れない。しかも金儲けの観点から見ても優れた都市開発とは言えない。
>学者、設計者、建築会社などの都市開発の専門家と言われている人物は、六本木ヒルズ、新丸ビル、品川駅周辺、新橋汐留、東京ミッドタウンを開発後、自腹を切って個人的に何度遊びに訪れたことがあるか、そして遊んで楽しかったかどうか聞きたい。
>彼らは、「作り抜け」、「作れば終わり」、「後は知らない」と思っているのだろうか。もしそうなら都市開発の本質を改めて学んで欲しい。そして都市開発の本質を握る「エンタテイメント」の重要性と有効性を学んで欲しい。しかし彼らが本音では只の土地とビルの開発に過ぎないと思っているならば、筆者は余計なことを言う必要は全くない。

●真の都市開発と偽の都市開発
>筆者が新日本製鐵勤務時代に自ら参画した「ユニバーサル・スタジオ・ツアー開発」、「幕張メッセ副都心開発」、「横浜みなとみらい開発」で、現在も客足が遠のかず、賑わっているのは、ユニバーサル・スタジオ・ツアーのみである。その鍵は、エンタテイメントの存否にある。
>都市開発の本質は、極めて単純明快。「人が集まる空間を創造すること」である。それは、様々な文化感覚、様々な遊び感覚などを持った人々が職空間、住空間、買い物空間、飲食空間、保安安全維持空間、危機管理空間、救急医療空間、教育空間など様々な機能を持った空間に集まることである。
>しかしそれらのいずれにも共通する「交流空間」、言い替えれば素晴らしい、楽しい、美しいエンタテイメント空間が都市内部に創造され、時に自然発生的、創発的に創られない空間は、真の都市空間ではない。
>夢があって、楽しいから、人々は集い、交流するのである。真のエンタテイメントは、遊びが最も核となる。高級なカルチャーではなく、市民の5感に直接訴えるエンタテイメントである。
>土地・建物の事業開発に於いて「金」の事業性評価だけでは、成功は難しい。エンタテイメントを核とした事業開発を基本コンセプトに予めキチンと組み込むことを忘れてはならない。当該開発拠点を訪れた人々は、誰しもその開発にそれが組み込まれているか否かを瞬時に意識的または無意識に判断するのである。好ましくない判断をした結果は、2度と来なくなるのである。リピーターの確保は、テーマパーク事業だけの課題ではない。都市開発に於いても同様の課題である。
つづく

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