図書紹介
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“Project Manager’s Handbook− Applying Best Practices across
Global Industries”

(McGraw-Hill 2007年刊、David I. Cleland PhD, Lewis R. Ireland PhD編著)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):1月号

昨年10月、当日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)の田中弘理事長が、経済産業大臣表彰を受賞されました。これは永年に亘りエンジニアリング及びエンジニアリング産業の振興と発展に顕著なる貢献をされたということで表彰されたものです。田中氏個人は勿論のこと、このPMAJにとっても大変名誉なことです。そこで田中氏の日頃の活躍を知る意味で、過去の著書を紹介して貰いたいとお願いして置いたものが昨年末に手元に届いた。早速、今回ここで取り上げるものは、その著作の一部である。これはPMAJの枠を超えた世界の田中氏を証明するもので、新たな一面を発見させる本でもある。

 本書は、2006年に同じMcGraw-Hills社から発刊された“Global Project Management Handbook Second Edition” と対を成す、世界各国のプロジェクトマネジメント(PM)・リーダーが著した各分野のPMベストプラクティスの集大成である。両書に、当協会の田中 弘理事長が勤務先の日揮株式会社のPMプラクティスを基に一章ずつ執筆を担当している。

 田中氏は、本書の二人の編著者と親交がある。氏は、PMI®の長老であり、米国のイノベーションPM論の開祖であるピッツバーグ大学名誉教授David Cleland博士を師の一人と仰ぎ、また、Lewis Ireland博士を、PMI会長であった1997年に、当協会の「PMシンポジウム」に基調講演者として招待している。この二人の師から、世界のエンジニアリング業を代表して同業界のPMベストトプラクティスの解説を、との要請を受け、第10章を執筆したものである。

世界のPMリーダーによるPM実践書     ―― 本書の概要 ――
 本書は、これに先立つ”Global Project Management Handbook Second Edition”が、田中氏を含む世界のPMリーダーによる各PM適用分野の先端的なPMモデルを解説することが趣旨であったのに対し、世界各国あるいは適用分野を対象に、出来るだけ広く近年のPM実践事例を収録して、世界のPM実践者の実用に供する目的で編纂された。
 従って、世界的に著名な13名のリーダーに加えて、23名の著者が選抜されて本書を執筆している。著者の国籍でみると、インド、ウクライナ、英国、オーストラリア、オーストリア、カナダ、韓国、スペイン、スロベニア、中国、デンマーク、日本、ニュージーランド、フランス、米国、香港(中国)となり、また、PM適用分野別では、IT、エネルギー(オイル & ガス、原子力)、社会インフラ、宇宙開発、米連邦政府エージェンシーのPM(標準化機構、CIA等)、国家発展へのPMの役割(ウクライナ、ニュージーランド、スペイン)、国際協力プロジェクト、大規模イベント(シドニーオリンピック)、ヘルスケア、グローバルPMトレーニング、戦略的PM(組織戦略とのリンク、PMO、ネットワーク、成熟度モデル)、災害復旧プロジェクト、などがカバーされている。

 田中氏は第10章 “Cross-cultural Project Management on Major-sized Global Oil and Gas Plant Projects”を著わしている。
 日揮株式会社等、グローバルエンジニアリング企業が扱う石油精製、天然ガス処理あるいは石油化学プラントの海外プロジェクトのうち、受注金額が500億円を超える案件では、ジョイントベンチャー形態による元請体制を組成することが業界のひとつのビジネスモデルとなっている。「ジョイントベンチャー」は日本語で「合弁企業」と訳されるように、通常は、複数企業が資本を持ち寄ってある種の事業目的のために企業を起こすことを意味するが、建設業界やプラント業界では、請負規模が大きな場合、2社以上の元請コントラクターが、資本出資は行わないものの、受注金額や損益のプール化や責務の連帯責任化などで運命共同体的な仮想単一事業体を結成してプロジェクト遂行を行うことをいう。
 ある程度の規模以上のプロジェクト遂行では、日本国内にあっても、多少なりとも異なる文化を背景とするチーム員がプロジェクトチームを結成するが、異文化環境が最大になるPM例が、国際オペレーション要素が極めて高い(ちなみに日揮の売上高に海外比率はおよそ80%)グローバルエンジニアリング産業に見出せ、そのなかでも、ジョイントベンチャー(以下JV)は運命共同体の結成であるので、代表例となる。
 田中氏は、経験深いグローバルエンジニアリング企業が遂行するJVプロジェクトであれば、成功の比率が失敗例よりはるかに多いとしている。
 まず、オイル & ガス(石油精製・天然ガス処理)プロジェクトのバリューチェインを示した後、なぜ、本来同業者として利害がぶつかり合う、また、生まれ育った環境や使用するメソドロジーが異なるコントラクター同士で、多大な困難が予想されるなかでJVが組成されるのか(「JV組成の理由」)を解説している。本来コンペティターである同業者が、JVを重要視するは、
  • 案件が複雑であり、高度の複数技術が必要とされるので、複数コントラクターの持つ強みを複合することが成功への道となるという認識が顧客側と受注側で共有されていること、
  • 発展途上国の国営石油・ガス公社の大規模エネルギー開発プロジェクトのように、受注側からのファイナンス(融資)供与が受注の条件となり、多額の要求を満たすには、複数国のファイナンス供与を組み合わせる必要があり、各国の制度金融機関(日本ではJBIC)とその国を代表する元請コントラクターの大同団結が必要であること、
  • 未知のホスト国(現地国)や経験のない分野のプラントや顧客に、経験ある同業者と組むことで食い込むことができ、以後単独で元請となる道が開けること、
  • 規模が大きい案件(邦貨1千億円以上)に対するリスク耐性を高めること、
  • 顧客がプロジェクトの確実な完成に高く配慮し、リスクヘッジのために複数元請コントラクターJV組成を入札条件とすること、
  • 発展途上国では、国内経済振興と国内プロジェクトリソースの能力向上の観点から、国内のエンジニアリング・コントラクターの元請の地位での活用を入札条件とすること、
などからであり、総じて、限られた自社リソースを最適に活用し売上と利益を最大化する(レバレッジ=梃子の理論の応用)のにJVは最も適したビジネスモデルであることや、社員の真のグローバルPM運営能力向上に資するところが多大であり、グローバルエンジニアリング企業として成長するうえで不可欠であること、が強い要因であるとしている。

JVプロジェクトのPM手法のあり方      ―― 本書のポイント ――
 さて、大変興味深いのは、かかる異文化環境でいかに一千億円超のプロジェクトを成功させるか(PM成功のボトムライン)であるが、本章の「JVの組織構造」や「JVプロジェクトでのPMの特徴」によると、次のようである。
  • JVは運命共同体であり、プロジェクトのすべての責務や結果、つまり成否や損益、がJVを構成するすべての元請コントラクターに等しく降りかかってくるので、すべてのメンバー・コントラクターは、当該プロジェクトの成功に向けて本音で注力を行うように周到な目的整合(アラインメント)を必然的に行う。もしそうでない場合は、次にはお声がかからない。
  • プロジェクトの全体統括には、すべてのJV参加コントラクターの当該プロジェクトの代表やその直轄スタッフで構成される、Project Directorate(プロジェクト総統括本部)が結成され、その中から、Project Director と複数のDeputy Project Directorsが任命される。Project Directorateでの諸般の決議は満場一致が原則で、 喧々諤々の議論が展開され、議論は日付を超えようと合意に達するまで続けられる。
  • しかし、そこで展開されるのは議論のための議論ではなく、各社の当該プロジェクトに対する期待方向はおろか、次のステップに向けた打ち手をぎりぎりに探る場でもある。
  • 次にJVプロジェクトの日々の遂行は、Project Operations Centers と称される各参画コントラクターやプロジェクトサイト(現場)の運営に任されるが、ここでは、Project Directorate が定めた業務分掌規定に従いながらも各センターのプロジェクトマネジャー以下のセンター・プロジェクトチームが自律的な運営を行う。ここでも、各社の従業員は(少なくとも日本勢は)、これがグローバルシナリオの一部であることを認識することで、自らのグローバル能力向上を図る傾向にある。
  • プロジェクトリーダーを任されたコントラクターのオフィス (JVヘッドクォーターオフィス)には、他のメンバー・コントラクターの社員が多数駐在して、机を並べて業務を遂行するが、これは業務上のみではなく、非オフィスアワーでの交流も含めて相互理解を深める貴重な機会となる。
  • 各社のPM手法の差をどのように克服するかについては、グローバルエンジニアリング産業の使用する手法は、ビジネス自体が国際性・オープン性が高いため、本質においてはほぼ同じ手法に収斂しており、各社毎の細かな差は、ハーモニゼーションを行ってつぶすより、リーダー企業の手法に合わせる方が効率的であるとの見解が一般的であるとのこと。
 反面、JVがリーダーにとって苦い結果となるのは、設備投資市場の過熱で処理キャパシティー不足を生み、相手パートナーから期待した人材スペックのチームメンバーが出てこなかったり、発注側の政策でホスト国コントラクターを起用したが、パフォーマンスが国際レベルにとても到達しないなどの場合で、その際はJVの掟で、本来のパフォーマンスを発揮するリーダー・コントラクターが余計なコストを被ることになる。

国際JVリーダーとして日本PM力の発信   ―― PMAJ田中理事長への期待 ――
 日本のトップエンジニアリング企業の高いグローバル性はエクセレント製造業と共に著名であるが、本章を読んで、その裏にある極めて国際性が高いビジネスモデルとそれを支えるダイナミックなPMがよく理解できた。
 国際JVでは、過半数以上、日本のトップエンジニアリング企業がJVリーダーとなるという事実は想像してなかったが、数千億円を超えるプロジェクトで日本勢がリーダーとなり全体プロジェクト(というよりプログラム)を、リーダーシップを発揮しながら統合できるという素晴らしいPM力は日本にとって大きな誇りである。
 田中氏は、2006年にフランスの ESC Lille Graduate School of ManagementよりPhD in Strategy, Program and Project Management を授与されており、同学で教授も務めているが、研究者としての氏のリサーチ分野のひとつが、勤務先の社業であるグローバル・エンジニアリングプロジェクトのPMの研究とのこと。今後とも田中氏から日本のPMの強さを世界に向けて大いに発信いただきたい。
以上
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