関西P2M研究会コーナー
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「プロジェクトXに学ぶ」への遠隔支援

関西P2M研究会 酒井 直二:12月号

 東京へ転勤になり、1年が過ぎてしまいました。突然の転勤であったため、大阪での活動も中途半端ででてきてしまいました。関西P2M研究会は楽しい活動の場であったので非常に残念でした。しかし、場所は離れてもメール等でのつながりは残していただいており、現在も東京在住として参加させてもらっています。直接の研究会での会議は参加できていない、宿題の提出もできていない不良メンバーですが、小藪主査はじめ皆さんに暖かく見守っていただいていることを、しみじみ感じております。
 こんな私ですが、役に立てるときもありました。
 20年度は、難局への対応をテーマにしており、具体的な事例として「南極観測」を取り上げています。そのときの南極観測船「宗谷」が東京の船の科学館に展示されているのです。たちまち東京特派員の私に指令が発せられました。「直ちに宗谷を調査せよ!」
 私は、早速!ゆりかもめの先頭に座ってレインボーブリッジを渡り「船の科学館駅」へと向かいました。時は8月の夏休みまっただ中、隣のプールで楽しむ家族連れを横目に使命を全うすべく宗谷へ乗り込みしようと思いました。が、暑いので船の科学館で小休止です。しかし、船の科学館!私にとっては想像以上にパラダイスでした。造船と海運の瀬戸内の小さな町で生まれ育った私には、ここに展示してある種々の船舶模型、造船、港の資料に囲まれて故郷へ帰ったような、心が落ち着く場所でもありました。
 汗も引いたので、係留してある宗谷へ!中は本当に狭く、これで南極まで外洋を航行したのかと思えないほど船自体も小さいものでした。この船に隊員53名・乗組員77名と400トン6900個の荷物、樺太犬22頭が乗っていたとは・・・雪上車にヘリコプタも・・・当時の苦労が偲ばれます。第二次からは飛行機が搭載されていたとの記載があり、飛行機が飛べるような大きさの船かどうかも調査の必要があったのですが、一瞬で調査終了でした。「船からは飛べません」。宗谷の中では、観測隊、越冬隊の記録フィルムが上映されており、南極観測・プロジェクトを理解することができました。「宗谷」の小冊子を買い求め大阪へ送り、調査報告を完了!研究会でのテーマに直接貢献するものではなかったのですが、本や映像だけでなくその物に直接ふれることでプロジェクトが実施された当時の時代背景などを感じることができました。これも一つの現場主義なのでしょう。
 話は変わりますが、私は現在東京でも、PMAJの活動に参加させてもらっています。PMシンポ2008の企画・運営、毎月の例会などへの参加で多くの方たちとも知り合うことができました。PMという共通言語があるからだと感謝しています。
 大阪での研究会活動へはなかなか参加することができませんが、見捨てることなくよろしくお願いします。
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