今月のひとこと
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「マクロで解決しなければ、何もしないことと同じ」

オンライン編集長 渡辺 貢成:11月号

日本の社会「問題だ!問題だ!」と騒いでも、マクロな問題は何年たっても解決されないまま残されています。問題が起こるとマスコミが騒ぎ、役所は学識経験者を集め、委員会を開き、何かをまとめて、責任を果たしていますが、一向に問題が解決されていません。委員会では解決案が出されているから、やらない誰かが悪いのでしょうが、誰かという責任者が不在なきがします。最近では急患の取り扱いが話題になっています。ネット社会で問題が解決できそうですが、お医者さんの団体は解決する気構えがあるように見えません。

すべての問題はやる気になれば解決方向に向かって進んでいくと思います。私たちプロジェクトマネジャーの世界ではどんなに難しい問題も解決する責任を負わされていますから、解決できています。日本で起こっている多くの問題は問題の本質がわかっており、解決策もわかっていながら、実行する当事者が、当事者と考えていないところが問題だという問題ではないでしょうか。

政治の世界を見ますと、従来型の政治家は交通法違反者のもらい下げ、裏口入学の口利き等々、正規でないことができることが政治力と考えてきた気がします。政治をすることが目的ではなく、選挙に勝つことが目的化してしまった気がします。選挙に勝つのが目的であれば、子供や奥さんが代議士になってもいいわけです。役所が政策を出して、政治家は多数決で役所を助ければすんでいたのです。この状態が40年も続くと、正常でないことが、正常になるという社会が存在します。では役所は責任を取ってくれるかというと、本来政治家の代理人ですから、責任を取らないのが原則です。考えてみると誰も責任を取らない社会が実現してしまったことになります。

ではビジネスの世界どうでしょうか。ビジネスは厳しい世界ですから、違いますといいたいのですが、ここでも大きくゆがんでいます。ビジネスの原則で発注者には発注者の役割・責任、受注者には受注者の役割と責任があり、双方ともども責任を全うすることで、質のよい仕事を完成させることができます。この原則は世界中のビジネス世界で通用する大原則です。しかし、日本の社会では発注者は責任を果たさなくとも非難されないと考えています。本当は質のよい仕事が出来ないという結果になっていますが、それすら気が付かないようです。

IT産業は3Kと言われて長い期間解決されないでいます。原因を調べますと明快です。発注者が自分の要求を書き上げることが出来ず、すべての変更の原因を受注者にかぶせているからです。何をしたいか考え、自分の約束に責任を持つことが、ビジネスのルールです。この簡単なことが守られていません。これは一種の公害です。この公害は発信源で処理すれば、少ない費用、すくない時間で処理できます。要求を決めない公害は、元請で処理されますが、ここでも処理しきれないものが下請けえと流されていきます。下流に行けば行くほど処理費がかかります。処理費とは残業の連続という形で受け止められます。限界を超えてメンタルなダメージを受ける人々が増えている現象です。これはマスコミが騒ぐ賞味期限問題とは比較にならない大きな公害なのです。禁止物の混入による公害は厳しく捉えるが、メンタルダメージは公害でないと何故言い切ることが出来るのでしょうか。

現在、社会のIT化への需要は増える一方です。マクロで発生している問題は、誰か責任者を決めて対処しなければ、公害は広がるばかりです。海外の先進国では発注者が自分の責任を果たさなければ、訴訟で負けて莫大な損害賠償を払う羽目になります。契約が皆を守ってくれます。海外の企業では残業が少ないのはこれらのルールが契約によって守られているからです。3K問題はIT産業で人集めにも事欠く事態となります。ここで再度申しあげますが、マクロな問題はミクロな視点では解決できないということです。
以上
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