「工事進行基準とITプロジェクトの常識」
河合 一夫:10月号
最近,工事進行基準という言葉を良く聞く.耳にした読者の方も多いと思う.これまでは工事完成基準と工事進行基準の選択が可能であり,ほとんどのソフトウェア開発会社は工事完成基準を選択してきた.それが,2009年4月(3月決算)からは,原則として工事進行基準を適用する必要がある.工事進行基準に関しては,インターネット上で検索をすることで多くの情報が得られるため,ここでは詳細を論じない.メディアの論調は,きちんとした要件定義,確度の高い見積,それにもとづいた契約,スコープの変更管理をきちんと行うプロジェクトマネジメントなどが必要となる,といういったものがほとんどである.工事進行基準がITプロジェクトの常識を覆すもので,業界が一変する可能性までを示唆しているものもある.本当にそうなのか.会計上の対応については,本小文では考えない.この工事進行基準によりITプロジェクトの常識が変わるかどうかに関心がある.
ITプロジェクトの常識といわれると,要件定義を曖昧にしたままプロジェクトを計画する,そのことで契約が曖昧(XXを一式)になり,結果として変更につぐ変更で進捗が遅れ,劣悪な品質により手戻りの連続といったことがすぐに思い浮かぶ.負の連鎖,デフレスパイラルの典型例のように思われている.ここでソフトウェアの見積りの常識として有名である「不確実性のコーン」を考えてみる.これは,各々の見積に対して,初期コンセプト時は0.25倍〜4倍,製品定義の承認時が0.5倍〜2倍,ユーザインタフェース設計の完了時が0.8倍〜1.25倍となることを「コーン」という形状で言い表したものである.図1に示す.
図1 不確実性のコーン(参照: こちら)
ITプロジェクト(ソフトウェア開発)は,何千もの意思決定からなるプロセスであり,それぞれの決定が持つ不確実性がITプロジェクトの見積りや実施の不確実性を引き起こす.工事進行基準を導入しても,この不確実性をなくすことはできない.工事進行基準によりITプロジェクトの本質を変えることはできない.それでは何ができるのか.筆者は,不確実性の本質を見極めること,それを関係者間で共有することが必要であると考える.不確実性の分類としては,Wynneの分類(小林傅司編,「公共のための科学技術」,玉川大学出版部,pp.114-115,2004)がある.その分類では,我々が常識で考える「不確実性(リスクというもの)」以外に,「無知」,「非決定性」といったものを扱っている.ITプロジェクトを計画し,ユーザ要件を定義する際に,「無知」や「非決定性」といったものを意識して扱っているであるろうか.単なるリスクの洗い出しではなく,どんな不確実さがあるのか,それを見極め,プロジェクトの計画を立案し,実施することが必要である.筆者はそう考える.ITプロジェクトでは,今までの概念に捕らわれないリスクへの認識を持つことが必要でないか.
工事進行基準への対応は,ITプロジェクトに潜む不確実性を洗い出し,その本質を明らかにすることに意義があるように思う.そのことがITプロジェクトにおける,これまでの常識を変えるきっかけになるのではないか.要件定義の曖昧さは,曖昧さを認識するとともに,要件定義に含まれている不確実性の本質を関係者間で共有することが必要であり,契約の問題もXXが一式といった不確実性の塊りを契約することの本質を関係者間で共有することに意味があるのではないか.筆者はそのように考える.その上で,ITプロジェクトをどのようにマネジメントするのか,プロジェクトマネージャやプロジェクトマネジメントに関わっている人たちの責務であるように思う.この不確実性については,次回もう少し深く考えてみたい.
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