投稿コーナー
先号   次号

「不確実性とITプロジェクト (1)」

河合 一夫:11月号

 先回は,ITプロジェクトの計画や実施の中に潜む不確実性の本質をプロジェクトの関係者間で共有することの必要性を説いた.今月は,ITプロジェクトに潜む不確実性について少し考えてみたい.ITプロジェクトに関わる人間にとって不確実性のマネジメントはリスクマネジメントと同じ意味として考えているように思う.しかし,本当にそれで良いのか.本小文では,その点について少し考えてみたい.
 まずリスクの定義を考える.リスクの定義には様々なものがあるが,本小文では,リスクマネジメントにおける用語を定義したISO/IEC Guide73:2002(TR Q 0008:2003)におけるリスクの定義をもとに考えたい.この規格では,リスクを『事象の発生確率と事象の組合せ』と定義し,事象は確実である場合も不確実である場合もあるとしている.「不確実性」の分類としてWynneによる分類がある.その分類に従って,我々がリスクマネジメントで考えている「不確実」さを考えてみる.Wynneは表1に示すような分類を示している.我々がリスクマネジメントにおける不確実な場合として認識しているのは,表1のリスクと狭義の不確実性である.先に示したリスクの定義からも明らかである.不確実性は,この2つだけではない.しかし,実際のプロジェクトでは,何があるのか分からない「無知」な状態を考えたりはしない.「無知」であることを,我々は通常は認識していないし,認識することも難しい.不確実性のマネジメントをリスクマネジメントで扱う難しさの1つがここにある.
 不確実性を考える上では,変動性を同時に考えておくことも必要である.変動性は偶然の作用(ランダム性)であり,システムに固有なものである.「偶発的不確実性」と呼ばれることもある(デビッド・ヴォース,入門リスク分析,勁草書房,pp.28-30,2005).不確実性のタイプ,不確実性と変動性の違い,これらをプロジェクトを実施する際に考慮することが必要である.

 表1. Wynneの不確実性の分類(小林,公共のための科学技術,pp.114-115玉川大学出版部,2004)

リスク 危害の内容が知られ,その発生確率も知られている
狭義の不確実性 危害の内容は知られているが,その発生確率は不明.ただし不確実性の程度は定量的に推定される.
無知 未知の危険があるのかどうかさえ不明.
非決定性 どんな種類の問題なのか,どんな要因や条件が関係しているのかが不明.
複雑性 現象の振舞いを決める要因が一意に定まらなかったり複合的で非線形.
不一斉 フレーミング・研究方法・解釈の多様性,論争参加者の能力に疑いがある.
曖昧さ 事柄の正確な意味や,何が主要な現象や要因かが曖昧.

 ここでITプロジェクトにおける不確実性を考えると,図1に示す要素の関係で捉えることができる.ITプロジェクトは,ユーザの業務をITにより支援するために,まず要件を定義する.その後,見積を実施し,計画を立て,要件を満たすシステムを実現するために技術が適用される.そして,それらを実施する組織がある.要件定義の難しさは周知のごとくであり,完全に要件を定義すること,要件を固定化させることは難しい.ここにITプロジェクトにおける不確実性の芽がある.その芽が要件定義に続く見積,計画,技術へと受け継がれ,花を咲かす.ITプロジェクトにおける不確実性を考える上では「要件」,「見積」,「計画」,「技術」の4要素とそれらを実施する「組織」を考える必要がある.不確実性を扱う組織では,不測の事態を予測するマインドを持つこと,不測の事態を抑制するマインドを持つことが組織における不確実性のマネジメントとして推奨されていることを付け加えておく(カール E. ワイク,不確実性のマネジメント,ダイヤモンド社,2002)

図1 ITプロジェクトの不確実性の要素
図1 ITプロジェクトの不確実性の要素

 ここまでの議論で,ITプロジェクトにおける不確実性やリスクマネジメントを考える材料は揃った.先回は,不確実性のコーンを用いて,見積もりにおける不確実さの大きさを視覚的に捉えた.しかし,その内容にまでは踏み込まなかった.ここから,プロジェクトマネジメントを実施する上で,ITプロジェクトの不確実性を変動性との違いを認識しつつ,どのようにマネジメントするのかを考えなくてはいけない.しかし,その問題を考えるには紙面が尽きたようである.今回は少々消化不良であるが,この続きは次回に考えてみたい.
ページトップに戻る