PMプロの知恵コーナー
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「エンタテイメント論」(6)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :9月号

エンタテイメント論

6 日本と海外の観光事業
●北京オリンピックの開催
>4年に一度のオリンピックが中国首都北京で2008年8月8日から始まった。その開会式とアトラクションの壮大さ、新鮮さ、素晴らしいアイデア性、色彩と形の素晴らしさ、中国の世界史に果たした役割を見せるテーマ性、一糸乱れぬ多集団演技など、どれをとっても今までのオリンピックで存在しなかった内容であった。
>この凄さとスケールと中身の素晴らしさに世界中の人々は、度肝を抜かれた。更にこの様な凄い演出を行うことを意志決定し、それを実現させる人物(後述)を世界中から適確に選別した中国政府の意志と鑑識眼に驚嘆する。
>この開会式とアトラクションに対して日本のマスコミに登場する評論家、学者、タレントなどは、一様に「冷めた見方」を表明していた。しかも多くの民間放送局は、中国の「影」の部分ばかりをオリンピックの報道中に流すという「ひねくれた見方」ばかりが目立った。中国の「陽」の部分をもっと報道すべきであろう。彼等の深層に「中国への妬み」があるのだろうか。
北京オリンピックの開会式のアトラクション
北京オリンピックの開会式のアトラクション

>余談であるが、筆者は、中華人民共和国「教育部(日本の文部科学省)」の文教専家(中国の近代化に貢献可能な専門家)の認定を受け、中国政法大学(北京)の客座教授(日本人初の客員教授)をしている(無名の筆者が認定と就任を得た理由を機会があれば別途述べたい)。その結果、中国の政治家、学者、知識人、大学生などとの直接の交流が可能となった。日本の政界、学会、マスコミ界が知らない様々な事を数多く知ることが出来る様になった。本連載の目的と紙面の関係で、その内容を全て紹介できないが、本連載に関係する部分を2〜3紹介したい。

(1)祖国・中国の将来への「夢」
>その内容とは、中国の指導層やそれに準ずる多くの人々は、祖国・中国の将来のために「夢と志」を抱いて「燃えている」ということである。中国は、現在、様々な深刻な問題を抱えている。しかし日本でも、米国でも、どの国でも様々な深刻な問題を抱えている。
>重要なことは、中国の「影」の部分ばかりを問題にせず、「陽」の部分の優れた、明るい、夢のある内容にも注視すべきであろう。彼等は、「陽」の部分をより伸ばすことで「影」の部分を解決しようとしている様である。

(2)中国人のエンタテイメント性
>筆者は、この原稿を書いている時点では、「開会式のアトラクション」しかTVで見ていない。「閉幕式でのアトラクション」を今から楽しみにしている。何故か。このアトラクションこそが、中国が世界に向け、「ようこそ北京にお越し下さいました」と歓迎の意を表し、来訪者に「中国人と宜しくお付き合い下さい」とのコミュニケーション・メッセージを送るために作ったものであるからだ。言い替えれば、これこそが、「エンタテイメント」を具現化したものである。
>中国人のエンタテイメントの巧みさとエンタテイメント性への理解は、欧米諸国人と同じである。日本人が真似できないかも。前出の筆者の交流する人物達は、エンタテイメントが巧みである。また楽しんで生きている人達である。

(3)大国・中国への発展
>北京オリンピックでの中国の「金」の獲得数が米国を遙かに上回った。前出の筆者の交流する人物達が「北京オリンピックで中国が世界一であることを証明しますよ」と異口同音、予言していた。正に的中した。
>「中国は、スポーツのオリンピックだけでなく、経済のオリンピックでも世界一になります」と彼等が予言した。恐らく的中するだろう。
>中国人も、日本人も、同じアジア人種であるが、共に欧米人の様な「体格」と「体力」は、一般的には持っていない。しかし何故中国人は、あれだけの「金」を取れ、日本人は何故取れないのか。興味ある疑問である。この疑問について記述することは、本連載の目的に合致しない。しかし筆者の執筆の特権を悪用して以下に一つだけ言わせて頂きたい。

●北京オリンピックでの中国の「金」の数
>上記の答えの一つは、「日本新記録」にあると思う。諸外国にも「国内新記録」というものがある。しかし日本人の「日本新記録」への思いほどではない。北京オリンピック競技で予選落ちし、落胆している日本選手に「あなたは日本新記録を出しました。おめでとうございます」と取材者が言う場面をTV中継番組で何度も見聞した。言われた本人は、「おめでとう」の言葉がどの様に響いたのであろうか。
>日本のスポーツ界の指導者は、「日本新記録」を認識と行動の基準にせず、「世界新記録」をその基準にすべきである。何故なら現在のスポーツは、グローバル・スポーツであり、全地球スポーツである。「国際」という概念、「日本」という概念で自国のスポーツを指導してはならない。中国政府、中国主導層、中国スポーツ界などの要職の人物は「全地球」を照準に「中華思想」を具現化しようと日夜努力している。その成果の一つが北京オリンピックでの「金」の数である。
>日本のスポーツ界の指導者が「世界標準」を認識と行動の基準に入れて指導することになると、日頃の訓練の仕方が根本的に変わるだろう。例えば水泳の練習時に世界新記録のスイマーの泳ぐスピードを具現化した器具をプールサイドに併走させれば、自分の泳ぎ方でどの程度のスピードなら同じか、その段階で追い越されるのか、それは、初期段階か、後期段階かが一目瞭然に分かる。タイムだけの比較では意味がない。
>「世界新記録」と「金」の問題は、スポーツに限ったことではない。「日本基準」を認識と行動の基準にした日本企業は衰退し、滅びる。しかし「世界基準」に照準を合わせた日本企業は、発 展し、世界企業になる。中国のスポーツ界は、世界基準で認識し、行動しているのである。

●中国のオリンピックに掛ける期待
>中国政府は、オリンピックの施設建設に19億ドル(約2100億円)投下した。2001年から2008年までオリンピック開催に向けてのインフラ整備などで総コストは、440億ドル(約5兆円)と言われている。中国政府は、このオリンピックの開会式のアトラクションで北京の空を彩った花火に12万発使った。これは過去28回のオリンピックであげられた総数のなんと4倍という数である。30ヶ所から打ち上げられた1200種の花火は、すべてコンピュータ制御で実行された。一方日本の花火大会は、どこでも人力で行われている。また12万発を上げるのに費やした時間は、超濃縮のたったの20分間である。中国政府がオリンピックにかえた期待が如何に大きいかが分かる。
>北京オリンピック開催を契機に、世界中の人々は、中国に観光旅行で訪れる様になる。そればかりか世界のビジネス・マン & ウーマンは、中国を訪問し、中国人と交流し、中国ビジネスを更に拡大していくであろう。
>中国政府は、オリンピックに投下した膨大な資本を十分に回収出来ることを知っている。何故なら彼等は、「東京オリンピック」で日本が実現した資本回収の事実、諸外国がオリンピックで得た利益などを全て計算したと聞く。中国の「世界調査力」は凄い。
>中国は、その近世史に於いて欧米諸国と日本による侵略と強奪と屈辱と死の歴史を味わっている。中国は、この北京オリンピックを契機に中国にとっての近世の「負の歴史」を打ち消し、更なる未来の「正の歴史」を築くため、「21世紀は我々中国人が切り開くのだ」という強いメッセージを発信している様に思った。

●張 芸謀(チャン・イーモウ)
>北京オリンピックの壮大な開会式、閉会式、アトラクションの総監督・制作指揮を担当した人物は、何と映画監督の張 芸謀(チャン・イーモウ)氏である。彼は、このために「今後2年間は映画を製作しない」と発言している。
>彼は、西安に生まれた。北京電影学院撮影学科を1982年に卒業し、1985年西安映画製作所に所属し、チェン・カイコーの下で撮影監督を務めた。
>1987年に「紅いコーリャン」で監督デビュー。この作品でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。1992年の「秋菊の物語」と1997年の「あの子を探して」で2度ベネチア映画祭の金獅子賞を受賞。「紅いコーリャン」、「紅夢」、「上海ルージュ」の「紅三部作」、「あの子を探して」、「初恋のきた道」、「至福のとき」の「幸せ三部作」、「HERO」、「LOVERS」などの「武侠映画」などを製作し、一気に世界的な著名・映画監督になった。
張 芸謀(チャン・イーモウ) 張 芸謀(チャン・イーモウ)

日本でヒットした張 芸謀(チャン・イーモウ)の監督映画
日本でヒットした張 芸謀(チャン・イーモウ)の監督映画

>彼の作品の特徴は、美しい映像にある。「紅いコーリャン」など初期の作品は特定の色を強調。パンの少ないカメラワークも特徴。このことによって欧米で「東洋の美」と認識された。また初期の作品で鞏俐(コン・リー)を多用し、彼女は世界に通用する女優にした。「初恋のきた道(原題:我的父親母親)」でチャン・ツィイーを世界的メジャー女優にするきっかけも与えた。
>余談であるが(今回余談が多くて申し訳ない)、筆者は、チャン・ツィイーの大フアンである。勿論チャン・イーモウ監督のフアンでもある。映画「グリーン・デスティニー」の酒場シーンで彼女一人で大勢の屈強の男をなぎ倒す。勝利した彼女は、歌舞伎役者と同じ様に、刀をかざして見栄を切る。この可憐で美しい彼女が武闘家として精一杯闘う姿に筆者はコロリと参ってしまった。チャン・イーモウ監督の成せる技である。
>同監督は、近年はチェン・カイコー同様にワイヤーアクションを多用した「武侠映画」で商業的にも成功を収めた。「Green Destiny」、「HERO」、「LOVERS」での特殊撮影や特殊効果の多用だけでなく、演出とアイデア、カメラ・アングルなど目を見張るものがある。
>なお彼は、オペラ演出家としてジャコモ・プッチーニの大作「トゥーランドット」も手がけた。フィレンツェ歌劇場のプロダクションで、北京の紫禁城において野外上演も行われた。
(つづく)

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