図書紹介
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大学は「プロジェクト」でこんなに変わる
(WISDOM@早稲田著、東洋経済新報社発行、2008年06月05日、219ページ、1,800円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):9月号

今回紹介する本は、題名にある通り大学でプロジェクトを実施した事例をまとめたものである。著者は、WISDOM@早稲田とプロジェクトのグループ名となっているが、代表者が執筆している。だから大学の関係者が自らの大学のプロジェクトを企画・立案・開発・運用・評価と一連の作業をした過程での問題点を整理している。この本は、大学職員研修用のテキストとして編纂されたものを出版用に再構成したと書いている。普段大学のプロジェクトに接するチャンスがないので、この機会に一般のプロジェクトと違う点を探り、参考になる点を学ぶ意味で取り上げてみた。この原稿を書くにあたって、大学プロジェクトとは一般的にどんなものがあるのか、参考にインターネットで調べてみた。1千万件ものヒットがあったので、全てを調べることはあきらめた。ざっと数百件を時間に任せて覗いていたが、殆どが大学の独自プロジェクトや研究テーマ等であった。今回取り上げる大学が早稲田大学(以下、W大)なので、T大のプロジェクトも調べてみた。するとT大社会科学研究所が希望学プロジェクトを開始したとあった。希望学は、「希望と社会の相互関係を考察し、希望を社会科学する」とあった。同じプロジェクトでも、今回のテーマとは無関係のようである。大学でのITのプロジェクトマネジメント(PM)を正面から取り上げたものは殆んど見当たらなかったが、この本はPM関係者にとって新たな発見が期待される本である。

所で、先の大学プロジェクトの検索過程で、W大に総合研究機構プロジェクト研究所なるものがあることが分かった。今回の本で紹介されている幾つかのプロジェクトもその中のものである。この研究機構は9年前に設立された研究所である。W大のホームページからも見ることが出来るが、「研究所は、一定の条件を満たせば開設できるので、先端的な研究への機敏な対応が容易である。大学の研究にリズムをもたらす機動的な研究組織です」と紹介されている。調べてみて驚いたが、150もの研究所があることが分かった。分野別に分かれていて、科学、教育、社会システム、文化、地域社会、複合分野となっている。中でも社会システム分野には60近い研究所があり、IT戦略研究所(ITとビジネスモデル、グローバリゼーションとIT等のテーマ)や次世代育成研究所(超高齢化と少子化による社会変化に対する政策支援の計画・実施体制を、地方自治体、企業の取組みに関して研究等)等がある。余り聞いたことがないものに、文化分野の「道空間研究所」というのがあった。この研究の基は、四国遍路道の「巡礼の道」から出ている。道空間がグローバルとローカルを一緒にしたグローカルな面から、現代社会の文化的な可能性を研究するとある。これもPMとは関係なかった。関係あるものは、矢張りこの本で紹介されている、「オンディマンド授業流通フォーラムプロジェクト」であり、「英語教育改革プロジェクト」のようである。

大学のプロジェクトとは     ―― 一般プロジェクトとの違い ――
この本で大学プロジェクトの立ち上げから開発・運用を経て収束・解散にいたるプロセスを紹介している。このプロセスは一般の会社組織だけでなく、全てのプロジェクトが同じ道をたどる。ところが、大学の場合は教育機関であるので、プロジェクトの発想から違っている点を書いている。民間会社は利益の追求と、株主から従業員や地域社会等を含めた社会貢献である。これに対して大学は、人間育成と諸研究(基礎研究から新技術・応用研究等)が求められている。言葉を変えると、「大学は、利益・効率・生産性ではなく、社会に人・知識・技術・情報を還元する組織である」といえる。この点がプロジェクトをスタートさせる原点となる。次が組織・運営上の違いである。誰もが義務教育を受けて、高等教育から大学教育を経る過程でその違いを体験している。教育現場である大学には、教授を含む先生に対して、それを裏で支える事務職員で組織構成されている。この構図は、民間会社の現場といわれる生産・営業部門と本社・一般管理部門の組織構成とは、根本的に異なっている。大学を含む学校には教育機関としての機能上、先生と職員の主従の関係がある。教育現場には、先ず先生が居てその次に事務方がいる関係である。著者は、「個」の教員、「組織」の職員と書いている。これは良く実態を表していると思う。一人の先生は多くの学生や社会を相手に活動可能であるが、職員は「組織」でなければ活動することが出来ない。これはプロジェクトを進めていく上で考慮すべき点であると書いている。こうした背景からプロジェクトを進めるが、チーム内の指示はPMリーダの判断に委ねられる。

もう一つプロジェクト立ち上げ過程に違いがある。それは学部経営の壁である予算の配分(学生のために授業料を支出する)があるという。一般にプロジェクトは組織を横断したものが多いので、その利害関係をどう克服するかのプロセスが大切である。この点は、民間会社でも似たようなことは、多々ある。この場合は、社長か役員・本部長の鶴の一声で決まるケースが多いが、大学の場合はどうであろうか。この点は何も書かれていないので正確には分からない。しかし、予算分捕り合戦で予定通りいかなかった場合、民間会社とは決定的な違いがある。大学の場合は、自分の大学の予算だけでなく文部科学省の研究補助金を使う秘策があると紹介されている。民間会社の場合は、この方法は殆んど期待できないので、大学プロジェクトの大きな利点かもしれない。こうした過程を経て、いよいよプロジェクトの組織づくりから開発のプロセスに入るが、これは民間会社と同じようである。敢えて違う点があるとすれば、プロジェクトを実験してみるプロセスがあるという。大学の研究所は普段から大小さまざまな実験・検証をしている。その関係からか、実験プロセスを経て、「問題なければスタートする。駄目なら止める判断をする」と書かれている。大学らしい賢明は方法である。このプロセスを経験する過程で、プロジェクトに関係する人や部門、関係しない部門を巻き込んで全学的コンセンサスが取れるともいう。プロジェクトに反対する部門の説得にもなり、問題や危険があればそれを回避する方法を考える必要な時間でもある。プロジェクトの最終可否を判断するには、このプロセスは有効である。

ケースタディから学ぶ(その1)   ―― WISDOM@早稲田プロジェクト ――
この本には、過去に経験したプロジェクトをケーススタディとして8つも紹介している。著者がPM責任者としてまとめたプロジェクトのWISDOMは、 Waseda Integrated Strategy Design and Organized Managementの略称で、別名「大学経営戦略立案方法論」と名付けられている。このプロジェクト名から経営戦略の書名を連想するが、プロジェクトの中味は表題から戦略を考える方法論程度としか分からず、全く想像がつかない。実は、このプロジェクトのベースとなったものが過去にあり、それが「システム開発方法論(GENESIS:General New Structure for Information System)」であると紹介している。これも表題からは、内容を伺い知ることはできない。このプロジェクトは、w大の1980年代のシステム開発の経験から考え出された。当時のシステム開発は、専門のSEがユーザーの業務内容を聞き出し、詳細な機能仕様書を作成する。それをユーザーが確認してから開発に着手する方法であった、筆者が知る限るでは、現在でも多くの民間企業はこの方式を取っている。それをGENESISでは、現場のユーザーが業務分析して自分たちの理想とするシステム仕様書を作成する。その結果、使い勝手のいいシステムが出来ることを狙った「システム開発方法論」であるという。ユーザーがどのような仕様書でSEに渡せば、スムーズにシステム開発されるかのプロジェクト化を実行したのである。別名「聞かなくてもわかる」システム開発と命名したそうである。詳細を知りたい方は、この本を読んで頂くか、更に「業務担当者のためのシステム分析手法」(日刊工業新聞社)を参考にされたい。

このユーザー思考のシステム開発のGENESISは、それなりの効果的な手法であるが、ユーザーの現状業務から離れた発想が出来ない問題点があった。この手法から大学改革のような多様な問題解決に使えないかと考えられたのがWISDOMであるという。現状の業務にこだわらないで、本質的な問題点を探る手法を求めて考えられたものである。物事には、基本的な本質がある。これは状況がどんなに変化しても変わらない要素である。この本で「入試」を考える場合、受験者、試験、成績等が本質である事例を上げている。入試に時期や方法が変わっても、先の要素は「変わらない」ものである。然しながら、誰でも簡単に「本質」を見抜くことは難しい。ある程度の訓練と時間が必要である。そこでWISDOMが、本質を捉えられるように設計されていると書いてある。2007年4月にプロトタイプ・システムが構築され、各大学のコンピュータシステムと接続可能になっているそうである。アプリケーションでは、人事、財務、学籍管理からラーニングマネジメントまでの統合システムである。新たなコンピュータシステムが現状をPCやシステムに置き換えた程度では、業務改革にはならない。そこには業務改革をするための本質的な見極めと、それを支えるツール(方法論)が必要である。W大では、このWISDOMを無料で一般公開して、大学改革の積極的な支援をするという。これが本来の教育、研究機関としての大学のあるべき姿だと強調している。矢張り企業と大学とのプロジェクトの捉え方の違いが参考になる。

ケースタディから学ぶ(その2)    ―― 大学職員の人材育成 ――
この本に「プロジェクトをマネジメントする」という部分がある。先に大学と民間企業のプロジェクの違いについて触れたが、PMはどうなっているのか気になっていた。PMでのプロジェクトメンバーは、それぞれが活き活きと活動することが前提であるので、「プロジェクを管理しても、人を管理するものではない」と著者が明言している。更に、メンバーは知的労働者としての自律性が尊重されなければならない。w大では、変革の方法論としてあるプロジェクトには「管理主義」からは程遠いとも書いている。多少ニュアンスの差はあるが、PMの本質は変わらない。しかし人間優先と効率優先の違いがあるかも知れない。特に、PMで大きく異なる点は、プロジェクトがトライアル & エラー方式(ささやかな勝利の積み上げ手法)があることで、これは「正しい解は唯一ではない」との発想からきている。だからメンバーは、誤りを犯すことを恐れず、果敢に新しいことにチャレンジするとある。この過程で、失敗や誤りを思考するメンバーの糧とエネルギーとなる。それが人材育成に繋がり大学の強みとなると纏めている。この点は、民間企業とは大きく考え方が異なっている。プロジェクトを生業としている企業では、失敗は許されない。誤りを最小限にする努力が事前にリスク管理されていなければならない。勿論、この点は建前論で民間企業でも多くの失敗と誤りはある。それが会社収益に直結する危機感から、どうしたらリスクを回避出来るか、過ちの代換措置や契約上のバックアップを考えながら対処している。

最後に、プロジェクトと人材育成のことが書かれてある。大学は、元々教育機関であるので人材育成は本業である。これが学生でなく、自大学の職員に対してはどうであろうか。著者は、昨今のインターネット等の技術発展と社会環境の変化が新たな局面に向かっていると指摘している。特に、他大学、企業、自治体、海外の大学や研究機関との多面的に連携が必要である。そのために大学の組織力を生かした教育と研究活動の創造的支援が期待されている。この任を担う人は、プロジェクトを通じて培われたPM能力(著者は、アカデミック・アドミニストレーターと書いている)を兼ね備えたスタッフであるべきとまとめている。こうした能力を育成するには、大学でのプロジェクトを活用してプロフェショナル養成の将来像を描くことが必要であるという。W大でのWISDOMの手法による「これから求められる職員像」が紹介されている。従来の大学管理機能や学生・教員・研究等のサービス機能に加えて、プロジェクト推進機能が求められると結んでいる。このプロジェクト推進機能は、実際のプロジェクトを企画・立案・実行等に直接タッチする過程で人材育成される。この点は、民間企業でも全く同じである。これまで著者がまとめられた大学プロジェクトには、多くの参考になる点が書かれてある。業務分析の本質見極めの方法論から現場ユーザーのプロジェクト参画等、民間企業でも有効なものである。大学がプロジェクトで変われるなら、企業もプロジェクトで変わる努力をしなければならない。(以上)
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