図書紹介
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見える化で社員の力を引き出すタイムマネジメント
(行本明説著、東洋経済新報社発行、2008年04月24日、122ページ、1,200円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):8月号

今回紹介の本は、幾つかユニークな点がある。先ず、題名の「見える化」をこの本で実践している点である。本の半分以上が、文章の説明だけでなく図表等で編集されている。だから非常に理解し易い。この本を読みながらというか、図を見ながら講義を聴いているような感じである。この図表がよく工夫されているので、参考にさせて頂きたいものが多々ある。しかし、著者の承諾無く使うことが出来ないのは常識である。ところが、巻末に、内容やタイトルまで勝手に使っている会社があるということを著者が書いている。いいものは真似られるものだが、それをビジネスとして展開するのは、非常識であり問題がある。ここ数年、厚生年金問題や会社ぐるみの偽装、某地方教育委員会の教員採用汚職の問題等々は、根は一緒である。倫理観等のモラル・常識の欠如であるが、ここで論ずべき問題ではなかった。次は、著者が「タイムマネジメント」のコンサルタントとして実際に活動された実績をベースに書かれている点である。それもアイデアレベルのノウハウだけでなく、PCをツールとした実際に活用する方法も書かれている。更に著者は、このタイムマネジメントを時間管理や仕事の効率化の技術的なことに限定せず、「やる気」「ビジネスコミュニケーション」「ノウハウの活用(ナレッジマネジメント)」まで広義に捉えている。それを単なる個人の活動に留めず、NPO法人「日本タイムマネジメント普及協会」( こちら)を組織化し、広く普及させる努力もされていることを紹介している。

この「見える化」に関しては、深く学問的に追求され自ら経営者として実践されている遠藤功氏(早大大学院教授)の著書「見える化」(東洋経済新報社発行)を紹介(2006年2月号)した。その本でも述べられているが、生産現場等で問題が発生したら、如何に問題を早く解決させるかを述べている。トヨタ自動車の「アンドン・システム」で代表されるような生産現場での事例や、外食産業「和民(ワタミ)」の顧客サービスの対応例等が紹介されている。問題が発生したら「見える化」で、情報を共有化して解決させる必要性からいろいろな方法を教えてくれた。これらの考え方や方法は、我々が普段活動しているプロジェクト・マネジメント(PM)でも、大いに活用出来るものである。一方、こうした問題(システムトラブルも含めて)を発生させない標準化手法としてPMBOKやP2Mがある。これら手法のベースにあるものは、プロジェクトの「見える化」(情報の共有化)である。現在の文章による要件書をシステム化という手段を講じて成果物を納品する手法から、曖昧な文章を設計図化して、開発経過を画面や帳票等で途中を見せ、最終工程で全体が見られる「見える化」の工夫は必須である。こうした「見える化」をタイムマネジメントの観点から、社員のヤル気を引き出す工夫までを纏めたものが、今回紹介の本である。

ホワイトカラーの生産性向上     ―― 3ム(ムリ・ムダ・ムラ)の排除? ――
この本の冒頭に「日本のホワイトカラーの生産性は低い」と書かれてある。このデータによると、年間労働時間に対する時間当たりの生産価値を割り出したものだが、東京のビジネスマン“1”に対して、ベルリンが4.7倍、ニューヨークで4.2倍である。北京の1.05倍よりも低い水準であるという。それ以外のGDP生産性の統計調査でも、OECD(経済協力開発機構)発表で30ヵ国中19位と低い結果の報告もある。経済的には、世界の先進国として世界経済を一部牽引しているが、実はホワイトカラーの生産性が低いという問題である。それでは何故、ホワイトカラーの生産性が低いのかを分析しているのが、この本の「見える化によるタイムマネジメント」である。著者は、工場等の生産現場での生産性向上(ムダ・ムリ・ムラの排除)をホワイトカラーの職場に持ち込んだので、上手く機能しないのが原因であると紐解いている。その最大の問題点は、仕事の優先順位付けが根本的に違うと指摘する。著者は、これを仕事の「大事」の価値判断を組織で実施出来る生産現場と、個人にその判断を委ねている間接部門との差であると書いている。確かに、生産現場では、上流工程から流れてきた生産物を自分のラインで一定の基準(組み立て、加工、調整等)で作業を終え、次の工程へ流すことを繰返す。この作業手順は、細かに決められているので、作業員の勝手な判断でプロセスを変更することは許されていない。これを変更して、生産効率を高める工夫をする場合は、「カイゼン」と称して生産現場で関係者の調整が成されては初めて実施に移される。最近の生産現場は、自動化が進み人から機械、コンピューターへと変わっているが、作業工程は、組織としてルール化され「大事」は守られている。

それに比べてホワイトカラーの間接部門の作業は、顧客の要求であったり、部長や課長の指示であったり、関連部門のオーダーであったりして、その場その時によって内容や手順が異なっていく。こうした作業のオーダーに対して、作業優先順位である「大事」の決定が明確なものでなければ、個人の判断に委ねられて実施される。これは職位が上がれば上がるほど、個人=組織の判断となる。この点が問題であると著者は指摘している。この「大事とは何か」のコンセンサスが不明確なまま、「ムダ」を省くことを最優先する現場方式を取り入れても上手く機能しないのは、当然である。間接部門の「ムダの排除」=時間効率の考え方を追求していくと、むしろ上司・部下との信頼関係にも影響してくる。必要なことは、職場での「現時点の大事な仕事とは何か」「だからいつまでに仕事を終わらせなければならないのか」等と信頼関係構築のコミュニケーションを図ることが必要である。元々、間接部門の仕事は、計画する、調査する、分析する、交渉する、資料を作成する等々、「思考する(考える)」ことが『大事』なのである。この「大事」が時と場合で変化するので、その変化を上司・部下共々理解し合うことが最も大切な点である。初めから「ムダ」があるという前提でムダ・ムラ・ムリの排除方式を導入することに「ムリ」があると指摘する。

ホワイトカラー業務の可視化   ―― タイムマネジメント ――
著者は、ホワイトカラーの仕事は、「何が大事か」の特定が出来ないので生産現場と同じような条件で業務の可視化は適用できないと書いている。その最大の問題点は、「仕事の大事」が明確でないので、タイムマネジメントと称して「仕事の効率化」を求めても、管理者と管理される者との信頼関係が損なわれる結果となる。即ち、お互いの「大事」=価値感が共有されてないので、ムダを省けと「効率化」をムリジイすると、相互の「人間不信」となる。そこでスケジュール管理する前に、幾つかの前提条件を明確にしてから実施しなければならない。著者はその一つとして、個人で処理する仕事か、グループで処理する仕事かの特定をすべきであるという。そのポイントは、個人の仕事は「記憶」である程度の処理が可能である。ところがグループでの仕事は「記録」をベースで処理しないと混乱が生じる。所謂、情報の共有化が必須である。従って、「記録=可視化」で「仕事の大事」を特定する。その中に、どのように処理をするのか、いつまでに終わらせるのかの相互確認が必要である。このプロセスを通じて、無理な仕事なのか、処理可能な範囲のスケジュールなのかのコミュニケーションを図る。その上で、仕事を任す方も任される方も信頼して仕事が出来る条件を整えてから仕事に掛かる。その仕事の過程で経過報告等の情報交流が成されれば、その仕事を通じて相互の信頼関係がますます高まることになる。タイムマネジメントをする前提もなく、効率化を求めても逆効果になる。間接業務の効率化は、会社が時間管理するのではなく、個人が自分の時間管理をすることが前提であると纏めている。

仕事の「やり方」から「ヤル気」を高める信頼関係を築き、タイムマネジメントをする方法が必要である。更に、ホワイトカラーの仕事で「大事」を決める究極のモノサシがあると書いている。それは6つのカテゴリーに分類されている。予定された仕事で、@自分で今処理する。A後で処理する。B他人に任せる。これに対して突発的に発生した仕事で、C自分で今処理する。D後で処理する。E他人に任せる。以上の6の仕事に対して、その日の処理時間を記入して結果を分析してタイムマネジメントする方法を紹介している。この方法から、現状の仕事の問題点が浮き彫りにされるという。@、Cの時間が多い場合、仕事に「ゆとり」があり、一方、C、D、Aが多い場合は、仕事に「ゆとりがない」か、「計画性がない」等の可能性が高い。普段の仕事の特性や質、量、個人の能力等々を充分見極めて、分析、評価する必要がある。一般的に、突発性の多い職場で「計画的に自分の仕事」をさせるには「ムリ」がある。逆に突発性の少ない職場の仕事で「他人の仕事や突発性の仕事」に多くの時間を費やしているのは「ムダ」「ムラ」がある。会社内の仕事が組織的に割り振られていれば、それ程突発的な仕事は発生しないのが普通である。それが多い場合は、突破性の仕事を専門にやる組織が必要ということになる。こうした分析が成されて、それぞれの「効率化の目標値」がハッキルする。この目的と仕事のプロセスを理解されることが「ホワイトカラーの仕事の可視化」で、その結果タイムマネジメントが可能となる。

ホワイトカラーの仕事力    ―― 情報フローのマネジメント ――
この本には、著者の経験から多くのタイムマネジメントで成功した例が書かれてある。それも仕事をする「個人」、「チーム」「組織」等に分けて紹介されている。どれも参考になり、ホワイトカラー業務の見える化の方法を知り、直ぐにでも実行可能である。それぞれに共通している点は、仕事の内容(何をしたか)・量(処理時間)・質(結果)を「見える化」(情報の共有)している。更に、その目的や目標も「可視化」している。著者のタイムマネジメントの集大成されたものである。ここで最も重要な点は、何のためにタイムマネジメントをするかを明確にして実施していることである。タイムマネジメント=効率化ではない。効率は、タイムマネジメントが上手く機能した結果、評価されるものであると著者はいう。個人の場合は、その日の仕事から「大事」を特定して、その結果どうなったかを評価する方法を挙げている。特別に難しいことをしている訳ではない。手帳やPCのスケジュールに今日すべきTODO(仕事)リストに優先順位を付け、結果を記録して評価する普通のプロセスである。違う点は、予定された仕事か突発的な仕事かを明確に区分して記録していることと、結果からその日の総括をして「達成感」を積み上げている点でる。それも過去の結果データとの対比で、進歩や状況の変化を確認できる「可視化」の工夫をしている。毎日の仕事の「達成感」=満足感を体感することで、「ヤル気=意欲」「向上心=自己成長」が生れる。仕事を通じて人間的成長が図れるので、結果として「効率化」になるのである。

組織の場合はどうタイムマネジメントされるのであろか。某コンピュータメーカの事例が紹介されている。間接部門の過去の効率化取り組みの失敗から「見えない・計れない・つくれない」と総括した。そこで、仕事の時間分析から、意思疎通、専門知識への対処をすることで、仕事の「見える化」からタイムマネジメントの提案をしたという。業務ヒヤリングでは、作業の中味だけなく、個人のスキルレベルから部門方針、役割分担や指示系統に至る組織を含めた全般的な範囲まで検討している。その結果から、業務分担や指示が不明確なため、担当の作業範囲が不明確になっていることが判明。一方、作業員の意欲や責任感が強いことも分かった。仕事の業務フローがあっても、情報フローが明確でないと作業の分担・指示が曖昧になる。そのポイントは、組織の役割と指示を明確化した上での、上司・部下の意思疎通を図るコミュニケーションにあった。有能な作業員に適切な指示が出されれば、結果は自然と良い方向に流れる。そこで実施されたタイムマネジメントの「見える化」は、職場で上司と部下の「その日の大事」の作業確認であった。このことを毎日実施することで、職場でのコミュニケーションが良くなり、双方の作業状況や考えや行動が「可視化」され、情報の共有化が成され対話が増したという。お互いの信頼関係が高まれば、作業効率は高まり生産性は向上する。著者は、「本来、タイムマネジメントは社員も会社も同時に豊かに幸せになることがテーマであるが、現実は全く違った方向に向かっている」ので、この本で解決方策を纏めて書いたと結んでいる。実践推奨の本である。(以上)
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