図書紹介
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ウエブ時代の5つの定理
(梅田望夫著、文藝春秋社発行、2008年03月01日、第1刷、269ページ、1,300円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):7月号

著者の梅田氏と言えば、ウエブ時代の紹介者として有名である。因みに、アマゾンで「ウエブ時代の本」を検索すると、28冊がヒットしその内6冊が著者の本である。その中には、ウエブ時代に関係ない「私塾のすすめ」(齋藤孝氏と共著)や、「フューチャリスト宣言」(茂木健一郎氏と共著)も含まれている。この検索エンジンには、ウエブ時代=梅田氏のリンクが張られているのかもしれない。いずれにせよ著者を一躍有名にした著書「ウエブ進化論」は、このオンラインジャーナル(2006年6月)で紹介した。その本で述べられた内容の深さと広がりと斬新さに敬服した。その関係で先の検索された本も含めて3冊も読んだ。今回紹介の本は、題名こそ「ウエブ時代」となっているが、今までの本とは多少趣が異なっている。その内容を的確に表現しているのが英語の副題「Make the world a better place」である。まえがきにも書いているが、著者が十数年掛かって勉強したシリコンバレーのビジョナリー(創造力、直感力、明察力等があり、理念を持って変化に挑む)と呼ばれる人の考え方をまとめたものが、この本の内容である。著者は、それらの名言から「5つの定理」を導き出した。その取材対象者の多くの著名人は、メディア等で目にしたり、聞いた方々で、著書や雑誌等に多くのことを残している。巻末にその出典一覧表が5ページに亘って掲載されていて100件弱もある。固有名詞では、50名強であろうか。2年の歳月を費やしてまとめられたこの本は、ビジョナリーの言葉から学ぶ「ウエブ時代の定理」である。

この定理の原点となったシリコンバレーのビジョナリーの方々で一番多く登場(引用文章が多い人)した人は、スティーブ・ジョブス(アップル社の創業者で現CEO)で12もの引用がある。中でも「偉大な仕事をする唯一の方法は、あなたがすることを愛することだ。未だ見つかっていないなら探し続けろ。落ち着いちゃいけない」は、ベンチャーの核心的なものだ。2番目がエリック・シュミット(グーグルのCEO)で11もある。「シリコンバレーの物語は、昔も変わらない。小さなチームが限られた資源で驚くような仕事を成し遂げる」とシリコンバレーの真髄を語っている。3番目がゴードン・べル(DECのVAX設計者)である。他に会社別に見ると、グーグル社、アップル社、投資会社等が名を連ねている。変わったところでは、シリコンバレーの格言「Aクラスの人は、Aクラスの人と一緒に仕事をしたがる。Bクラスの人はCクラスの人を採用したがる」といったものもある。著者は、これらの言葉から6番目の定理として、読者自身の独自の定理を求めている。それは日本の強さとシリコンバレーの強さを融合させたものが、何年か後にグーグルを凌駕するシステムを創り出す。そのためにも、この「5つの定理」+アルファーが必要であると書いている。

ウエブ時代の第1定理     ―― アントレプレナーシップ ――
定理の1番目が「アントレプレナーシップ(Entrepreneurship)」である。この意味は「企業家精神。新しい事業の創造意欲に燃え、高いリスクに果敢に挑む姿勢」(大辞泉より)とある。著者も述べているが、これは企業経営者とか起業家といった経営に限定したものではない。むしろ創造意欲やリスクに挑む姿勢を持った生き方(考え方)が出来る人という意味である。このことは何もウエブ時代に限らず、いつの時代でもこの精神は必要である。しかし、著者は敢えてこれを第1定理に挙げたのは、技術革新のスピードと広がりが従来とは全く違った時代にあることを述べている。シリコンバレーで働く人は、それを肌で感じながら、お互いに刺激し合って明日に向かっている。このことを言い当てているのが、「シリコンバレーの存在理由は、世界を変えること。世界を良い方向に変えることだ。そしてそれをやり遂げれば、経済的に信じられないほどの成功を手にできる」(S・ジョブス)である。この夢を抱いて世界中の若者がアントレプレナーシップに燃えてシリコンバレーに集まる。だがその成功の確率は、非常に低いのも現実である。筆者も一時期シリコンバレーの方々とベンチャービジネスを日本で展開した経験がある。2年間、50名弱の若者とエンジェル(投資家)とで、果敢に新規技術のチャレンジを試みた。残念ながら当初の目論通り進展せず、会社を解散せざるを得なかった。然しながら、あのベンチャーでの2年間は、40年間のサラリーマン人生に匹敵するエネルギーを費やしたと思っている。経営陣も技術者も「世界を変える」「夢を実現する」というアントレプレナーシップを燃やしたのだ。

当時の何名かは、現在でもシリコンバレーに残ってリスクに果敢に挑んでいると聞く。事業には、筆者のような失敗はつき物で、むしろ成功する方が少ないのかも知れない。だが失敗しても、それを恐れずチャレンジするのもアントレプレナーシップである。もう一つアントレプレナーシップで重要な点は、先にも触れた技術革新のスピードと広がりがある。この変化は何の前触れもなく突然やってくる可能性がある。だから、普段から研ぎ澄まされた感覚と情報集収が必要である。このことを「パラノイア(病的なまでの心配性)だけが生き残る」(アンディ・グローブ、インテル社の創業者)を引用し、果敢にチャレンジするだけでなく、変化を感知する周到さが生き残る条件であることを著者は指摘している。アントレプレナーシップは、新しい事業の創造意欲とリスクに挑む姿勢と変化を予兆する力も必要である。こうした結果から、諦めないで求め続けた者だけが、成功者として生き残れる。現在、インターネットの世界で名だたる企業が多くあるが、マイクロソフトを筆頭に、アップル、ヤフー、グーグルの活躍が際立っている。この本にそれらを象徴する話が、著者の経験を交えて紹介されている。題して「第三のリンゴ」とある。ご存知アップル社のマークは、かじられたリンゴがシンボルである。第一のリンゴは、エデンの園のリンゴであり、第二がニュートンのリンゴである。そして、第三のリンゴが、現在のアップル社のリンゴである。アントレプレナーシップの代表的な話として今でも受継がれている。

ウエブ時代の第2定理   ―― チーム力 ――
第2の定理が「チーム力」で、以下「技術者の眼」、「グーグリネス」(詳しくは次に紹介)で、最後の定理が「大人の流儀」である。こうして見ると、何故チーム力が入っているのかが気になる。プロジェクト・マネジメント(PM)では、チーム力の必要性や重要性は、常に語られている。ウエブ時代でのチーム力とは、従来のものとどう違うのかに興味が湧く。この点に関し著者は、ベンチャー企業がスタートするのは無から有を生む努力に近いという。だから全て一人で技術、お金、人のスタートアップ環境をとり揃えることは、難しい。更に、シリコンバレーの新しい技術競争はスピードが命である。この結果が、ベンチャー企業存亡の問題に直結する。寄って一人で頑張るのではなく、より多くの人が一体となって早くいい結果を求めて活動しなければならない。そこで身近な人(友人、先輩や同僚等々)を誘い、資金調達等もエンジェル(投資家)を巻き込んで、新しい技術のシステム化や商品化にチャレンジする必要がある。このベースとなるのが「チーム力」である。ウエブ時代だからこそ重要であり、シリコンバレーの創造性を駆り立てるのに必要な要素であると書いている。それは一人のカリスマリーダーだけでは、爆発的な成長に繋がらない。ベンチャーがベンチャーとして発展するには、「強い力の個」が役割分担してチーム力を発揮してこそ短期間に大きな仕事が出来るという。マイクロソフトのビル・ゲイツとスティーブ・バルマー(現CEO)の関係や、グーグルのラリー・ページ、サーゲイ・ブリン等複数の創業者のチームは、それぞれが自分の役割分担を果たしている例を挙げている。

著者がこのチーム力を強調する背景には、グーグルの飛躍的発展を分析した結果から導き出されたと思われる。確かに、グーグルは強い経営力と独自の技術力で、現在のウエブ時代をリードしている。その舞台裏をみると、情熱を持ったリーダーとタフな技術者に、経験豊富なビジネスパースン(CEO:最高経営責任者)である「エリック・シュミット」がいて最強の経営陣=チーム力を構成している。ベンチャー経営に必要なチーム力は、最小で最強を目指して贅肉のないものである。具体的には、スタッフ(企画)とライン(技術、営業、生産等の実行部隊)を分けないことであるとしている。然らば、このチーム力を構成する理想的人数について、「ランチテーブルを囲めるだけに限るべき」(ビル・ジョイ、サン・マイクロシステムズ創業者の一人)と6名から8名が最適であると紹介している。 ベンチャー企業が成功を収めて組織が肥大化しても、この最適人数は変わらない。それはお互いの動きが見えて、コミュニケーションし易い人数だからである。この点は、ウエブ時代に限らず昔から現在に至るグループ構成の最適人数といわれている。著者は、チーム力でウエブ時代に求められる「小数精鋭」と、もう一つ必要とされるものが「チームの和=総合力」であると指摘している。短期決戦のベンチャービジネスで、どんなに優秀な人が集まっても勝手に動いては、いい結果は出ない。お互い志向性が合った人とチームを構成して、仕事をする幸福感が味わえる「いいチーム」こそがいい結果を出すと纏めている。

ウエブ時代の第4定理    ―― グーグリネス ――
第4の定理が「グーグリネス(Googleiness、グーグルらしさ)」である。実は、この本を読むまでこの「グーグリネス」なる言葉を知らなかった。他に、グーグラー(Googler、グーグル社員)やグーグリー(Goooly、グーグルの考え方や行動が似通っている)などが紹介されている。著者はこの章を「ウエブ時代の定理」として、最も力を入れて言いたかったのではなかろうか。グーグルは、それ程このウエブ時代を象徴する衝撃的な活動をしている。グーグルの創業は、1998年である。10年足らずで、ゼロから売上規模が約2兆円、時価総額20兆円に急成長した。この企業成長は史上最速だそうで、その成長の原点が創業当時の小さな会社のやり方を踏襲しているからだと著者は書いている。それが「アントレプレナーシップ」であり「チーム力」等の定理を導いたと思われる。先ず、「グーグルは、普通の会社ではありません。そうなろうとも思っていない」(ラリー・ページ、創業者の一人)と創業時から株主に宣言している。それだけなく、短期利益のために理念を曲げない。失敗に終わる可能性の高いプロジェクトにも果敢にリスクを取る。更には、ウォールストリート(証券取引所)向けに業績予測を発表しないとも明言している。にも関らず、史上最速の急成長を遂げている。そのポイントは、グーグルのミッション(使命=「世界中の情報を整理して、あまねく誰にもアクセスできるようにすること」)を実現したことにあると著者は見ている。ベンチャー企業で本当にミッションを実現し大成功した会社の例は非常に少ない。

そのグーグルの倫理は『邪悪であってはいけない』(E・シュミット)という言葉であり、これがグーグル社内の意思決定の規範となっていると書いている。普通の会社では余り目にしない表現だが、それをベンチャー企業が掲げて実行しているのである。そのベースとなっているものに先の「ミッション」にあると著者は指摘する。確かに、一民間会社が、「世界中の情報を勝手に整理して、それをアクセス可能にする」ということは、不可能に近い考え方である。仮に出来たとしても「公平でなく恣意的であったら」と考えたら恐ろしい問題である。だから『邪悪であってはいけない』ということになる。創業時から今日の発展を予想して、技術を高め新しい時代のサービスを切り開いていく会社の先見性があってのことである。この不可能と思われるミッションを実現させた秘策を紹介している。それが「グーグルの採用術」や「グーグルのマネジメント」等にまとめられている。詳細はこの本を読んで頂きたいが、「マネジメントの黄金則」について少し触れて置きたい。先ず「ファクトを確定する」ために徹底的にデータを集める。そのデータ類を全員が「情報を共有」して、「みんなの合意」による意志決定をする。これを社内のあらゆる組織で繰り返し実践することで、イノベーションの風土が培われた。著者は、これを「マネジメントの三つの黄金則」と命名している。グーグルには世界中から優秀な人材が集まってくる。彼等の自発性を重要視した「チーム力」が、ウエブ時代を牽引していると纏めている。そして「5つの定理」から、6番目の定理が生れた時、グーグルを凌駕できると予測している。(以上)
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