図書紹介
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先制型プロジェクト・マネジメント ― Proactive Project Management ―
(長尾清一著、ダイヤモンド社発行、2007年08月10日、初版8刷、253ページ、1,800円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):6月号

このオンラインジャーナルで図書紹介を書き始めて7年が経った。それ以前に雑誌ジャーナル(現在のPMAJ Journal)で1999年から投稿しているので、9年以上も続けている。従って、プロジェクト・マネジメント(PM)関連の本を100冊以上紹介していることになる。毎月、PM関連の本を何冊か選び、その中から最適な内容、前月との関係やタイミング等々を考慮して原稿を書いている。こうした作業で一番苦労するのが、最良の本を探すことである。インターネット等から関連する情報は、以前に比べ入手し易くなった。しかし、実際に本を手にとって目次やページを括りながら内容を確かめないと安心して読む気にはなれない。そんな状態だから、外出時には必ずといっていいほど本屋に立ち寄る。週に3,4回は本屋に行くであろうか。散歩で立ち寄る近所の本屋から、通勤途上の上野駅構内の「ブックエクスプレス」、八重洲ブックセンター、田町流水書房や有楽町三省堂、大手町紀伊国屋等々である。それと新聞や雑誌に掲載されている図書案内も貴重な情報源である。とは言えPM関連の本となると読者が限定されている関係で一般の図書案内では、どうしても情報が少ない。そこで専門書を数多く出している出版社やアマゾン、オンライン書店等の新刊情報から探すことが多い。こうした中で納得いく最適な本を探すのは難しいことである。

今回紹介の本を探し出したのは、2つのルートからである。一つは、PMAJ JournalのPMコンセプト社の広告であり、もう一つは、 PM養成マガジンからである。このPM養成マガジンについてはご存知の方も多いと思うが、メルマガ(メールマガジン)でPMマネジャー向けにスキルアップ情報を毎週無料で配信している。発行元は、株式会社プロジェクトマネジメントオフィスの好川哲人氏で、氏はPMAJの例年のシンポで独自講座を開催されていることでも知られている。このメルマガも確か、5,6年前から始められたと記憶するが、その当時から愛読させて貰っている。そのメルマガで毎回PMに関する本の紹介をしている。更に、年末には当年度のベストセラーも発表する。その2006年度で6位にランクされたのが、今回紹介の本である。非常に長い前振りであったが、PMに関連する本の検索と、好川氏のことはどうしても触れておきたかった。そして今回紹介の著者、長尾氏についても紹介しなければならない。著者もPMAJのシンポでPM養成講座を担当されている。米国では、大学教授を経てプロジェクト経験も豊富になされ、PMコンサルもされて、現在PMコンセプツ社(PM研修とコンサルティング)の社長である。この本は多くの実践経験からPMを体系的にまとめてあるので、教科書や教材としても使えるいい本である。

プロジェクト・マネジメントの誤解     ―― プロジェクト失敗の遠因 ――
この本は、大別して3つに分けて書いてある。正確には6分割(プロローグ、企画、プラニング、実施とコントロール、終結、成功への手がかり)であるが、企画から終結までのプロセスは、プロジェクト実行フェーズの内容である。従って、3つの部分(プロローグ、開発プロセス、成功の手がかり)に纏めて紹介したい。そのプロローグに「プロジェクトはなぜ失敗するのか」の章で、プロジェクト・マネジメントには7つの誤解があるということを書いている。そこには普段、我々がプロジェクトを実施している過程で当たり前だと思っていることや、見逃している点も含まれている。それをここで全部紹介できないが、ポイントを拾ってみたい。先ず、『PMには成功につながる「正解」がある』という点である。結論からすれば、PMの誤解だから「正解」は存在しないのだが、PMに関係した人も含めて「正解」を求めている可能性が高い。こうしたPM関連の本が多数出版されているのもその「正解」を模索しているからである。一般的に多くのプロジェクトで、類似のプロジェクトはあるが、一つとして同じものは存在しない。だから「正解」を求めるのではなく、成功につながる方法を求めることが正解に近いかも知れない。これは「プロジェクトが、どうしたら失敗しないか」の命題に関して、PMの全てのプロセスでリスクを軽減しなければならない。それも個人だけでは出来ない。著者は、「先制的な行動理念で問題解決する姿勢と組織全体の意識改革を図り、企業文化を改革する」実践が必要であるという。

次に『PMの経験を積めばPMスキルが向上する』という点である。知識だけなくプロジェクトの実践経験はプロジェクト経験のない人に比べて重要な要素である。だが、これが経験主義に落ちる危険性があると著者は指摘している。経験を積んでいく内に、優れた意思決定ができるという期待は幻想であるという。現代の技術進歩と変化のスピードに対応するには、経験だけに頼っていると偏った放漫主義に陥る危険性がある。時にプロジェクトには、KKD(経験・勘・度胸)が必要であると言われた。現在でも、このKKDを求める声を耳にすることがある。これはプロジェクトが問題に直面し、ある判断を求められた時に、結論を先送りすることなくタイムリーに決断する場合に使うので、経験主義を助長する話ではない。プロジェクトの経験が勘を研ぎすまさせ、勘が経験を補完し、最終判断を下し易くし、冷静なる判断(決断)を後押ししてくれる。いずれにせよ、何事においても経験は必要であるが、全てではない。特にPM分野では、あらゆる局面で既存の知識の適用は妥当か、欠落情報はないか、情報分析は正確か等々、的確に判断することが重要である。その過程で、PMの新たなフレームワークの戦略的導入や、実務担当者の実践的経験を積ませるスキル取得も考慮する必要がある。こうした意識的な取り組みこそが管理者や実務者を育成し、新しい企業文化に変えていくと指摘している。戦略的な継続努力が結果として、プロジェクトの失敗を最小限にすることになる。他に『PMを強化すれば、プロジェクトは成功する』『PMBOKを学習すれば有能なPMマネジャーになれる』等を挙げている。

先制型プロジェクト・マネジメントとは   ―― プロジェクト成功の15のプロセス ――
この本の副題は、「なぜ、あなたはプロジェクトを失敗するのか」である。それはPMが後手後手に回っているので、首題の「先制型PM」が必要であると書いている。然らば、「先制型PMとは何か」を書いたものがこの本である。本当のプロジェクト開発とは、ライフサイクル(企画、プラニング、実施とコントロール、終結フェーズ)に特化したプロセスとそれに合致したスキルで実施されるべきものものであると著者は指摘する。このプロジェクト成功の15のプロセスは、PMBOKに準拠してキチンと整理されている。大きな特徴が3つある。1つ目は、企画段階のプロジェクト分析に重きを置いている。2つ目は、プラニング段階の見積り、スケジューリング、リスク&リソース・プラニングを最適化する「リファイニング」の項目を設けている。3つ目は、実施・コントロール段階に「ベースライニング」を設けてプロジェクト・コントロールの基準を事前に定義化している。こうした試みは、著者が多くのプロジェクト実践の過程で蓄積された貴重なノウハウである。例えば、設計フェーズで全体の計画プロセスが終わってから、次の実行プロセスに直ぐ移行するのではなく、実行プロセスで求められるべきものを想定して計画プロセスに盛り込むことを意味している。だから単純に上流から下流に仕事が流れるのではなく、予め全体の流れを見極めたものであり、多少のフィードバックや次のフェーズを想定した全体のコントロールが成されなければならない。だからシステム開発の着手以前に、全体のシステム完成図が頭にあって、どの部分がどう構成されるかを見極められないとマネジメントはできない。

具体的にその事例を「リファイニング」の項目で見てみよう。リファイニングとは、プロジェクトの見積りからスケジューリング、リスク等のプラニングフェーズで、顧客要件を充たして必要なリソースで計画通り完了させられるかの検証である。一般的には、PMマネジャーか上級管理者がその任にあたる。その判断を客観的にどう実行に移すかのプロセスである。著者は「プラニングを洗練させ、より実効性のあるプランへと最適化していく過程をリファイニングと呼ぶ」と定義している。このプロセスを慎重に検討しないと、無理な顧客要求や出来ないリソースでプロジェクトをスタートさせることになる。冷静に考えれば、その結果はやる前から見えている筈であるが、間違ったトップ判断や営業のごり押し、自分たちの技術力の過信等々で、失敗を繰返しているのが実情である。従って、この「リファイニング」に必要な時間を掛けることが、プロジェクトを失敗させない重要なポイントである。限られたリソース(人・予算・技術等)で与えられた期間(納期)で作業を完了させるには、事前のシミュレーションが必要である。キチンと作業計画が出来ていれば、スケジュールの短縮とリソースの調整は、ファースト・トラッキングとしてPCレベルで可能である。問題は必要なリソースが充当できない場合、どう対処するかである。これは時間とコストのトレードオフの問題であるが、その時の各ステップのリスクをどの程度見込んだかも重要なポイントである。これをシッカリやらないと計画通りの成功はない。

日本の実践的プロジェクト・マネジメント    ―― 新しい行動理念の形成 ――
著者は、先制型PMに関して詳細に体系的に述べている。しかしこの理論の有効性をどんなに理解しても実践しなければ、プロジェクトの成功は望めない。そこで最後にこの本の総まとめとして、こうしたPM標準化を定着させる問題点と実践化させるポイントについて書いている。この記述の部分は、これからのPM関係者が解決すべき大きな課題である。先ず、最初の「PM標準化を定着させる問題点」であるが、この裏にはPM標準化が定着していない現実がある。PM標準化といえば、PMBOKでありP2M等々のツールは世界的に定着しつつある。しかし多くの日本企業がこれらツールで生産性を高めているのであろうか。例年のPMAJのPMシンポで、多くの事例発表がなされている。筆者は、ITトラック担当として、この9年間まとめの記事を書かせてもらっている。だが、残念ながら個々のプロジェクトの発表では成功を収めているが、全体としての成果や、継続的に成果を挙げている事例は少ない。これは担当者が代わり、プロジェクトが変わるとやり方も代わり、標準化されていない可能性がある。この点に関して、著者は8つの問題点を指摘している。@方法論やテンプレートが業務実態に合っていなので、担当者が使用しない。A方法論が煩雑で業務の効率化や生産性向上に結びつかないで、管理のための管理となっている。B定量化できない目標値設定や、設定された目標を定期的に評価していない。CPM標準化が会社の企業文化に合っていない等である。ならこれらをどう解決するが重要な問題である。

著者は今までのプロジェクト経験と現在の日本の置かれたPM環境から具体的なポイントを指摘して、その解決策を書いている。先の問題点から項目を洗い出して、使う人が便利で有益なものにする必要がある。そこで導入目標を明確にし、現場ニーズを洗い出し、ツール上の適用を最小限に絞り、全員参加型で最適化する等々のポイントを挙げている。筆者は全ての項目に納得してしまったが、これらはどこかで聞いたことがあり、普段我々がプロジェクト要件の取り纏め等で顧客に言っていることである。人には言っているが、自分が実行していないのは、その重要性を全く実感していないことを意味する。著者はこの点に関して、PM標準化の導入は、戦略的であるべきであると書いている。この標準化導入を契機にプロジェクトの成功体験を通じて、プロジェクトマネジャーや要員の意識を変化させ、組織の体質強化を図り企業文化を変革させる。そのために継続的な地道な組織努力が不可欠だと強調している。終わりに、著者のPM研修をしてきた過程での経験から、欧米人と日本人を含む東南アジア人の問題解決の手法の違いを書いている。それによると一般的傾向として、欧米人は枠組みが曖昧でも独自のルールや手順を組み立てて解決に努力する。一方アジア諸国では、手順と枠組みがハッキリしない仕事で、「正解」が一つでないものは、苦手であるという。これはPM成功の「正解」は一つではなく、「どうすれば失敗しないか」のダイナミズムが求められている認識の差であると指摘している。その為に実践的PM(新しい行動理念の形成)を広め、人材育成する必要があると訴えている。(以上)
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