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インターネットは誰のものか  ― 崩れ始めたネット世界の秩序 ―
(谷脇康彦著、日経BP社発行、2007年07月17日、1版1刷、228ページ、1,800円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):5月号

最近、アメリカのcomScore Networks社が世界のインターネット利用者数の調査結果を発表した。それによると2007年1月時点で,15歳以上のインターネット利用者数は7億4700万人。前年比で10%増加した。米国以外のインターネット利用者数が全体の80%を占めるまで成長したという。それを国別に見ると、インド,ロシア,中国の利用者数の増加率が高い。特に、中国のインターネット人口は8680万人に達し,米国に続いて2位となった。首位の米国も前年から2%増え,1億5340万人である。因みに、日本はデータが異なるが国際電気通信連合(ITU)資料(2004年のデータ、2006年3月公表)で6400万人の3位とある。インターネットが普及して10年強、目覚しい勢いで現在でも増加し続けている。このオンライン・ジャーナルでもインターネットに関する問題提起を書いた本を紹介している。「ウェブ進化論」(梅田望夫著、2006年6月号)と「これから何が起きるのか」(田坂広志著、2007年年2月号)である。共に、インターネットがビジネス、社会、文化等我々の生活を変える可能性が高いと指摘している。特に、ここ数年中国やインド等のアジア圏だけなく、地球的規模で広がっている。日本でもブロードバンドと携帯電話の普及で二人に一人がインターネットを利用していることになる。お年寄りや子どもを除くと、学生から社会人の大半の人が、サイトやデータ検索等でインターネットに触れていることになる。

先の調査結果から「世界のネット利用者,前年比1割増の7億人超」とあり、利用者1人あたりの利用時間を国別でみると,カナダが1カ月あたり平均39.6時間の1位で,以下イスラエル,韓国,米国,英国が続いている。残念ながら日本のデータの記載がないが、上位に入った国はブロードバンドの普及率が高いことが判明したと書いている。その中でネット利用者が訪問するWebサイト別にみると,Microsoftが1位で,2位はGoogle,3位はYahooと馴染みのサイトがある。ここで注目すべきは、グーグルが2位にある点である。インターネットが多く利用されているデータ検索やサイト検索、ショッピングやホームページ等に掲載されている広告には、グーグル等の検索エンジンが活用されている。インターネット普及の背景に、この検索エンジの高性能化とブロードバンドの低減化がある。先の梅田氏や田坂氏はそれが現在のインターネットのWeb2.0化であると指摘する。今回紹介の本は、この普及したインターネットをどう社会に定着させるか、また発生する問題を的確に把握してどう法制度化するかを纏めている。著者は、日本でのインターネット等の法律を所管する総務省の現職課長である。そこで利用者、通信会社、プロバイダー等の現状問題点とその解決方法、方向性を考察して公平な視点で今回の本を分かり易く書いている。

インターネットは誰のものか(1)     ―― ユーザー(利用者)のもの? ――
インターネットは便利である。情報検索は瞬時に、職場や家庭のパソコンから出先で携帯電話等から利用できる。だからインターネットの利用率が高くなる。先の調査報告から、インターネット利用時間の最長のカナダで一人1日平均1.3時間である。筆者の場合のパソコン利用時間は、一日平均約2時間強でその内インターネット利用が(メール処理時間を入れて)1時間位であろうか。主に業界情報のニュース検索、データ検索、サイト検索、ブログ等々である。これが地球規模で7億人、日本でも6000万人強の人が毎日利用していることになる。このWeb2.0の急激な発展の背景には、通信回線のブロードバンド化と料金の低減化(つなぎ放題の定額化)とデータ検索のスピードアップ等が挙げられる。インターネットに限らず、安くて便利で使い勝手のいいものは、どんな商品でも普及する。10年前のインターネットは、接続するのに数分単位の時間が掛かった。それに求めるサイトに接続しても接続時間に比例して通信回線料が加算された。だから回線接続したら直ぐ必要情報をダウンロード(これにも多くの時間を要した)して、回線を遮断してから検索内容を読んだり、比較検討する作業をしていた。現在では、高スピードで、料金を気にしないでいつでもどこでもインターネットが使える環境にある。これは利用者であるユーザーにとってありがたいツールである。著者は「インターネットの登場は、電話の発明に続く百年に一度の通信大革命である」と書いている。それだけ我々の生活に影響がある代物である。

そのインターネットに現在幾つかの大きな問題が起きている。その一つがインターネットの通信料金(コスト負担)問題である。先に通信のブロードバンド化(つなぎ放題の定額化)のことに触れた。このブロードバンド化は、通信会社(主にNTT)の光回線網のインフラの整備に依存している。だから巨額の投資費用が掛かっている。それを利用者が一部負担しているのだが、元々ある電話線網を光ファイバーに切り替える設備変更である。技術の進歩で一本の通信回線に高速で大容量のデータ(音声と一緒に)が送受信可能となった。だからブロードバンド化は、電話回線の相乗りでも使用できた。しかし、パソコンの高性能化やデータ容量の多い動画(従来の`(千)バイトからメガ(百万)バイト単位の通信)がインターネットに流れることで、ブロードバンド化が必須要件となった。通信会社は、そのインフラを構築して新たなサービスを展開する。利用者も安くて便利なので、必然的にブロードバンド化の新規契約に切り替えてきた。この関係を著者は、水道管(通信会社)と消費者(インターネット利用者)の関係で分かり易く説明している。消費者が増加すれば、水道管を増設して本管のパイプを太くして貯水池の水を流れ易く変更できる。ところがインターネットの料金問題は、水道の話のように単純ではない。そこにプロバイダー(インターネットの情報提供やメール配信サービス等をする)や独自データを提供するサイト(有料検索サイト)等の有料会社との個別契約で構成されている。だから利用者は、通信会社以外とも契約しないと、インターネットサービスは成立しない仕組みである。

インターネットは誰のものか(2)   ―― 通信会社かプロバイダーのもの?? ――
更に、インターネットの接続構成は複雑だ。利用者と通信会社やプロバイダーは、ある程度利用者から見える関係にある。ヤフーでインターネットオークションの物品販売を利用する例を考えると、ヤフーから先は見えづらい。ヤフーは多くのプロバイダーと接続(ISP:Internet Service Providerリンク)していて、そのISPもまた他のISP(海外のISP等も含め)と接続して、まさにクモの巣のようにネットワークが張り巡らされてある。それがwww(World Wide Web:世界規模のクモの巣)といわれる由縁であるが、この接続の全てが料金に反映されている。それらの接続料金は、原則ISP同士の契約で決まる。一般的にどこの国でも大手ISP会社が中小ISP会社と接続しているので、利用者側からみると、通信会社と大手ISP会社(場合によって中小ISP会社)と接続契約すれば、インターネットは利用できる。大手ISPから先のISPとの接続形態や契約は、それぞれが個別に実施して利用料金として相手方にチャージしている。だから利用者は、プロバイダーとの接続契約にそれらの料金が反映されていると考えればいい。先のオークションの例だと、物品取引は、その取り扱いISP(個人の場合もある)と利用者との売買で、通信会社やプロバイダーとはインターネットを接続する以外の関係は何も発生しない。所が、プロバイダーはISPとの契約で、接続料や売買提供等の費用清算が裏で行なわれている。ビジネスである以上、当然なことである。こうしてインターネットが商売として活用されて、使用頻度が高くなってくると、新たな問題が発生してくる。それが「インターネットただ乗り論」である。

この「ただ乗り論」の論議の原点に、グーグルの検索エンジンが高性能化して、多くの人が利用してそれが商売として利用されるようになってからだと著者は指摘している。その商業化のメカニズムは、商品購入サイトでの商品情報の検索をしたとする。その商品は、メーカーのホームページからも、別のジャンルのサイトからも、価格対比のサイトからも、或いはブログで取り上げられた情報としても見られる。そのアクセス件数を日時、プロバイダー別等で集計すると、商品の注目度として見ることが出来る。グーグルは、これを情報のリンク(商品名や会社名等)にタグ付け(ページランク)して、インターネット情報の付加価値として新たなビジネスに成立させた。これによって商業主義インターネットが一挙に加速されたと書いている。これが「インターネットただ乗り論」とどういう関係があるのか。先にも触れたと通り、インターネットの利用者が増加して利用頻度が上がれば、当然そのネットワークの使用率があがる。そうなると高速道路と車の関係のように、渋滞が発生して利用者に不便をきたすことになる。ならば第二、第三の高速道路が建設できるかというと、その費用負担を誰が負うのかという問題になる。グーグルなり新たな会社が新たなサービスを開始して、通信量が増加したのでその建設費用を通信会社や利用者が負担する。ならば、グーグルや新たな会社は、何の費用負担も無く一人で儲けるような仕組みに問題がある。これが大雑把な「インターネットただ乗り論」の話の概要である。

インターネットは誰のものか(3)    ―― 誰のものでもない中立性??? ――
もう一つ「ただ乗り論」の中に、コンテンツプロバイダーの動画サービスがある。アメリカのYouTube(ユーチューブ)や、USENのGYAO(ギャオ)やヤフーのヤフー動画がある。これらのサイトは、素人のビデオからテレビ会社の映像まで自由に無料でアクセスすることが出来る。動画は今までの文字や静止画と違って、通信ボリュームが圧倒的に大きい。だからブロードバンドが必要なのであるが、ブロードバンド環境があるから画像が流せるとも言いえる。いずれにしても、このサイトも利用者が増加すればする程、通信回線網を占有することになり、先の問題同様に「ただ乗り論」の論議の対象となる。何故今頃こうした論議が成されるのであろうか。著者は、インターネットの発生の過程で起きるべくして起きている問題だという。1980年代にアメリカの国防総省での研究開発用に使われたインターネットの原型は、オープンユーズの「助け合い精神」で育ち運営されていた。現在でもその基本部分は変わっていない。だから特定の責任主体は存在しない。事実上の管理主体(ICANN、IETFなど)はあるが、それは組織・ネットワークの総意として委任されていると言う建前で、国際的に中立とされている。しかし、インターネットが普及するに従って、当初の「みんなのインターネット」(自律・分散・協調)から「商業主義のインターネット」へと変貌し始めている。この点がこの本の副題ともなっている「崩れ始めたネット世界の秩序」であると、著者が指摘している。ならどうすればいいのかが問題である。

インターネットの原点に戻って、中立性を確保(自律・分散・協調)することが必要で、その中にインターネット商業主義を取り込むルール作りが求められている。具体的には、通信会社が統合管理する「次世代ネットワーク(NGN)」であると書いている。これはNTTの「NGN」やKDDIの「ウルトラ3G」で、現在の多くのISPが連携サービスするのではなく通信会社が一元的にネットワークの全体管理をするのだそうだ。それによって通信量による優先サービスをする「サービス付与機能」や、契約者を確認する「認証機能」、契約者への「課金機能」や「品質管理」が可能になる。更に、固定通信に加えて「移動通信」(携帯電話等)とのネットワークを加えた「ユビキタス」環境にも対応できる予定という。このシステムは2006年から実証実験が行なわれ、2008年から商用サービスが開始される。イギリスでも「21NC」(21世紀ネットワーク)として、2009年まにで従来の電話網から移行させる計画であると書いている。いいこと尽くめの「NGN」であるが、オープンで中立性のあるインターネットの基盤も目指す。従来のISPサービスも使える「ネットワーク選択の自由」も確保するという。ブロードバンド先進国の日本としては、これでインフラの基盤が整備されるが、ブロードバンドビジネス(具体的には、リッチコンテンツの流通)が脆弱であると指摘している。グーグルの検索エンジン、ユーチューブの動画、アマゾンのショッピング等に匹敵するビジネスが出現することで、ブロードバンドのインフラが活かされ、日本独自のインターネット産業が発展することを願っていると結んでいる。(以上)
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