図書紹介
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実務で役立つ「プロジェクトファシリテーション」
(中西真人著、(株)翔泳社発行、2006年06月19日、初版1刷、183ページ、2,000円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):4月号

このファシリテーションに関することは、3年前に「ファシリテーター型リーダーの時代」(The Facilitator Excellence Handbook)(フランス・リース著、黒田由貴子+P・Y・インターナショナル訳、プレジデント社発行)で紹介した(2005年01月号)。その時も少し書いたのだが、ファシリテーターは会議の司会者であり進行役であり、リーダーでもある。所謂、リーダーの要件として纏められた本の紹介であった。その本で著者が言っていたことだが、ファシリテーターのスキルには3段階あり、レベル1が会議のファシリテーター、レベル2がチームのファシリテーター、レベル3が組織のファシリテーターであると書いていた。そして次の機会にレベル2と3を書くと言っていたが、未だその本にお目に掛かれないので、今回の本の紹介となった。この本の章立て構成は、プロジェクトの要件分析のスタートから基本設計、プログラム作成・テスト、納入までの流れとなっている。だから順を追って読んでいけばプロジェクトファシリテーションを理解することは可能である。この本を読めば、プロジェクトマネジメント(PM)が出来るかというと、それは全く違う次元の話である。所謂、PMBOKを理解したから、PMが出来ると言っているのと同じ話である。PMの実践経験をある程度積んだ結果、このプロジェクトファシリテーションを読み返すとファシリテーターの必要性や問題点が理解出来るかもしれない。PM経験の浅い人が読まれる場合は、将来どんな問題が起きるかその対処等を知る意味で参考書的に役立つ本である。

先のファシリテーターのレベル3(組織のファシリテーター)を目指すなら、「ファシリテ−ションの技術」(堀公俊著、PHP社発行)をお薦めしたい。この本は、エクセレント・ファシリテーターを目指すための資質や組織改革ファシリテーターのマインドやプロセスを書いている。念のためエクセレント・ファシリテーターの資質とは、自立性、共感性、洞察力、柔軟性であると纏めている。更に、それら各項目の理解度シートまで付いている。こうして第三者や、自分自身でもその資質をチェックできるようになっているのがいい。次に、組織改革ファシリテーターのマインドであるが、第一に組織改革に対する「当事者意識」がなければならない。第二にチームとしての信頼感と連帯感を持たせなければならない。最後に活動の「フィードバック」の必要も訴えている。そしてファシリテーターは、それら全てを率先してチームに火をつける役目を果たすのだと書いている。今回この本の紹介ではなく、「プロジェクトファシリテーション」にしたのは、幾つか理由がある。先ず、プロジェクト開発の手順に沿って書いてあり、PM関係者には理解し易い点。次に、チームファシリテーター向けであり、PMとの関連性が明確になっていると判断したからである。

プロジェクトファシリテーションとは     ―― PMとファシリテーション ――
プロジェクト開発の人・物・金のリソースと納期・品質の厳守は、顧客との契約で必ず実行しなければならない約束事である。これをファシリテーションの側面から見ると「論理力」と「対人関係力」になると書いている。一般的にプロジェクトリーダー(ここではファシリテーター)がプロジェクト開発期間中に最も神経を使っているのが、期間内にキチントと開発を完了させることである。即ち、タイムマネジメントが最もプレッシャーとなる。何故、精神的プレッシャーとなるかといえば、プロジェクト開発の進捗状況とメンバーの状態が掴みきれないからである。ならば、この精神的プレッシャーを軽減するためには、進捗状況や開発メンバーの状況を掴む仕組みを構築することである。これは組織の長として、リーダーとして当然やらなければならない「集団の目的達成のプロセスを支援する」責任の遂行である。所謂、リーダーとしての統率力であり、PMとしての力量でもある。だから、ファシリテーションは「論理力」と「対人関係力」が必要であるが、このファシリテーションでいう「論理力」とは何であろうか。著者は、異なる意見を一つに纏める力だという。意見が感情的で非論理的な世界の論争を避け、極力その意見の長所と短所での比較や客観的集約を図る「論理力」である。要は多くの人が納得いく公平性を保つことである。次に、「対人関係力」についてはどうであろうか。一般的に、コミュニケーション力と言われるものである。先の「論理力」に優れていても、リーダーとしてのコミュニケーション力が充分でないと、開発メンバーが共感してチーム一丸となった力に纏められない。

逆に「対人関係力」があっても、「論理力」が劣っていると公平性や自立性や洞察力等の客観性に欠けてメンバーに共感を与える力とならない。寄って「論理力」と「対人関係力」はプロジェクトファシリテーションには、不可欠な要素であると書いている。だがこれだけでは、抽象的で十分理解しがたい。そこで著者は、ファシリテーションのKFS(Key Factor  of Success)と称して具体的な5つのことを書いている。先の「論理力」に対しては、「ゴールの設定」「シナリオの作成」「フレームの利用」があるという。「対人関係力」は、「場の形成」「ロールの使い分け」と説明している。この本では、プロジェクト開発を山登りに例えて説明しているが、一般的で分かりやすい。物事をはじめる前には「ゴールの設定」がなければ始まらない。そこで『目的の共有』を徹底して置けば、途中で難局に差し掛かっても判断がブレない共通認識として貫かれるからである。次に「シナリオの作成」である。ゴールに如何に到達するか、その道筋と時間的計画を作成する。これは先のリーダーのプレッシャーである進捗状況を判断する『タイムマネジメント』の目安となる重要なものである。次に「フレームの利用」とは、範囲や枠組みを明確にして『共通認識を見える化』する。論議の過程で白板や模造紙を使って同じ土俵で論じて確認をする一つの技法である。「ロールの使い分け」は、チーム内のお互いの役割分担である。最後の「場の形成」と共に「他人関係力」を良くするのが、リーダーとしての重要な要素であると纏めている。

PMに役立つファシリテーション(1)   ―― チームビルディングと計画作成 ――
先に述べたプロジェクトファシリテーションでは、「論理力」と「対人関係力」から具体的に5つの項目を書いた。これらは全てプロジェクトを計画通り実施させるための方策である。つき詰めるとプロジェクトを上手く完了させるためのチーム手法である。そのためには先の5項目をやれば上手くいくのかというと、必ずしも予定通りにはいかないのが現実である。そこでリーダーは、普段からメンバーとの対応というかコミュニケーションが重要となる。故にリーダーの人間性とメンバーとの信頼関係が決め手となる。この本では、心理学上の「交流分析」(TA:Transactional Analysis)を解説しながら、どう対処すれば上手くいくか例を挙げて説明している。これはリーダーもメンバーも一人の人間としての「人格形成」=「自我状態」を理解することから紐解いている。この自我状態は、人の成長過程から精神的内部に「親(P:Parent)=両親の行動パターンを模倣」「大人(A:Adult)=冷静、客観的な判断」「子供(C:Child)=子供の頃の思考、行動」の部分があるとする。それが相手によって、これら3つの要素が複雑に絡み合って人間関係を形成する。これをチーム内の人間関係に置き換えると、リーダーとメンバーが大人の関係であれば、論議が紛糾しても問題となることなく収まる。しかし一般的にはリーダーが大人でも、メンバーに両親や子供が混じっている場合が多いので、どう纏めていくかが問題となる。そこで普段からお互いに「大人」である理解をすることが必要である。そのために自分自身に気付き、心のコントロール出来き、自立性を高めて、自分の考えや行動に責任を持つことである。お互いが信頼関係をベースに自己研磨し、成長し合うことが望ましい状態である。

こうした組織の一体感と自立性を目指してPMを実行するのが、プロジェクトファシリテーションであると書いている。このことは理想であるが、現実的には実行が難しい面もある。要は、リーダー(ファシリテーター)の指導力とメンバーの構成に依存している。それを纏めていくのが、指導者であり、リーダーやPMマネジャーの責任である。著者は、それを要求分析から納入まで丁寧に書いている。ここでは「WBS(Work Breakdown Structure)を使った計画作成」として書いている。WBSについては、PMAJ読者の方は先刻ご承知なので紙面の関係で割愛する。ここで問題なのはプロジェクトファシリテーションとして、どうWBSを作成するかである。ポイントは、WBS要素の分解から「認識の共有」と「要素の抜けと漏れ」をどう防ぐかである。著者は、その方法として「ブレインス−ミング(Brainstorming)」を提案している。多分この技法は、多くの方々が経験しているかも知れないが、自由な意見・アイデアを発想するには、効果的である。別に難しいルールがある訳ではない。相手のアイデアを批判しないで、質より量をベースとする。テーマを決めて、そこで出された物を整理して、分類する。この分類過程でマインドマップ等の幾つかの技法がある。整理された項目を機能別、作業手順等に並び替えると大まかな作業計画となる。これを更に細分化して、作業見積値を入れたものが計画書の概要となる。

PMに役立つファシリテーション(2)    ―― 進捗報告と課題解決 ――
先に述べた計画作成は、非常に概括的なものでチームビルヂングをベースとしたファシリテーションを促進するものとして全体計画を纏める視点で書いている。だから実際のプロジェクトを実施する場合は、全体の中から与えられたパートを詳細に計画のブレイクダウンをしてなければならない。その時、メンバーと共に「認識の共有」と「要素の抜けや漏れ」を防止する意味で詳細計画を作成するのである。こうして作成・確認されたスケジュールは、メンバー全員の「ゴールの設定」として認識され実行計画となる。それ以降は、プロジェクト完了まで進捗管理の指標となる。その進捗管理は、定期的にメンバーから報告される。このファシリテーションでの進捗報告では、通常のプロジェクトで行われているものとの相違点を述べている。通常は予定と比較して、予定通りであったり、進んできたり、遅れていたりの報告がなされる。この点は、どのプロジェクトも同じであるが、大きく違っている点は、「ゴール」と「シナリオ」を確認する点にある。それは自分たちが作ったゴールであり、そこに到るシナリオである。それが仮に予定に比べて遅れているとしたら、原因が何でどうそれをリカバリーするか考えなくてならない。従って、ファシリテーションの進捗会議は、単なるメンバー間の状況報告や確認ではなく、課題の共有化であり問題解決、意思決定を含むものである。だからメンバーの進捗報告から、その時点で自分たちがやるべきことが何であるか、今後のアクションプランが明確になると書いている。

ここが一般的なプロジェクト開発の進捗報告とは、大きく違う点であろう。更に、この進捗会議をリードするリーダーの立場(意識も含めて)も自づから違ってくる。リーダーであるファシリテーターの役割は、コーディネーターでありカウンセラーであり管理者でもある。だから単なる進捗を見ているだけでなく、プロジェクト遂行上の課題を探り、問題解決の場としている。著者は、ファシリテーターとしてプロジェクト全体のシナリオを考える時、「ゴールを見据えて今後のアクションプランを明確にする」点を強調している。だからファシリテーターが進捗報告を聞く時は、「課題の発見」に重点を置くべきであるといい、問題を発見して「課題解決」までを意識してやる必要性を述べている。進捗報告で提起された課題がその場で結論が出されれば、それ程問題とはならない。しかしながらその課題が、関係部門や顧客との間で調整・確認が必要な場合もある。いずれにしても、問題は小さい内に全体のもとして、問題や課題の共有化を図ることは大切なことである。筆者もブレインストーミングやボランティア等のワークショップでファシリテーターを務めている。ファシリテーターは、やるべきこととゴールを明確にしないと限られた時間内に目的とする意見や結論を得ることは難しい。そのためにファシリテーターは、リーダーシップやある程度の技術(マインドマップ、ロジックツリー等)も必要であるが、参加メンバーとの双方向の意見交換が出来る信頼関係の構築が必要不可欠である。出来れば多くのメンバーがファシリテーションを理解した上での論議やPMが理想かもしれない。(以上)
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