「日本を再生する人材活用のPM」 (2)
オンライン編集長 渡辺 貢成:7月号
先月号は日本が製造業で米国に勝ったのは「考える現場労働者」のお陰であると説明し、日本企業のQCサークルが品質向上に貢献したことを日本人は皆理解しています。そして日本の品質を向上させたのはそれを指導した強力なリーダーが存在したと言うところまで話しました。その人物は長年テーラー主義に反対し、米国社会では認知されなかったデミング博士です。日本の成功は彼の指導の賜物なのです。
米国の製造業における品質の考え方は検査基準で決まるという発想でした。検査を厳しくすると不良品の発生は増え、製品コストが高くなるという考え方を長年信じてきました。これに対しデミングは統計的品質管理という手法で日本製造業をリードしてきました。「製造品の品質にはばらつきがあり、これを統計的に把握し、不良発生の予防に努めることでコストを削減する」という発想です。デミングは「品質は検査で決めるのではなく、生産プロセスでつくり上げる」ことを求め、日本の現場はQCサークルを通じて生産プロセスの改善に努め、品質をプロセス化することに成功しました。結果として日本の製品は品質向上とコスト削減を同時に達成し、米国を凌駕することができたわけです。言い換えればデミング博士は日本人の集団力という特長を生かした現場力の強化と人材育成を行ってきたといえます。
目標が定まると日本企業の現場力は素晴らしく、日本ではこの手法を工夫し、TQCという全社統括した品質向上運動へと展開していきました。ところが現実のTQCはお題目で、デミングに言わせると、多くの日本の経営者は彼の主張した経営の品質という概念を理解できず、現場力を拡大させる発想がなかったようです。さて、これからが問題です。
デミング博士は1960年に来日し、彼の思想を日本企業に植えつけました。彼の思想は「仕事全体はシステムで繋がっており、個々の仕事の係わり合い、全体の流れを俯瞰し、現場の工員は蛸壺に入ることなく、周囲を見回して自分の仕事に影響を与えるのは誰なのかを良く見極める。そして仕事は部分の寄せ集めによる単なる集合ではないことを理解し、コラボレーションを行うことで現場力を発揮する」ことを強調するものでした。1980年には欧米の経営者から異端者と見られていたデミング博士は逆に注目を浴びるようになり、米国では彼の思想を取り入れ、日本企業に勝つために「モノの品質の向上だけでなく、経営の品質向上」を取り上げることになりマルコム・ボルトリッジ賞が設定されました。
デミング博士は日本企業を指導し、大きな成果を上げましたが、残念ながら日本の経営者は「経営の品質」という概念を理解できなかったと言っています。実はここが一番大きな問題なのです。何故、日本の電気機器産業は製品として世界一のものをつくりながら、収益を上げられないかという問題すら解決できないのです。高級品をつくりながらブランド化せずに、自ら商品を安売りする道を選んだのでしょうか。
皆さん、それは何故だと思いますか。読者の皆さんに当てはまります。役所も、マスコミも学者も全て、モのつくり日本に必要なのは技術とスキルだとそればかり強調しています。本当にそれだけでしょうか。マネジメントという概念を多くの日本人は誤解しています。まずマネジメントを管理と考えている人は50点です。これは自分のできる範囲内で如何にうまく仕事をするかという発想です。時代が変わるとマネジメント自体も時代に合わせて進化しています。現在のマネジメントが求めているものは多くの人々、時には多くの国々に協力を求めて、今までできなかったことを達成するところまで進化しています。米国人は昔からグローバルですからこれを実行しています。日本人は謙虚過ぎます。世界の頂点に来て、その利点を生かすという発想に乏しい気がします。これを考えるのが今日本に課せられたマネジメントです。これからは原材料が不足する時代です。欧米、中国は直ちに原料の長期契約に走ります。気がついたら技術があっても材料を仕入れないという事態になっています。時には技術より大切なものがたくさんあります。
そこで問題なのが少子化に向けた人材活用政策です。企業は口では人材活用といいながら、新しい発想で取り組んでいませんから、何もしていないと同じことです。ある会社の人材担当幹部は「わが社は人材ではなく人財開発をしています」と誇り高らかに語っています。よく調べてみると現実には評価体系や報酬体系も以前のままです。残念ながら、現在の企業の仕組みは若い人たちを育成すると言いながら、マクロで見ると現実は自殺、うつ病が増えています。若い人が酒も飲まずに老後を心配して貯金に励んでいるとの番組がありました。現状のままで行くとこの傾向は広がるだけですが、誰かが手を打つというマネジメントの発想がないようです。ここで最も欠けている発想は人材の育成と組織の育成という発想です。組織が人材の力をより発揮させる能力を持たせることです。米国では組織IQなどという概念が出されています。日本は技術不足ではなく、マネジメント不在なのです。
以上
|