PMプロの知恵コーナー
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海外でのITプロジェクト実践 (9)
「プロジェクト遂行」

向後 忠明:12月号

 前月号で開発環境の問題で窮地に立たされた話をしました。そこで、このプロジェクトのプログラムを製造するプログラム開発会社と相談することにしました。
 そもそもがプログラム開発会社はプログラム製造やテストにおいて顧客に納入するハードと同一バージョンのOSを持ったハードウエアーを使用することが条件となるのが一般的です。しかし、プロジェクトマネジャとしての私自身がこの事実も知らずにプログラム開発会社との契約スコープにこのことを明記しなかったのもミスです。
 契約の後、このことを知りましたがすでに契約もしてしまったので、後は常識論での解釈となります。
 一時は顧客と下請けの関係でプログラム開発会社に有無を言わさずこのスコープをおしつけることも考えました。
 しかし、このプロジェクトは始まったばかりであり、下請けとの関係がまずくなるとプロジェクトの今後の実行にも問題が生じます。特にプラント関連プロジェクトと違ってプログラム製造は人間がおこなうものであり、会社との関係が人間との関係に直接的に影響が生じてきます。
 そこで、プロジェクトマネジャとして、ハードの購入に関わるコスト吸収の可能性の見込みと相手方の本件での出方を想定し、下記のようなWin-Winでの解決策を考えました。すなわち、
 「もともとプログラム開発会社がプログラム製造及びテストを手持ちハード機器にておこなうことが前提であることから、本当は貴社が責任を持つ必要があります。しかし、この解決が長引くとスケジュールやプログラム品質そして顧客の信用等を考えると今後大きな問題となります。今回は当社が実機と同じ環境を準備し、それを使用してプログラム製造及び各種テストをやって欲しい旨を伝え、そしてこのプロジェクトが終了したら貴社が中古として引き取って欲しい」と提案しました。
 それに対してプログラム開発会社は「当社も今後の事を考え、既設の古い機器を更新しようと思っていたところでした」との返事をいただきました。「案ずるよりは産むが安し」で結局は大きな予算の欠損とはならず、また会社関係についても大きな問題もなく、本件は解決することができました。ここで「ホー!!!」と一息でした。
 このことがまた、付帯的なメリットとして日本IBMの技術的協力が全面的に得られることになりました。なぜなら、日本IBMから製造及びテスト用とはいえハードウエアーを本プロジェクト関係で購入することになったからです。

 このように、プロジェクト開始当初からハードウエアーやプログラム製造会社の選定でつまずいたが何とか当面の山を無事に越すごすことができました。
  しかし、プロジェクトにおいて関連する業者を選定する場合、各会社の詳細な事情調査もしないで、自分の経験だけによる思い込みで物事を決定すると思わぬ落とし穴があることも痛感したことでした。
 一方、このことはコスト、スケジュール、品質そしてスコープの関係をもって各ステークホルダーとの交渉ができたのもプロジェクトマネジャに交渉に関係する権限が一元的にあることで、この一連の問題をWin−Winで解決できた証拠でもあることも再確認しました。

 ところで、IT系のプロジェクトではプロジェクトマネジャに契約やコストについての権限がありません。どちらかというとこれらは営業にあるようです。
 プロジェクトの成功、失敗の責任は最終的にプロジェクトマネジャに課せられるケースが殆どであり、IT系のプロジェクトマネジャにはコストに関係する権限がありません。
 そこが問題なのでですが、今回のプロジェクトにおいては全権限をプロジェクトマネジャが持っていたのでこのような処理もできました。

 何故そうなのか?
 この事は会社経営者のプロジェクトマネジャに対する意識の問題であり、私が現在関与しているITスキル標準のPM委員会でも声を大にして言っているが、ITスキル標準の中でも反映されていません。
 IT系のプロジェクトマネジャーの悲鳴が消えるのもまだまだ先のようです。

 このように当面のプロジェクトを進める上での問題は上記のように解決され、詳細設計、プログラム設計、ネットワーク設計、電源設備設計等々と順調に歩を進めスケジュール的にも予定通りの進捗を果たすことができました。

 このプロジェクトは典型的なAPオリエンテッドなプロジェクトです。
 AP(アプリケーション)系のプロジェクトにおいては必ず、その対象となる業界の業務知識が必要であり、その知識を基に基本設計にて顧客の要求を文章化し、要件定義としてまとめます。
 詳細設計は規定された要件定義に従いハードウエアー面では設備やシステム方式・構成、回線・ネットワーク構成、電力設備、建物設計、運用・保守等々を決めます。そして、サービス面ではデータ仕様、機能仕様、そして業務、安全、信頼、移行、運用といった詳細を規定します。
 上記に示す設計作業が完了し、プログラムの製造と言った工程に入るのですが、AP系のプロジェクトの多くの時間はここに割かれます。この工程は非常に微細で神経の疲れる仕事であり、設計での要求を完全にコンピュータの機械言語に落とす作業であり、一語、一句一点の間違いもなく作業を進めるものです。
 プラントで言えばピン一本、ねじ一本も取り落としのできない作業です。このようにプログラム製造は「技術」と言うより「技能」であり、ここで働く人はプロ職人と言ってよいでしょう。
 多くのIT系のプロジェクトでは必ずAPがあります。また、プロジェクトの多くの失敗はこの工程にて発生します。
 本プロジェクトにおいてもここでの失敗談がいくつかありますが、来月号にてその一例を話してみたいと思います。
以上

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