「もったいない」の実践事例
オンライン編集長 渡辺 貢成:11月号
この記事を書くのには勇気がいります。多分各方面から多くの非難を浴びることになる可能性があるからです。それは今話題の「赤福」を題材に食品の冷凍に関し、逆の観点で眺めてみたからです。もちろん赤福を調べるといろいろな事実がわかり、私たちが考えていた製造と異なっているために非難の対象となっているわけです。
では何故この記事を書く気になったかというと、最近のマスコミは欠点を見つけて、世に問うことはよいのですが、非難するだけで終わらせていいのかと感じたからです。
- ここでの問題点を整理しますと、
- @ 売れ残りを再利用する
- A 冷凍して再利用する
- B 新鮮な商品を製造して、これを冷凍していた。賞味期限を解凍した時点を基準とした
- C 再利用に当たっては記号をつけ、社員全員が間違いなく認識できるようにしているので企業ぐるみの犯罪である
- まだあるでしょうが、大まかに整理すると以上として考えてみました。
実は私は名古屋へ毎月行っているので、赤福をよく買います。夜帰宅するのでその晩はたべません。日が改まると、餅の部分が固くなるので、すぐ冷凍室へいれ保存します。こうしますと何時でもおいしい赤福がたべられます。売れ残りを再利用するという発想では、商業道徳に反すると感じますが、食べ残しを自らが冷凍する場合は全く違和感がありません。私は2年間単身赴任で食事をつくりましたが、冷凍食品を多く使いました。それは味がいいからです。炊き立てのご飯はすぐ冷凍します。冷えたご飯をチンするよりおいしいからです。
魚屋へ行きますと「鮮魚」と書いてあります。冷凍していない「まぐろ」は近海ものとして売っていますが、数が少なく、市場を満たすことは出来ませんので、ほとんどの「まぐろ」は冷凍モノです。しかし、魚屋は「鮮魚」と書いています。これは過大広告になるのでしょうか。
生ものを取り扱っているところが、全国展開する場合、冷凍技術は欠くことのできないものです。瞬間冷凍技術のお陰で、私たちは多くのおいしいものを食べることが出来るようになりました。
冷凍すれば品質を落とさずに保存できるという技術の進歩は、地球環境上大いに利用すべきではないでしょうか。しかし、ここには何らかの規制は必要かもしれませんが、私たちは大切な食料をどんどん廃棄しています。そして口では地球に優しいなどと言っています。日本人は口で言ったことで自分が地球に優しくなったと思い込み、何も実行していないことの方が私には気になります。
赤福の経営者を善意的に見るならば、「再利用」により、石油高、その他種々の要因で値上げすべき商品を現状維持する努力をしていると見ることも出来ます。そのためには品質管理が重要で、再利用には印をつけて、社員に徹底させ、再利用の再利用を防いでいるようにも見受けられます。これは他の会社が見せた管理不十分より格段に立派ですが、見方を変えると逆に意図的な企業ぐるみの犯罪といわれることになります。
札幌であるケーキをキオスクに提供し、それが評判になり、数の制限があるため、店でも買えないという問題が起こりました。当然ながらキオスクは生産設備の増強を要請したようです。店主は質の低下を招く増産を拒否したため、購入のためのチケット取得に朝から列をつくっているという話を聞きました。この店主は企業理念のしっかりした経営者と思います。
しかし多くの経営者は千載一遇のチャンスと設備投資に走ります。設備が増え、生産量があがり、キオスクにうずたかく積まれた商品は、終列車とともに売れ残りとなり、その責任は発注したキオスクでなく、返品された業者となります。
そこで考えてみました。この問題の解決は、18時以降で売る商品はすべて冷凍商品にしたら解決します。どうせ家で冷凍することなら同じことです。
榊原英資早大教授(元大蔵省財務官)著「幼児化する日本」に最近の日本はモノを考えなくなっており、簡単に白黒をつけたがっていると警告しています。私が申しあげたいのは、ただ、一企業を非難して、この事件を終わらせるのではなく、多くの情報を入手できる立場のマスコミは「もったいない」、「地球に優しい」、「再利用」という問題を掘り下げて、何処までなら許されるのか、賞味期限とはどうあるべきか、品質と味と衛生の問題を現代的に見直して、再利用が許される限界は何なのか提供してもらいたいと考えます。
以上
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