PMプロの知恵コーナー
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海外でのITプロジェクト実践 (7)
「プロジェクト遂行」

向後 忠明:10月号

 提案及び契約フェーズにてプロジェクトの全体的な実行計画や基本的要求事項は中央銀行とある程度時間を取り話し合っていたので、プロジェクトのスタートはスムーズな滑り出しとなりました。
 プロジェクト全体計画書の説明や初期フェーズの具体的な作業内容の説明、そして担当者の紹介を兼ねてキックオフ会議をT国中央銀行の本社にて行なうことになりました。そのため、プロジェクトチームの主だったものを連れて再度T国に飛ぶことになりました。
 この時は前回出張目的の契約に関係しなかった他のプロジェクトメンバーも同行し、この人達にとっては始めてのT国への出張であり、中には外国出張が始めての人もいました。
 この人達も前回の私と同様かなりのカルチャーショックを受けたようで、キックオフ会議でも殆ど緊張状態であり、なんともいえない雰囲気をかもし出していました。
 無理もない話しであり、すでに(3)及び(4)「コミュニケーション」でも説明したような状況であり、彼らも自分の置かれた状況を納得するのに時間を要した事と思います。
 このような状況の中でのキックオフ会議でしたが、会議そのものは無事終えることができました。そして、中央銀行側は前回の契約時と同じような嗜好でキックオフ会議の終了後、パーティーを開いてくれました。
 初めての人達にとっては中央銀行の人達というと「気位が高く、われわれのような請負業者とは気さくな話をしないもの」と思っていたようです。しかし、実際はそのような危惧もなく親密な関係がこの一夜のパーティーで築くことができたようです。
 その後、幾度かの担当者間でのプロジェクトの進め方や基本要求内容の確認を行いましたが、その合間にも中央銀行側の計らいでT国の観光地や有名レストランへの招待などもうけました。そうこうする内に担当者同士は昔からの友達のように意気投合し、自由闊達な発言をするようになり、最初の緊張した、堅苦しい雰囲気等が殆どなくなっていたようです。
 私も多くのプロジェクトを手がけてきましたが、ここまで顧客と親密になって仕事を進めることができたのは初めてでした。
 このような中央銀行側のわれわれへの気使いは国家プロジェクトとして無事完了させたいとの中央銀行側の強い意志から出ているものと担当者も私自信も感じていていました。
 この時から、未経験分野のプロジェクトのマネジャでとしてなんとなくこのプロジェクトに関与しましたが、この中央銀行の担当者及びトップの意気込みから、「いい加減な事はできない!、もし失敗したら国家間の問題になる」との意識を持ち出しました。
 もちろん、担当者も同じ意識を持つようになり、仲間同士で話し合ったときも「このプロジェクトは絶対成功させよう!」といった気持ちの上での高揚感を感じることもできました。
 このような雰囲気の中で、中央銀行の協力の下、中央銀行の内部及び本システムと結合する各市中銀行の現状調査のため、それぞれのトップとの面談、既存システムの調査、そして各関係機関のニーズ調査等を行ないました。
 その後、これらの打ち合わせや調査の結果やデータを日本に持ち帰り、分析そして基本設計への反映等の作業をすることになりました。
 帰国後も数回中央銀行との意識あわせの会議を日本及びT国で開いたり、日本の中央銀行(日本銀行)や全国銀行協会、そして関係機関、メーカ、ソフト会社等との打ち合わせを行い基本仕様の詰めや基本設計を行ないました。
 このように基本仕様の設定や設計が中央銀行及び各種団体の協力の下で順調に推移し、本プロジェクトの全体アーキテクチャが明確になってきました。
 そして、次のフェーズの詳細設計等の契約に移行する話となりました。
 基本調査、設計には約6ヶ月を要したのでかなり明確で間違いのないステップである詳細設計、プログラミング、コーディング及びハードウエアーの仕様の設定もできる様な環境が整い、自信の持てるコスト積算も可能となり、その作業に入ることになりました。

 その時になって、「フー」と思い出したのは私自信の今後の処遇でした。本エッセーの最初で話したようにNI社との本プロジェクトのマネジャとしての約束は基本設計までであり、その後は出向元であるエンジニアリング会社に戻ることでした。

 ここから、以下のような自問自答が始まり、私は困った事態になりました。
 良く考えてみると、私はNI社には何も義理立てする必要もありません。また、元の会社には多くのことを教えてもらった義理があります。対顧客に対してはもしこのプロジェクトを降りたらプロジェクトマネジャとして無責任極まりない行動として後々まで後悔することになるでしょう。

 このような事をいろいろ考えているうちに時間がどんどん過ぎていき、一方ではランプサムへの移行契約の準備も進めなければならない状況にありました。
 そうこうしている間にNI社のトップが私の状況に気がついて、私の引き抜き交渉に入ってきました。いわゆるヘッドハンティングです。旧政府系の会社でありながらそのような事をするとは思っていなかった私はビックリし、私の先輩に相談しました。
 先輩曰く「プロジェクトには会社といった国境はない。プロジェクトマネジャはプロジェクトの成功をもって顧客満足を達成させることに意義がある。よって、現在進めているプロジェクトを大事にしなければならない。それがプロフェッショナルである。」との事でした。
 この言葉によって、元の会社には未練は残るが、自分の置かれている立場や先輩の教訓等を考え、現在のプロジェクトの達成に全力投球することに決断しました。
 この決断が私の本格的な化学屋からIT屋への職種変更のターニングポイントでした。

  一方の現在進行中のプロジェクトも私自身の今後の方向も決まり気持ちの転換ができたところでランプサム移行契約の交渉を行い、契約も無事に済んで、次のステップに進むことになりました。
 しかし、本格的に具体的作業に入るといろいろな問題が生じてきました。次回はその問題について話を進めて行きたいと思います。
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