PMプロの知恵コーナー
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海外でのITプロジェクト実践 (6)
「プロジェクトセットアップ」

向後 忠明:9月号

 私達がT国向け金融システムプロジェクトを手がけている1987年頃はPMガイドブックというものなどありませんでした。徒手空拳でのプロジェクトの進め方であり、プロジェクトセットアップといっても何をどうすればよいのか、チームメンバーに話をしても全く分からない時代でした。
 現在では、PMBOKに従い、プロジェクトのセットアップにて作成される文書「プロジェクト憲章、プロジェクトスコープ記述書そしてプロジェクトマネジメント計画書」を作成することができます。
 私がこのPMBOKに出会うのはそれから約13年後の2002年のことでした。

 しかし、現実はそのようなPMガイドもなく、つたないエンジニアリング会社での経験のみでこのプロジェクトを進めなければならない状況となっていました。
 幸いにも、私がこのN社に出向した直後、少し余裕時間があったので、エンジニアリング会社で経験してきたプロジェクトマネジメントに関するガイドブックを、IT系に見立てた形態でまとめていました。そこには、下記のような項目で纏めてありました。
@ プロジェクト条件の確認(契約書の読み込み、顧客要求条件の確認、PJサマリの作成)
A 枠組みの作成(プロジェクトWBSの構築)
B プロジェクト遂行ガイドラインの作成(PJ遂行方針、コントロール、コーディネーション手順、品質基本方針)
C 総合的PJスケジュール
D 総合的実行予算計画
E 上記をまとめたプロジェクト計画書

 私はこのガイドブックを教科書としてチーム全員に講義をして、プロジェクトマネジメントに関する知識の埋め込みを行い、用語上でのコミュニケーションギャップをなくすようにしました。
 もちろん、基本設計ステージのこの時期には上記の@〜Eでの全てを文書としてまとめる必要は無いのでプロジェクトの進捗により、全ての項目を埋めるようなプロジェクト計画書としました。

 さて、ここで少し本題から外れますが、PMBOKでの「プロジェクト憲章」のことですがここでは以下のようなことが書いてあります。
 「プロジェクト憲章は、プロジェクトを正式に認可する文書である。プロジェクトマネジャに〜〜プロジェクト活動に使用する権限を与える。〜〜〜プロジェクトマネジャの指名〜〜〜プロジェクト憲章の作成中に行なうことが望ましい」とあります。
 最初はなにやら堅苦しい表題と思っていましたが、内容を見てみたら非常に重要な事が書いてあることがわかりました。
 プロジェクトマネジャの権限について記述するように書いてありました。しかし、残念ながらその内容や範囲までは書いてありませんでした。多分、各社にて決めればよいということになっていたのでしょう!!

 私は2002年に日本に10年ぶりに帰ってきて、これまで所属していたNI社の親会社が大きく3つに分かれ、その内の1社〔NC社〕に勤務することになりました。ここでもプロジェクトマネジメントはPMBOKによりその用語も浸透していました。しかし、図体が大きくなったことと、これまでプロジェクトマネジメントに従事していない人達も多く他のNグループから配属され、結果的には知識はあっても実行が伴わない組織となっていました。
 NC社でのプロジェクトマネジャの権限は小さく、営業が契約や金の権限を持ち、プロジェクトの実行のみがプロジェクトマネジャの責任となっていました。
 「要するに責任はあるが権限はない」といった状況でした。
 このことは、このNC社だけではなくIT系の殆どの会社が同じような状況であり、プロジェクトマネジャは仕事をこなしているだけの状態でした。
 このことから、何時も営業とプロジェクト関係者との間では確執があり、責任のなすりあいとなっていました。

 T国向け金融システムのプロジェクトを実行している頃のNI社ではプロジェクトマネジャに対する権限はエンジニアリング会社の権限規定を流用していました。すなわち、プロジェクト規模にもよりますが、責任と権限の一元化が図られていて、プロジェクトマネジャには大きな権限がありました。
 そのため、本プロジェクトレベルでのプロジェクトマネジャは社長任用であり、社長権限と同じものが与えられました。
 これが、本プロジェクトの成功の源泉となり、また顧客である中央銀行もプロジェクトマネジャを信頼し、良いコミュニケーションができたことの遠因となったものと思います。
 このようなことから、プロジェクトマネジャの任命はプロジェクトマネジャの資質、能力を見極めて慎重になる事も理解できます。
 IT業界でのプロジェクトマネジャの位置づけがまだ低い現在では、相変わらずプロジェクトマネジャ及び関係者にはモチベーションも沸かず、彼らは3Kの仕事と思っています。
 このことを考えると、IT業界でのプロジェクトマネジャの地位向上、そしてそれに従うチーム員のモチベーション向上が今後の課題となります。
 そのためにはトップマネジメントの決断とそれに耐えるプロジェクトマネジャに相応しい人材の発掘と有能なメンターの下での訓練が必要となります。

 さて、話を本題に戻しますが、結局、プロジェクトセットアップは上記の@〜Eに従い、プロジェクトマネジャの私が全てまとめることになり、その結果をチーム員全体に説明し、プロジェクトを正式にスタートすることになりました。
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