PMプロの知恵コーナー
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海外でのITプロジェクト実践 (5)
「プロジェクトセットアップ」

向後 忠明:8月号

 前月号ではT国向け金融システムの基本契約締結を通しての異文化コミュニケーションの具体的な話をしてきました。
 異文化コミュニケーションとは本や講演で学ぶものだけではなく現実に現地の人達との触れ合いから学ぶものであることが分かってもらえたでしょうか?
 コミュニケーションは単なる言葉や文書のコミュニケーションだけではありません。
 宗教、仕事の指示の仕方、現地人との接し方、そしてすでに説明してきたようなビジネス慣習の違い等々があります。
 特に、ソフト開発を含むIT系プロジェクトは、システム開発に対する顧客の“思いや考え”をまとめ、顧客が求める要件を整理する事が重要な仕事です。そのためには相手の言葉や行動に含まれるニュアンスやコンテキスト等を理解する必要があります。
 一般のエンジニアリングにおけるプラントや土木・建築等のハードオリエンテッドなプロジェクトの場合とは異なり、ソフト開発プロジェクトは相手の思いをプログラム化し、システムとして機能するようにすることが目的です。
 よって、コミュニケーションは一般のエンジニアリング型プロジェクトより重要な要素となってきます。
 ましてや、海外でのソフト開発型プロジェクトはコミュニケーションツールとしての言語はもちろんの事、それ以上に相手のジェスチャーや動きそして考え方を本当の意味で理解しないと多くの問題が発生してきます。
 今回、エンジニア型プロジェクトに習熟したプロジェクト経験者として初めてソフト開発型プロジェクトを手がけるにあたって分かったことはこのコミュニケーション能力の重要さです。
 日本人同士でも言葉の行き違いや言葉足らずでミスを犯すことがあります。ましてや海外のプロジェクトではそのミスも倍加することになります。

 このようにソフト開発型プロジェクトを全く手がけたことがないエンジニアリング型プロジェクト経験者がソフト型プロジェクト、それも海外のプロジェクトをやるのですから、この分野に長けたソフト開発系システム開発の経験者から見れば、「よくもまーやりますね!!」と思うでしょう。
 しかし、これが指名されたプロジェクトマネジャの宿命です。
 すでに説明してきたように“度胸と挑戦”の気概がプロジェクトマネジャには必須の資質です。
 なぜなら、ここで言う“度胸と挑戦”は自分だけではなく、一緒にこのプロジェクトを実施するチーム員の知識と経験を熟慮し、プロジェクトをリスク分析した結果の決断であるからです。このような手順での判断や決断そして行動ができることがプロジェクトマネジャとして必要な資質なのです。

 読者諸君は「偉そうなことを言っているが、それじゃー、お前はどのようにこのプロジェクトを実施したのか?説明してみろ!!」と言いたくなるでしょう。
 そこで、今月号からは、このプロジェクトをどのように実施してきたかの話をしていきたいと思います。

 前月号での説明のようにT国の中央銀行において基本的な契約も決まり、プロジェクト遂行の基本的枠組みもきまり、チーム要員もそろいました。
 そして、本プロジェクトを進める前に、すでに説明した下記のような本プロジェクトの特徴、すなわち問題(リスク)となる事項を重点的に話し合い、解決しておくことが必要と考えていました。

@ 海外現地企業又は組織へのソフト開発を含むシステムの日本からの輸出第一号である。
A 外国語(英語)による仕様への対応そしてフォルトトレラント(Fault Tolerant )コンピュータでのソフト開発の双方を満足する開発企業及び人材の確保がMustである。
B 中央銀行と言う特殊業務を扱うことの出来る業務知識が必要である。
 すなわち、日本でも良く知られている「全国銀行データ通信システム」通称全銀システム)のT国版です。
C顧客要件の曖昧さ

 その考えの理由は、前にも述べたようにプロジェクトマネジャの“度胸と挑戦”といったベースを判断基準として実行を決めた本プロジェクトへのチーム全員のその判断基準への納得感とそれに伴うリスクの共有を考えたからです。
 もう1つの理由は話し合いの結果を踏まえてのプロジェクトリスクの把握とそれを意識してのチーム員の能力に応じた役割分担と機能分解、そしてプロジェクト実行に大きく影響する器材や役務の調達方針、各種現地調査項目のリストアップ、コーディネーション手順、会議体制等の具体化を行い、プロジェク計画書に反映させることが必要でした。

 このように、チーム全員は関連するシステムの仕組みについての教育や同システムの見学等も行なっていて、ある程度の知識の習得はしていますが、この時点でもプロジェクト実施にはまだまだ高いハードルがあるような気がしていました。
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