PMプロの知恵コーナー
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海外でのITプロジェクト実践 (4)
「コミュニケーション」

向後 忠明:7月号

 T国はヨーロッパとアジアの中間にあり、宗教はイスラム教です。
 イスラムと言うとイランやイラクそしてアフガニスタンのように自爆テロや争い好きな人種と思われる人がいますが、これはイスラム原理主義といった現代社会に溶け込めない人達が起こしていることです。
 私達が付き合っている中央銀行の人もイスラム教であるが、それらしい振る舞いをする人はあまり見かけません。仕事中にメッカに向かってお祈りしたり、金曜日に休んだり、アルコールを全く飲まない、といったような人も少なかったように記憶しています。

 中央銀行に働く人は、どちらかというとヨーロッパ的発想が強いように感じました。しかし、ヨーロッパとアジアの中間とは言うが、人種的にはイランやイラクに近い面相であり、町を歩くとオバQ(白い頭からかぶった民族衣装、国によっては黒い衣装)がいないだけで表面的にはやはり中近東というイメージを持ちました。ただし、同じイスラム国家でも中近東での日本人に対する扱いとは何か違うような感じを受けました。
 その理由は、昔、トルコが嫌っていたロシアを日本が旅順港での戦いやバルチック艦隊を撃沈したことに対して日本人に一種の畏敬を持っているような感じを受けたからです。
 タクシーに乗っても、運転手は日本人と見ると“トーゴーを知っているか?”など聞かれたり、店の名前にTOGOなどがあったり、なんとなくこそばゆい思いがしました。

 T国に着いてから僅か1日の街中見学でしたが、この国の人は日本人嫌いではなくむしろ“好感を持ってくれているのだなー”との感触をもちました。

 翌日は朝から契約交渉でした。中央銀行の玄関に入り案内されるがままついていくと立派な部屋が数多く、その中でも最も豪華な部屋に通されました。そこには中央銀行の総裁が私たちを待っていました。その隣には副総裁、銀行局長等々そうそうたるメンバーが座っていました。このことだけで、今回のプロジェクトには中央銀行も大きな期待をかけていることがわかりました、
 さて、今度は契約に関する話に入るため会議室に通されましたが、これもまたシャンデリア付きの宮殿のような会議室であり、この辺でわれわれはすでに肝を抜かれた思いでした。
 しかし、契約はプロジェクトの大事なバイブルであり、条件固めの重要なステップです。今日のこの時間が本プロジェクトの帰趨を決めるとの思いを自分に再確認させ、交渉相手を緊張しながら待っていました。
 当然交渉相手は担当役員と中央銀行側のプロジェクトマネジャそして法務局の契約担当者と思っていました。
 ところが、現れたのが副総裁であり、その他は日本で技術の詰めを行なっていた担当者やプロジェクトマネジャなどでした。
 私たちはすでに技術や契約条件等については日本で相当詰めてきた思いもあるし、契約内容も今回は基本設計を対象とした実費精算に関する契約でもあり、あまり大きな問題にはならないと思っていました。
 この時、副総裁がこの交渉の場に出てきて思ったことは、「契約内容の変更か条件追加の提案が出てくるではないか」と緊張し、身構えて何を言い出すのかドキドキしながらじっと副総裁を見つめていました。
 その第一声は「このプロジェクトは全体でどのくらいのコストになるのか?”そして“何時までに完成するのですか?」でした。
 非常にシンプルで的を得た質問でしたが、これまで何度も日本においてT国担当者に説明してきた内容の質問なのでホッとしました。その後は、単金や総コストに関する質問であり、それほど難しいものでなかったです。
 しかし、コストがらみの話になると副総裁が計算機を取り出し、自らコスト試算をし始めたことには驚きました。そして、“高いからもう少し安くならないか?”などと交渉を始めるのです。こちらも、それなりの根拠を示しながら説明していきましたが、副総裁の立場も考え、妥協できるところは妥協し、顔を立てるようにしました。その時は満面笑みを浮かべ、“Thank You"といったジェスチャーをしたりしていました。このように、緊迫の中にもお茶目な副総裁の姿勢によって雰囲気がやわらげられ、穏やかに契約についての話し合いが終わりました。

 これまで私もいろいろな国でのプロジェクトを経験し、契約交渉の場に立ち会うことがありましたが、このように和やかな雰囲気で会議が進み、契約の話合いができたのは初めてでした。
 この後は、契約後の恒例である中央銀行主催のパーティーに招請されました。このパーティーは特別に会場を借りて催すことではなく、オープンスペースに机と椅子を置いたシンプルなものでした。参加者もプロジェクトに関わる人たちだけではなく各関係部局からも参加され、家族的雰囲気でこのパーティーも進んでいきました。

 このパーティーの中で中央銀行のある人の発言ですが
「日本人は言ったことは必ず守る。なぜならポスポラスにかかる橋は日本の会社が建設し予定通りに完成させている。それに比べ、橋の両側の道路を担当したある国の会社は全くダメで、橋ができても道路が未完成のため結局その橋が使用できなかった。
 今度のこのシステムも中央銀行のシステム開発は日本だが、それと結ばれる各銀行のシステムはどこが開発するのか現在はまだ不明だが、これが完成しないとポスポラスと同じ事になる。」
 非常に明快で、問題点を突いた話でもあり、中央銀行以外はわれわれのスコープ外の業務であり、このような問題が起きる可能性もあるだろうと危惧していたところです。
 早速、本件について翌日、本システム開発のプロジェクトマネジャに話をし、各銀行に対するDue Diligence の時に本システムに関係する各銀行のシステム開発スケジュールや技術的インターフェースについて確認が取れるよう、段取りをお願いしました。

 T国にきてから3日間ですが、T国の人々の日本人に対する歴史観そして中央銀行の人達とのあらゆる機会を捉えてのコミュニケーションによって彼らの本システムに対する思いや期待を知って、“何とかしなくっちゃ”との思いがさらに強くなってきました。
 日本であれこれかんがえているより、上記で示してきたような現場でのふれあいがプロジェクト遂行上の背景や課題と言った重要な情報を明確に理解することができます。
 これが、プロジェクト参加者の相互理解や信頼感の向上につながり、今後のプロジェクト遂行上での意思疎通のベースとなります。  この三日間のT国でのミッションはコミュニケーションのベース作りとしては大きな成果であったと思っています。
 P2Mでも述べていますが、「コミュニケーションには、異文化理解力と言ったグローバル化に向けた能力も含まれる」です。
 今回の話はP2Mのコミュニケーションマネジメントの項「プロジェクト関係者間の相互理解と成功への動機付け」で示している内容を地で行っているので、読者諸氏の参考になるのではないかと思います。

以上
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