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なぜ、日本が太陽光発電で世界一になれたか
(NEDOBOOKS編集委員会編集、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構発行、2007年06月30日、2版1刷、127ページ、無料))

金子 雄二 ((有)フローラワールド):10月号

今回の本を紹介する前に、今年8月開催のPMシンポジウム2007のことに触れておきたい。今年で10回目を迎えたPMシンポは、案内にもある通り「国内最大のPM大会」である。10年前、大手町のサンケイホールで旗揚げし、その後九段会館で何度か開催された。その当時集まった会員は、500名前後ではなかったかと記憶する。今年は、昨年同様1,500名もの方々が参集してのシンポである。聞くところによれば、1ヶ月前には定員を超え受付終了したという。年々シンポが盛況になる背景には、集客だけなく発表内容の充実が図られている点にも注目したい。毎年の注目企画や基調講演がその代表的なものである。同時にその企画を象徴するキャッチコピーにも現れている。今年は、「新たな創造と成長のためのプロジェクトマネジメント――PM力を鍛える」である。何々力とは、今流行の言葉である。10年前には、サイエンスからアートに進化するプロジェクトマネジメントといったコピーがあったことを思い出した。企画面では、P2M関連のトラックに加えて、PM人材育成やPMの新機軸トラックが新たに追加された。PMの新機軸トラックでは、従来の業界の枠を超えたものや公的プロジェクトの発表が成された。中でも参加型シンポジウムは、昨年から実施されている公募により選ばれた講演や、聴衆者が実際に参加するワークショップ形式の講演も実施された。まさに創造と成長を目指すPMAJを象徴しているシンポである。

そこでこの本の紹介である。シンポに参加された方はご存知であるが、この表題は、エンジ・建設・公共トラックで講演されたものである。発表者は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)の山本泰司氏である。講演の内容は、今年末発行のPMAJジャーナル30号で紹介される予定です。それはさて置きこの本は、PMシンポ当日のベンダーブースで無料配布されていた。筆者もそこで戴いたが、幸いにも本を配布していたのが発表者の山本氏であった。そこで事情を少し話して、この本をオンラインジャーナルで紹介することをお伝えした。残念ながら山本氏の講演は聞いていないが、講演資料から発表内容を知ることが出来た。本に無くて発表資料に記載されているものは、NEDOの役割である国家プロジェクトの支援を受けることの意義やそのプロセスのことである。NEDOのスタッフとして太陽光発電を影で支えた方ならではのものである。この本を読んでいくと、NHKのプロジェクト]の番組を見ているような感覚になる。太陽光発電が実用化されるまで30年、一口に30年というが、サラリーマンが入社して定年になるまでの期間である。このプロジェクトには、人と組織の語り尽くせない程のロマンや苦労が凝縮されていると強く感じた。

太陽光発電が世界一になるまでの軌跡     ―― 日本の太陽光発電30年の歴史 ――
先ず太陽光発電というと、工場や民家の屋根にソーラーパネルを取り付け、そこから電気をとる程度の認識である。更にいえば地球温暖化等でCO2の削減効果が大きく、風力発電と共にクリーンな発電イメージである。ソーラーパネルが発電し、電気として利用されるようになるまで30年の歳月が掛かっている。その大本は、2度に亘るオイルショックに端を発している。政府は、石油に代わるエネルギー開発の必要性を感じ「新エネルギー技術研究開発計画(通称、サンシャイン計画)」を決定した。時に1974年である。だからこの時点では、既に取り組んでいた原子力関係を除く、石炭の液化や地熱や太陽エネルギー等がその対象であった。しかし当時は、太陽電池が研究レベルから僅かに無人のマイクロ中継局の電源に使われていた程度であった。1980年になって新エネルギー総合開発機構(現、NEDO)が設立された。しかし、その時点でも研究開発の主力は、石炭の活用であったと書いてある。1986年、四国の愛媛に電気事業用太陽光発電所を建設し、技術試験の結果から太陽電池の実用化の目途を立てた。一方、工場や家庭で太陽光発電システムを利用する法制度が整備されていなかった。電気は、電気事業者から供給されるもので、一般事業者や家庭で勝手に発電することはない前提の法律であった。即ち、これを許可なく実施すれば法律違反である。そこで数々の実験システムでの検証から、1990年に太陽光発電に関連する法的規制が緩和された。これによって太陽光発電の生産量が加速され、1992年19MWが1998年に50MWに拡大され、市場規模で500億円、発電コストも半減されたという。

先の法整備と太陽光発電の技術に少し触れておきたい。電気は電気事業者が一方的に送るので、家庭で勝手に発電して賄う考えは無かった。所が、太陽光発電は、自分の電気を賄うことが可能になった。そうは言っても、一年中晴れているとは限らず、曇りや雨の日もある。だから自分が発電できない場合は、電気事業者から電気を買い、自分が発電して余った電気を電気事業者に売れる仕組みが必要である。これが逆潮流ありの「系統連系」可能な法的規制緩和である。これ以来、工場や家庭での買電(普通の電気を使用してお金を支払う)と売電(余力電力を電気事業者に売る=お金を貰う)が可能となり、太陽光発電の普及に拍車が掛かった。ここで書いている太陽光発電とは、太陽光から結晶シリコンを化学分解させ電気を採取して電池に溜めて電力として使うので、太陽電池とも言っている。ならば、いかに太陽光が電気を発するかの説明は、この本に分かり易く解説されているので、興味のある方はお読み戴きたい。所で、この本を読むまで日本が太陽光発電の世界一であることを知らなかった。資料によると、1991年から世界一を続けていて、その生産量(電力だから生産量となる)も他国をダントツに抜いて世界全体(1,728メガワット:MW)の半分を占める833MW(2005年度)である。このMWとは100万ワットのことである。普通の家庭での電力は3〜5KWなので如何に多くの電力を生産しているかが分かる。この結果、CO2削減効果にも貢献していて、1年間で40万トンも削減していると書いてある。この数字は、1,100kuの森林が吸収するCO2に匹敵し、この広さは、東京都の半分に匹敵する。太陽光発電の30年は立派に地球を救うエネルギーとなって将来が期待されている。

太陽光発電の事例(その1)   ―― ソーラーエネルギー開発物語(個人編) ――
この本には、太陽光発電を支えた7つの事例が紹介されている。どの事例を取り上げても壮絶な物語である。そこで個人の事例と企業でナンバーワン(=世界一)の事例をピックアップして、太陽光発電の理解を深めてみたい。先ず個人の事例であるが、タイトルは「日本初の、太陽光発電住宅 ――自ら開発した太陽電池を自宅の屋根に載せた研究者」である。その研究者とは、三洋電機鰍ナ1963年から太陽光発電を研究している「桑野幸徳氏」である。太陽電池には、結晶シリコンを使うものと非結晶(アモルファス)のものがあるという。シリコンとは、ケイ石に含まれる元素で、俗にケイ素と呼ばれていて、現在まで半導体製品の原料として使用されている。そのシリコンを溶かして固めて、数百ミクロンにスライスして作ったものが結晶シリコンである。それに対して非結晶系シリコンは、ガラス版等の上に化学反応によって薄いシリコン膜を作る方法である。太陽電池の研究としては、結晶系が主流であった。桑野氏は、技術者として誰もやらない非結晶系のアモルファス研究に没頭した。10年後のオイルショックでやっと太陽電池に脚光があたり、更に10年後に実用製品としてのソーラー電卓を完成させた。これによってソーラー電池から太陽光発電へと発展していった。所が大きな障害となったのは、屋根のスペースである。一般家屋の屋根に家庭で必要とされる電力を賄う発電量を確保するには、ソーラーパネルの発電効率を高める必要があった。壮絶な努力の末に実現可能となるには、更に10年の歳月が掛かった。次に実用化に向けての更なる障害があった。先にも触れた法規制の壁であった。

折角実験レベルで実用可能となっても、普通の家庭で使う実用実験を経なければ製品として発売できない。そこで桑野氏は、一代決心をした。このことは自ら「新・太陽電池を使いこなす」の著書に詳細をまとめたと紹介されている。それによると「だったら、自分の家でよろう」と、太陽光発電住宅を建ててしまった。その理由は、自分が制度を変える先頭に立とうという研究者魂と、電力上のトラブルが発生した場合の対処は、専門家である自分しか出来ない。自分の研究で他人に迷惑を掛けられないという使命感であろうか。1992年に完成したこの邸宅は、桑野太陽光発電所でもある。だから技術的問題だけなく、色々な経験をしている。この本によると、自前で作った電気のありがたさや倹約すれば売電量が増えてお金が稼げるので、省エネルギーや環境問題に関心が高まったと書いている。これまでの経験から、一般家庭に太陽光発電を導入する際のアドバイスとして、工事費等を考えると新築住宅を勧めている。そして自分で使うエネルギーを自分で賄い環境に負荷を掛けない生活が、これからの世代のためにも必要であると述べている。更に桑野氏は、こうした太陽光電池を地球規模で拡大して昼夜なく電気を賄える全世界をネットワークする計画(GENESIS=Globals Energy Network Equipped with Solarcell and International Superconductorgrids)を発表している。実に壮大な計画で、実現すれば日本発のクリーンエネルギー供給システムとなり、地球環境保全の大きな役割を果たすことが期待できる。

太陽光発電の事例(その2)    ―― ソーラーエネルギー開発物語(企業編) ――
日本は世界一の太陽光発電の実績があるが、その生産企業の中で24.8%を占めるシャープがナンバーワンである。以下、Q-Cells(ドイツ):9.3%、京セラ:8.2%、三洋電機:7.2%と続く。即ち、シャープは世界市場の4分の1を占め、しかも6年連続の世界一である。この本では、その背景について紹介している。先ず、太陽電池の開発に着手したのは1959年というから、アメリカで太陽電池が発明されて6年後である。1963年に量産化して、灯台に設置するようになり無人化となった。現在有人灯台はなく、全国1,810台の灯台には、シャープ製の太陽電池が設置されている。その後1974年には、同社の太陽電池を積んだ人工衛星が飛び立っている。日本の人工衛星は150個もあるそうだが、その太陽電池は全てシャープ製だという。因みに、人工衛星の太陽電池を生産する世界企業は10社に満たないが、その中でも2割以上のシェアーを維持している。その他にも住宅用太陽光発電システム(系統連系)も量産化して、企業から個人へと全ての分野での世界一を目指している。

現在、シャープはさまざまな太陽電池を開発している。その中に微結晶シリコンとアモルファスシリコンを多層化してシースルー化した太陽電池を商品化している。その商品から、ビルの側面や住宅のサンルームや窓ガラスとして、この太陽電池が使えるのだそうだ。更にシャープが注目しているのは、従来から研究しているソーラー自動車のサンルーフに使い、夏の暑い日はエンジンを切ってもサンルーフが発電して換気をすれば、外気温と同じ温度が保てる。地球に優しいハイブリッドカーは、エンジン(ガソリン)と電気モーター(電池)を使ったものだが、その電池を太陽電池で補完出来れば現在以上に省エネ化される。そして従来の住宅用太陽電池を車庫の屋根にして、駐車中の車に充電することも可能である。シャープの技術開発者は、太陽光発電をもっと地球規模で拡大するために更に生産コストを現在の電気代並みに下げる努力が必要であると説いている。現在の太陽光発電コストは、45円・kWh(1kwキロワット・時間)であるが、家庭用電気代は、23円・kWhの倍額である。先のサンシャイン計画のロードマップでは、2010年に電気代と並び、2020年には14円・kWhを目指すと書いてある。是非、実現して地球に優しいエネルギーを現在のコストで誰でも使える時代にしてもらいたい。最後に、その基本計画を支えているNEDOについて触れておきたい。先に触れたがNEDOの設立は1980年である。これによって今まで民間企業でコツコツ研究開発されていたものが、国家プロジェクトとして陽の目を見ることになった。以来香川県のパイロットプラントの建設から各種の試験運転が行なわれるようになった。そして法制度の整備で産業としての基盤を確立した。山本氏の資料から、NEDOは太陽光発電だけでなく新エネルギー研究開発全ての推進も担っている。その研究開発のプロフェッショナルな集団として、国家プロジェクトを支えている。(以上)
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