「新事業プロジェクトを成功させる方法」 ―― ビジネスリーダーのための夢工学 ――
(川勝良昭著、日科技連出版発行、2007年05月24日、1刷、204ページ、2,400円+税)
金子 雄二 ((有)フローラワールド):8月号
この本は、PMAJでは知る人ぞ知る「夢工学」の川勝氏が書かれたものである。先日、この寄贈本とメールが届いた。そのメールには、本を書かれた経緯と著者の活躍の一部が紹介されていた。それを読みながら著者の「夢工学」に掛ける情熱と「夢」を強く感じた。実は、このオンラインジャーナルが始まって間もない2001年7月に、著者の「夢をプロジェクトとして起ち上がる法」(ダイヤモンド社、1998年10月発行)を紹介している。あれから6年近く経過している。その時の副題が「知的冒険の旅に出よう」であった。今回の副題は「ビジネスリーダーのための夢工学」である。この副題の変化が、夢工学の進化ではなかったと思っている。ここで敢えて変化を進化としたのは、著者の努力もあろうが「夢工学」が社会的に認知される方向に動いていると感じたからである。その一つが、出版社である日科技連出版社がこの本を発行していることにある。この出版社は、「品質管理、QCサークル、信頼性工学、統計学をはじめ、数学、ソフトウェア工学、情報システム工学等の専門書、技術書、啓蒙書の出版社として経営工学の普及に努めてきました。近年は、ISO認証関連図書、環境、ビジネス書の分野にも注力してまいりました」(ホームページより)とあるように、専門書の分野を扱ってきた。それが著者の言葉を借りれば「本音で面白く書いてある専門書」として出版された。時代の流れとはいえ「夢工学」の進化である。
次に、この「夢工学」を大学の授業として扱っている数の広がりである。これは著者の努力だけでなく、内容と実績が結果として表れたものであろう。特に、中国の中国政法大学&大学院(北京)での講義に加えて、近々上海の大学でも講義されるとのこと。自己紹介に中華人民共和国・教育部(日本の文科省に相当する)文教専家とあるのもその関係かもしれない。先の筆者宛のメールの中から、この中国での講義のキッカケを作ったのは、著者の亜細亜大学大学院での教え子だそうである。その話を聞いて大学での講義や政府への推薦をした中国が、いかに「夢工学」の重要性を評価したかが伺われる。それに引き換え日本では、とは著者は書いていない。しかし、筆者は夢を育む教育こそ今の日本に求められていることを痛感している。著者の「夢の創造」の基本を小学校から教え、中学・高校で具体的な練習や演習をさせ、大学で「夢工学」として学問的に勉強させる方法は如何であろうか。「夢工学」を学校で身に付ける事は、現在不足しているプロジェクトマネジメント(PM)力を幼い内から学ぶ、恰好のチャンスである。そこに目を付けた中国の文科省は、侮れない。政府を当てにしないで、自分たちで工夫するのも「夢工学」なのかも知れない。
何故、夢工学なのか ―― 実体験から出た成功のプロセス ――
この本のテーマとして、「夢工学」の具体的実現の提言(その1)が書かれてある。その提言には、先ず夢を持つこと。次に、その夢を実現(成功)させる「考え方」や「方法」を身に付けることで、これを「トータル・プロジェクト・エンジニアリング」であると書いている。これはPMを更に発展させたものであるという。だから、この本を紐解くことでPMのエッセンスを別な視点から見られる。何故なら、著者は数多くのプロジェクトを成功させた経験も持ち、更に言うなら失敗したプロジェクト(頓挫したものも含めて)の経験も持たれている。しかしこの本では、成功のプロセスを自分の生活体験から書いている。著者の離婚という生々しい経験から、如何に立ち直ったのか。この体験を家庭再建プロジェクトと位置付け「夢工学」の実践のためのチャレンジとした。著者の強い夢実現の意気込みを感じさせる。夢の達成イメージを描き、それを具体化するプロセス(家族団欒、親子関係、再婚、新たな親子関係、子ども達の自立、老後の生活等々)と、その問題点を時系列的に解決する方法を探るのである。「夢の実現」は、その夢(目標)がシカリしていればいるほど、成功の可能性が高くなる。プロジェクトは複数のプログラム(ここでは、親子の対話であり、見合いによる相手捜し等々)が同時平行的に進められていた筈である。結果、良きパートナーを選び、新しい家族として再スタートが出来たと書いている。しかし、この話がハッピーエンドだけでは終わらないのが、「夢工学」である。著者は、仕事に打ち込み家庭への何の心配もなく安心して働ける環境を整えた。その家族団欒の延長線上に仕事を見据えていたのだ。これが子ども達の自立を促し、老後の生活基盤を確立している。現在、著者の八面六臂の活躍は、この「夢工学」の体験的実績がベースとなっている。
一方著者は、現在まで「夢」を大切にして、多くのプロジェクトを「夢工学」として育んできた。しかし、失敗体験もまた逆な意味で成功への大切なプロセスであったという。これを総称して「悪夢工学」(抗・悪夢工学)と呼んでいる。これは第二の提言テーマである悪夢工学として纏められている。この悪夢工学は、多分に著者の失敗プロジェクトの経験から生まれている。夢を持ち、夢を実現させる原点は、先ずその人、個人にある。しかし、その夢を計画して実現する過程で色々な障害にぶつかる。その障害が自分自身である場合は、自分自身で解決の努力をすればいい。問題は、会社等の組織上で障害に直面した場合の対処方法である。著者は、具体的に障害となる経営者、管理者等の決裁責任者に問題を絞って、悪夢工学を論じている。人間が生きて成長していく過程で夢を持つことは、大切なことであり、それを実現させるべく努力することは尊いことである。それを決裁者の個人的な視点で踏みにじることは、人間破壊者であるとしている。だからこれらの人種には、それ相当の対処策を講じる必要がある。それは夢破壊者の「性格識別法」と「破壊工作排除法」から成ると書いている。いずれにしても、夢を実現するためにあらゆる努力を傾注しないと実現出来ない。「夢工学」と「悪夢工学」は、表裏一体となっているのである。
夢工学とプロジェクトマネジメント ―― 5つのプロジェクト成功の秘訣 ――
「夢工学」の基本は、パトス論とロゴス論から構成されている。詳細は本書に譲るとして、大まかに纏めると、パトス論が理念論でロゴス論が技術論と理解すると分かり易い。少しだけパトス論に触れると、夢は誰でも持っているがそれを成功のエネルギーに変えるには、信念+努力=「情熱」が必要で、それが「夢」を支える。だからこのパトス論をシッカリ身に付けて「夢工学」で成功して貰いたいという著者の熱き思いが込められている。ここではPMを論じているので、ロゴス論のポイントを探ってみた。著者は「夢工学」は、「トータル・プロジェクト・エンジニアリング」で、PMを更に発展させたものであると書いている。だから「夢工学」の原点がPMである。この本では、PMが夢を実現させるためのプラットフォームの建設と書いている。だから「夢工学」のロゴス論では、PMのプラットフォームを構築するプロセスを書いているので、全体の一部である。その全体とは、この表題にもある、5つのプロジェクト成功の秘訣に繋がっている。本書の「夢」と書いてある部分をプロジェクトに置き換えてみると以下の通りなる。@プロジェクトの存在を認識し、その内容を明らかにする。Aプロジェクトを実現させ、成功を阻む問題を明らかにする(問題認識)。B問題解決するアイデアを見つけ、実行する(問題解決)。Cプロジェクトが運営できるビジネスプラットホームを建設する(著者はこの部分をPMという)。D完成したプラットフォームを運営管理し、更に成功させるための設計をして実行する。これが「夢工学」の一連の流れである。これは我々が普段から実行しているPMの流れと同じである。
この@からDの「夢工学」ロゴス論では、@からBをVPM(Vision & Planning Management、プラットフォームの巧み設計)とし、CをPM(Project Management、プラットフォームの巧み建設)とし、DをOM(Operation Management、プラットフォームでの巧みな運営)と区分している。「夢工学」は夢の実現が目的だから、プロセスはシンプルな3段階の方が実行し易い。この詳細に興味のある方は、是非本書をお読み頂きたい。ここでは、プラットフォームの設計であるVPMを取り上げてみたい。理由は単純で、PM成功の鍵は、PMがスタートする以前にあるからである。著者もその重要性を充分認識しているから、VPMのプロセスを更に5段階に細分化している。その中の一つに「計画設計」(The All-out Plan)というのがある。著者の説明によると、「計画設計は、計画をデザイン(設計)する意味で考えた造語である。プロジェクトを実現させるか否かの判断にも使うので、基本設計と区別した」と書いている。更に、英語のAll-out(総力を上げて、全速力で)と直截命名したと言っているが、この方がストレートで分かり易い。そして基本設計との相違点は、計画検討の質や深さや展望を含んだ内容を問題にしている。だから著者が、検討マナー(ストリーボード:紙芝居の作成、模型化、シミュレーション実験)と称する範囲の規定やスコープまでを含んでいる。この要件機能には、プロジェクトの正当性や実現性保障機能や事業採算性予測等々が入っている。だから、基本設計以前に確認すべき要件を網羅している。
夢工学からの提言 ―― 日本の未来形成へのゴールデン・トライアングル ――
「夢工学」は、夢の実現で我々を幸せに導くだけでなく、日本の未来形成に対する色々な提言もしている。その背景には、冒頭紹介された著書の経験と現在の活躍にあるが、更に現状日本の危機意識にも起因している。その危機意識の根底は、新聞を賑わしている事件(建造物から食に至る各種の偽装、年金記録の消失、ライブドアや村上ファンド問題等々)が人間としての信頼関係を損なうもので、将来ある若者の夢や希望を破壊している点にある。全てがすべてこうした状況ばかりではないが、真面目で善良な多くの国民の真意を裏切るような行為は、日本の将来を危うくしている。著者だけなく我々も含めて、もう少し真面目にやれと叫びたくなる。だから夢を育む環境(家庭、学校、地域、社会)が大切なのである。著者は、現在多くの肩書きを持っている。筆者の手元に名刺がある。表面は新潟県参与、裏面は東大工学部計数工学科(夢工学ゼミ)特別講義講師他2大学の客員教授に加えて、先の中国での文教専家と中国政法大学&大学院(北京)客座教授とある。これらは、著者の実力と「夢工学」の情熱で全てを牽引している。過去の経歴も素晴らしいが、現在の活躍の方がもっと凄みを増している。地方自治体(岐阜県理事から新潟県参与)での行政改革、地元産業の活性化、都市再開発の立案と実行。大学での講義とは別に、大学改革や経営改革を立案している。しかし、残念ながら大学では実現していないという。他にも色々紹介しているが、「夢工学」から「面白工学」が生まれた話(面白い、楽しい等、積極的な心が前向きな思考と行動を引き出す「リーダーシップ論」)や、まちづくり活動(岐阜県大垣市の「時夢工房」で、子ども達に故郷の魅力を伝えている)も「夢工学」から生まれたものである。著者の活動はエネルギッシュで幅広く、とどまるところを知らない。
最後に、新しい知と技と価値の「黄金三角形」(ゴールデン・トライアングル)のことに触れて置きたい。この三点は、科学と工学と事業であるという。科学は「新しい知」を創造し、工学は知を基に世の中に役立つ「新しい技」を創造し、事業(ビジネス)はその技を基に人間社会に役立つ「新しい価値」を創造する。そして「事業」はその新しい価値から経済的価値である「富」を生む。その富は、新規事業開発や新技術開発の糧となって、科学研究の糧となる。この三点は密接に関連しあったもので、社会を発展させる大事な三角形で、「黄金三角形」・ゴールデン・トライアングルと命名した。更に、芸術を頂点とした「黄金三角ピラミッド」(ゴールデン・トライアングル・ピラミッド)なるものも提言している。これは芸術を頂点としていることに特別な意味がある。芸術の「新しい美」の創造は、科学の「新しい知」の創造に通じ、事業の「新しい価値」の内容を豊かにしてくれる。一方この芸術には「遊び心」もあり、人との交流とエンターテイメントを楽しみ、我々の生活に潤いと幸福をもたらしてくれる。これらの三角形を『国家』として活用して、多くの人が「夢」をもった楽しい生活が送れると纏めている。これらは日本の未来形成への提言であり、夢こそ活力の源であると結んでいる。著者の「夢工学」は遠大である。(以上)
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