「プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル」 ―― 論理と知覚を磨く5つの極意 ――
(峯本展夫著、生産性出版発行、2007年03月20日、1版、238ページ、2,400円+税)
金子 雄二 ((有)フローラワールド):7月号
プロフェッショナルの本である。この類の本は、今年の3月に「プロフェッショナル原論」(波頭亮著)、2005年に「ザ・プロフェッショナル」(大前研一著)と2004年に「プロフェッショナルマネジャー」(ハロルド・ジェニーン著)を取り上げている。これらの本は、職業人としてのプロフェッショナルのあるべき姿を書いている。どの本も含蓄があり参考になる本である。しかし我々は、プロジェクトマネジメント(PM)のプロとして活動しているので、基本的なプロフェッショナルの部分だけでなく、PMとしてのプロフェッショナル論が必要であった。PMのプロが論じるプロフェッショナル論が求められていた。この本は、まさにその要望に合致したものである。この本にも紹介されているが、米国PMI(Project Management Institute)協会認定のPMP(Project Management Professional)は、その名の通りPMのプロフェッショナル資格の保有者である。しかし、資格を保有しているからプロフェッショナルかといえば、必ずしも皆が皆プロフェッショナルとは限らない。プロフェッショナルの資格を保有しているが、プロフェッショナルとしての精進が日夜必要なのである。この本は、その心構えと精進の極意を、論理と演習をまじえて丁寧に書いている。
著者の経歴が巻末に紹介されている。銀行のオンラインシステム・プロジェクトを長年経験されて、邦銀初のイントラネットを立ち上げたとある。オンラインの超大型プロジェクトとWeb系システムのプロジェクトにも精通したPM経験者である。その後プロジェクトマネジメントに特化したコンサルティング、プロジェクトリスク監査や実践的研修をおこなう会社を設立されて現在に至っている。自らPMPとCISA(米国ISACA公認情報システム監査人)でもあり、東大大学院非常勤講師等をされ、「プロジェクトマネジメント国際資格の取り方」の本も書かれている。更に、この論理と知覚を磨くトレーニングの一部は、著者のパテントである。PMはサイエンスとアートであると言われている。サイエンスの部分は、PMBOK、P2M等であったり、各種標準化ツールに負うところが多い。しかし、アートの部分は、企業や個人の独自の英知と経験の部分である。だから公開されることが少ないので、一般化(サイエンス化)されない。だが著者は、今回個人的ノウハウの多くを公開された。その勇気に敬意を表したい。こうした過去の経験知や方法論を学ぶことで、次の世代の人の知識となり、それが自らの経験を加味することで「智恵」に発展していく。この本でも紹介している野中郁次郎先生のSECIモデル(表出化、連結化、内面化、共同化)の実践でもある。従って、この本はPMプロ育成の教科書的役割を果たしている。
プロジェクトマネジメント・プロフェッショナルの役割と責任
―― プロフェッショナル責任とは ――
プロフェッショナルの定義については、先の大前研一氏(著者「ザ・プロフェッショナル」)の本で紹介した。この本でもスペシャリストとの対比で「専門性の高い知識とスキルを持って、例外なく顧客第一主義を貫き徹して、あくなき好奇心と向上心を持ち、厳格な規律を持って自己をコントロールし、感情でなく理性で行動出来る能力を兼ね備えた人材である」(大前氏の説)から専門能力だけでなく「ものの見方」(相手の要求を第一義と考える)を貫き通せる人としている。そしてPMにおいては、「プロジェクトの成功」をミッションとすることで、プロフェッショナル責任を果たす必要があると説いている。その具体的なものとして、プロジェクトという仕事を通じて個人も社会的責任(PSR:Personal Social Responsibilty)を負うことを指摘している。勿論、プロジェクトは会社と会社の契約(取引)であり、全て個人の責任ではない。当然、企業としての顧客に対する社会的責任(CSR:Coporate Social Responsibilty)も負っている。現在のグローバル化した時代では、従来の個人を組織に閉じ込めた関係だけでは対応できなくなっている。これは以前紹介した「これから何が起こるのか」(田坂広志著、2007年02月号)の中で、労働力はストックでなくフローであるというのがあった。この本では、個人と組織との間の緊張と責任関係が成立している時、組織は変化に対応して新たな価値を生むと書いている。まさに個人の社会的責任を自覚することは大切で、これがプロフェッショナル責任に進化していい結果を出す。
著者は、このプロフェッショナル責任を「責任について」と「プロフェッショナル責任とは何か」について書いている。責任の定義については、日本語的な意味「自分が引き受けて行なわなければならない任務、義務等」(「大辞林」、三省堂)ではなく、英語での表記でその意味の本質を見極めている。日本語の「責任」を英語では、ResponsibilityとAccountabilityと厳密に意味を使い分けている点に着目している。Responsibilityは、先に書いた意味であるが、Accountability は、「自分が関わった事柄や行為から生じた結果に対して負う義務や償い」(責任の意味「大辞林」、三省堂から)の意味であると書いている。要約すると、Responsibility(Response+Abibility)の意味合いは、個人の主体性や自律性から「自己責任」「実行責任」となる。同様にAccountability(Account+ Abibility)は、個人ではなく相手(ステークホルダー等)に対する意味合いから、「結果責任」「説明責任」と捉えると指摘している。そこからPMに関する責任は、ResponsibilityとAccountabilityが共に存在するが、結論的には、プロフェッショナル責任の責任は、Responsibilityである。次の「プロフェッショナル責任とは何か」については、PMIがおこなった調査・研究(Professional Management Professional(PMP) Role Delineation Study)の課題(5項目)について、それぞれの背景と問題点を細かに書いている。これを読むだけでプロジェクトマネジメント・プロフェッショナルの役割と責任が明確になり、何をすべきかが分かる。
プロジェクトマネジメント・プロフェッショナルを目指す視点
―― 5つの極意 ――
著者はあとがきで本書を、全身全霊を傾けて書いたとあるが、この章は他との対比で最もオリジナリティが盛り込まれている。だから紹介にあたり、詳細を書けば著作権の問題に触れるし、大雑把に書けばポイントが何なのか分からなくなる。こうした悩みを抱えて神経を使いながら書いている。只ここで言えることは、5つの極意はPMBOK及びPMBOKガイドを読み込んだ結果として生み出されたものであると筆者は判断している。もう少し付け加えると、著者のプロジェクトの経験とプロフェッショナルとしての精進の結果だと思っている。この極意のキーワードは、「近くのものを遠くから見る」を共通テーマとして、「型は美」と「技は心」に分けて書いている。著者が極意にこだわった点に関して、宮本武蔵の「五輪書」の極意から武道の魂を、P・ドラッカーから人間の真理を見出したと書いている。極意とは、究極のテクニックの意味ではなく「核心となる事柄」で「物事の真理」である。その真理を求めていった結果、「はかない人間としては、その真理に向かってコツコツ努力していくより仕方ない」と言ったドラッカーに感銘した。そしてその言葉を極意の魂と読みとって「近くのものを遠くから見る」境地に達したという。この極意を取得する方法を独自に編み出したのが、右脳(知覚的)と左脳(論理的)を統合的にアプローチしたトレーニング方法である。この方法は大変参考になるので、是非読んでもらいたい。
次のキーワードである「型は美、技は心」であるが、これも武道の教えからきている。柔道、剣道、相撲等々、日本古来の伝統的な武道だけでなく、道と名の付くものには、型がある。この型は先人が残した攻めや守りの構えを含んだもので、無駄の無い型である。だから型はその基本であり、洗練されて「美しい」。一般的にその道を始める人は、型を学びながら上達していく。型には、それぞれ意味があり、稽古を繰り返しながらその技術的、精神的意味を体得している。この精神的意味が、「心」の問題である。型を自分のものする修行の課程で「心」が鍛えられて「技」に繋がる。型をいくら修得しても「技」にはならない。技は、実践(心の鍛練)を通してはじめて修得される。だから「型は美、技は心」である。このことと、先の「近くのものを遠くから見る」(「五輪書」の一説)は、兵法の極意として、合い通じるものがあると著者は書いている。それは人間が「近くのものを遠くから見る」ことのできる機能は右脳の働き(精神)で、これを鍛えることで「技は心」が体得できる。即ち、兵法で鍛え抜かれた技は、瞬時に身を守る判断(意思決定)が出来る。同様に右脳を鍛えておけば、プロジェクトマネジメント・プロフェッショナルでも、瞬時に正しい判断が下せると悟った。5つの極意と書いたので、そのことに触れたい。「型は美」では全体をとらえ、変化をとらえる。「技は心」では、待つ、見えないものに挑む、前提を疑うの5項目である。これは目次の表題であるが、これだけでは何のことか内容が理解できない。詳細説明の必要な方は、矢張り本書を購入して読んで貰うしか方法がないようだ。
プロジェクトマネジメント・プロフェッショナルのためのPMBOK
―― PMBOKガイド超解説 ――
プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル(PMP)がPMBOKを理解していないと、PMP試験に合格できない。それ故に、今更この場で、PMBOKの解説でもないと思っているだろうが、それがPMBOKガイド超解説である。何故、この題名があるのか、この本では「PMBOKガイドを理解するためのコンテキストの解説に重きを置いた」と説明している。しかし幾つかの特徴がある。その1つは、PMBOKの各章に従った解説になっているが、先の5つの極意との関係を明確に位置付けて書いている点にある。逆な見方として、PMBOK及びPMBOKガイドから5つの極意が導き出された思われる。いずれにしても、従来までの単なるPMBOKの解説本とは全く異なっている。その事例は各章全てにわたって書かれているが、気が付いた項目を幾つか拾ってみる。先ず、プロジェクト統合マネジメントは、極意の表現で「全体をとらえるマネジメント」であるとしている。そこでマネジメントとコントロールの違いを明確に図示(ここでは省略)している。更に、決断と判断の区別を以下のように説明している。『マネジメントは「決断」である、コントロールは「判断」である。それは「判断」には、計画やベースラインとう基準=「正解」が明示されてあるが、「決断」には正解はない』と書いている。これは非常に明解である。その基準から、プロジェクトマネジメント知識エリアとコントロールの仕組みが図表化されている。
もう一つ、プロジェクト調達マネジメントであるが、極意では「全体をとらえるマネジメント」である。日本語の調達を英語では、Acquisition(取得)とProcurement(調達)の2つの使い分けがある。Acquisition は、企画から予算の策定、調達、開発、運用、評価に至るプロセスである。Procurementは、Acquisitionプロセスの中の契約に基づいて外部から求める行為(イベント)である。従って、プロジェクト調達マネジメントは、全体のプロセスであるので、本来Acquisitionである筈である。然しながら、PMBOKでは、Procurement と言っている。著者は、この点に関してはっきりと適切でないと書いているが、慣例に従ってProcurementをAcquisition を含む広義な解釈として、大人の判断をしている。この調達マネジメントの中に、契約マネジメントが含まれている。この最終目的は「プロジェクト成功」であって、決して「リスクの回避や転嫁」でないと指摘している。この契約が目的達成のために一方的に片方が有利な関係を明文化するものではない。WIN-WINの関係を維持するために双方が払う努力である。プロジェクトマネジメント・プロフェッショナルはその役割と責任を果たす必要がある。法務部門や調達部門は、法的なチェックが主な仕事と理解すべきである。このPMBOKガイドの超解説には、P2Mでの解釈も記載されている。プロジェクト・コスト・マネジメントのバリューマネジメントには、「価値の認識と評価」等の説明もしている。この本は、PMの基本的なことが数多く纏められている良書である。是非、多くのPM関係者に読んで貰い、実践してもらいたいものである。(以上)
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