今月のひとこと
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「権威の戦略、真の戦略」

オンライン編集長 渡辺 貢成:3月号

 P2M研究会を発足させて1年間になりますが、まず東京、関西が同時に立ち上がり、半年後、名古屋、今年の2月に九州、広島が立ち上がりました。先日発足会のため広島に出かけましたが、そこで広島大学日野教授の「製品アーキテクチャの変革モジュラー・デザイン」という講演を聴きました。日野教授は東洋工業(現マツダ)でトヨタの強みは何か懸命に研究し、「部品の共通化」から「モジュラー・デザイン」という概念に到達しました。この話に感銘したので、今月の一言で紹介します。

 近年はアーキテクチャという言葉が流行っています。もとは建築用語で、建築様式でゴシック様式、ロマネスク様式などと使われていました。ITの世界では、社内のIT化が部門別に行われており、ばらばらの状態ではグローバル化への対応に遅れをとるとの考えで、企業内で統一した設計思想でIT化を見直し、企業内の意思決定のスピードを上げようという考えで、EA(Enterprise Architecture)という言葉が流行りだしました。

 アーキテクチャでいえば、製造業はIT業界より以前から取り組んでいます。米国はオープンアーキテクチャの発想が得意です。T型フォードがその例です。車種から部品までを標準化することで大量生産方式を完成し、自動車を大衆商品としました。パソコンも同じで部品の仕様を標準化することで世界中から安い部品を購入でき、製品の大衆化ができましたが、残念ながら製造そのものが、米国から台湾、台湾から中国へとシフトしてしまいました。
 これに対し日本の乗用車はインテグラル(すりあわせ型)アーキテクチャ方式で、系列の中でしか部品ができない方式を採用しています。例えば、乗用車では「乗り心地のよさ」、「運転性のよさ」等が売り物になります。残念ながら「乗り心地」、「運転性」という部品はないわけで、「乗り心地」は設計で対応するものです。車種にあわせたすりあわせの設計となります。東大の藤本教授がトヨタの強みはすりあわせアーキテクチャ(インテグラル・アーキテクチャ)で、簡単にまねされないから競争力があり、利益が出せると研究成果を発表し、私たちはそのように信じてきました。

 ここまでが私の程度の低い理解でした。日野教授の「モジュラー・デザイン(MD)」の話を聞きました。日本のインテグラル型商品は現在では韓国はじめ他の諸国に品質で勝っていますが、現在その差が縮小しており、次第にコスト競争に突入することになるようです。そこで注目されるのが部品の数の削減です。今自動車の車種は増え続けています。車種が増えても部品の共有化を図れれば、コストダウンが容易となります。トヨタの強みは製品はインテグラル型、部品はモジュラー型で「部品の数/車種」の数値が競争相手に対し、最も低いという特徴があります。次がホンダで、日産はまだ差があるようです。ゴーンさんの念力も、MDまでには及んでいないようです。

 私が感銘したのは次の話です。サムスン社から呼ばれたま理由を質問したところ、日野教授のMDに関する研究論文を韓国サムスン社会長がいち早く読まれて講演依頼がきたそうです。訪問するといきなり会長室に案内され、講演会では最前列に会長の机が運び込まれ、熱心にメモを取っておられたようです。日本ではどうかと質問すると、日本では権威でもない学者から話しを聞く経営者はいませんということでした。なぜ、サムスンは教授を呼んだのかと再度聞きますと、サムスン会長は世界一になるための技術を全部取り込み企業強化を図りたいという話でした。会長自らが世界中の最先端技術を求めていることがわかりました。現在家電のMD化はサムスンが最も進んでおり、部品の数が最も少なく、収益を上げています。日本の家電企業はまだMDそのものの発想がない企業が多いとのことでした。家電の悩みは各社同じ戦略で競争しており、開発の利益が出せないのが悩みだそうです。神戸大延岡教授のMOTの本を読むと家電は「価値創出」は行っているから売れている。しかし、「価値獲得」の戦略がないからコスト競争で共倒れだといっています。

 権威を尊重する日本の経営者は結果的に同業他社と同じ戦略で戦うことになってしまいます。「真の戦略は人のやらないことを自分で考える」ことです。「権威の戦略」の採用は単に自己満足であって、戦中の「失敗の本質」を繰り返すことになるのかもしれません。
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