図書紹介
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「プロフェッショナル原論」
(波頭亮著、筑摩書房、2006年11月10日発行、1刷、199ページ、680円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):3月号

今回紹介の本を購入したのは昨年の11月、直ぐ読んだのだが紹介が遅くなった。理由は幾つかある。それ以前に読んだものでタイミングを失しないで紹介したかったものや、前回の「これから何が起こるのか」(田坂広志著)のように著者の講演会に合わせたものもあった。いずれにせよ筆者は以前から、プロジェクトマネジメント(PM)がプロフェッショナルな仕事術であることにこだわっている。その関係から過去2回、プロフェッショナル論の本を紹介した。一つは「プロフェッショナルマネジャー」(ハロルド・ジェニーニ著、2004年12月号)で、ユニクロ社長の柳井氏が経営の教科書といっているものである。そこでは経営やリーダーシップのあり方を論じている。特に、「三行経営論」(経営は到達目標に向かってどう実行するかを具体化するのが経営者である。それが実行出来ない人は経営者でないとも書いている)はインパクトがある。ユニクロが発展している原点がここにある。次が「ザ・プロフェッショナル」(大前研一著、2005年12月号)である。この本は、プロフェッショナルとしての条件を著者の経験から書いている。特に、プロフェッショナルとスペシャリストの違いを明確に区分している。プロフェッショナルは職業的専門性を貫く「技術的、能力的、人間的な進歩・発展」を怠らない「自己改革」にチャレンジし続ける人でなければならないと書いている。その意味では、今回紹介の本に共通した点がある。

この本を紹介する以前から「プロフェッショナル」という言葉が気になっていた。その中にNHKが2006年1月から放送している「プロフェッナル仕事の流儀」がある。この番組は、キャスターである茂木健一郎氏(新進気鋭の脳科学者)が各界のプロフェッショナル(個人)を紹介していて、以前の人気番組「プロジェクト]」に引き継がれた専門的職業に徹するプロフェッショナルな生き方や考え方を捉えたヒューマンドキュメントである。ここでこの番組を取り上げたのは、キャスターの茂木氏が毎回同じ質問をしている点にある。それは出演者であるゲストが持参している「こだわりの道具」と「プロフェッショナルとは何か」を確認している。特に、毎回ゲストに「プロフェッショナルとは」を聞き出している点は、今回のテーマと重っている。その答えはそれぞれ視点が多少異なるが、共通するキーワードがある。それはA・マズロー(アメリカの心理学者)が唱えた「人間の欲求5段階説」(生理的欲求,安全の欲求,親和の欲求等5段階ある)の最後の「自己実現の欲求」のあくなきチャレンジ(人間としての成長)ではなかろうかと思われる点である。

プロフェッショナルとは   ―― 生れつきのプロフェッショナルはいない ――
先に紹介したようにプロフェッショナルには、いろいろな視点があることをNHKの番組は教えてくれる。スペシャリストとの違いは大前氏が、PMに関してはこのPMAJが説いている。プロフェッショナルに対してプロとも言われているが、この件に関し一言触れておきたい。「プロとは、プロフェッショナルの略であるが、プロダクションやプログラム等も含まれている。更に、接頭辞として前、順向、支持、賛成、知〜(知日派など)として使われる」(ウィキペディア(Wikipedia)より)とあるようにプロの範囲は広い。因みに、今回紹介の本に類似のプロフェッショナルと題する書籍(副題も含めて)を調べたら、アマゾンで845冊もあった。現時点での売上順では、ドラッカーの「プロフェッショナルの条件」が1位で、この「プロフェッショナル原論」は9位であった。NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」も書籍化されていて、こちらも11位にランクされていた。話が横道にそれたので本題に戻ろう。この本でのプロフェッショナルの定義は、「高度な知識と技術によってクライアントの依頼事項を適えるインディペンデントな職業」と書いている。更に、プロフェッショナルを形態的要件と意味的要件に分けてに説明している。この形態的要件には、以下の3点がある。@職能的に極めて高度な知識や技能を保有している。A仕事は特定のクライアントの問題解決をする。B身分は組織内でも個人として責任が負えるインディペンデントである。次に意味的要件とは、インディペンデントあるが故に職業の使命や規範が求めらる。これが公益への奉仕であり、厳しい掟の遵守である。これはプロフェッショナルの語源(Profess:神に誓いを立てて、職とする)から来ている。即ち、プロフェッショナルは職業人でも、心身共に鍛え抜かれた職能的達人に近い人たちである。

一般的にプロフェッショナルな職業として知られているものに、医師、弁護士、公認会計士等がある。この職業は、厳しい国家試験に合格して取得された個人の身分資格でもある。同様に、建築士、看護士、税理士、保健士、栄養士等々他にも沢山ある。これらの方々も国家として職業身分を証明、保証している。だから顧客である国民は、安心して仕事を任せ報酬を支払っている。この著者も書いているが、経営コンサルタントと称する資格は、現在国家資格になっていない。だから自分で勝手に名乗っているので、実績や知名度がある人が活躍している。有名なコンサルティング会社のコンサルタントは、会社の認知度によって顧客から信用され、ビジネスとしている。会社の後ろ盾イコール実力ではないので、個人の厳しいプロフェッショナルとしての能力、努力、体力が必要であると書いている。医師、弁護士等の代表的な職業から、高い職能(高い報酬とも思える)と公益への貢献性があるので、プロフェッショナルの魅力となっている。しかし、この資格を取得するには厳しい試験に合格する試験勉強という努力の過程が背景にある。高い山に登るにはそれなりの準備と時間が必要である。仮に資格を取得してもプロフェッショナルになるには、それ相当の更なる精進が必要である。生まれつきのプロフェッショナルな人はいない。だから職業人としての高い技能と厳しい自己成長を求め続けなければならないと纏めている。

プロフェッショナルの掟    ――仕事、顧客に自分の全てを捧げられるか ――
プロフェッショナルの掟とは、プロフェッショナルの祖といわれた「ヒポクラテス(古代ギリシアの医者で、原始的な医学から迷信や呪術を切り離し、科学的な医学を発展させた。弟子たちに、医師の倫理性と客観性を重んじて掟を定めた)の誓い」からきている。著者は、これを現在の職業人(ここではコンサルタント)について書いている。全部で5項目あるが、一般的に従来から使われている言葉でもコンサルタント側から見ると随分違っているものがある。この点はコンサルタントとしての自負から出ている解釈かも知れない。@顧客利益第一(全てはクライアントのため)であるが、「お客様は神様ではない」という。このポイントは、顧客の意見に迎合しては冷静な判断で本当の利益追求は出来ない。顧客に従順に従って責任逃れをするなと戒めている。更に、顧客の言うことを聞き入れることで、結果として自分の利益(会社の利益も含め)になるような安易な考えで行動してはいけない。あくまでも顧客の利益を最優先事項として考えるべきで、自分の利益は結果としてついてくる。一般的には顧客(消費者)と提供者(会社)は、顧客が上で提供者が下のような昔からの商売通念がある。だから「お客様は神様である」と言われている。最近では、顧客と提供者は対等に近い関係(前月号のWeb2.0で主客融合革命が起きていることを紹介した)にある。だが著者は、顧客との関係は非対等(医師と患者の例)であり、「お客様は神様ではない」といっている。その意味でプロフェッショナルは極めて厳しい倫理観や自己規制が求められると書いている。残りの4つに関しては、この本を読んで頂きたい。

このプロフェッショナルの掟はコンサルタントの職業倫理観や規範を書いているが、会社としても一般の会社と違った仕組みや運営ルールがありそれを紹介している。言うなれば、個人(コンサルタント)を厳しく律するための組織や、独特なルールである。先ず、会社をファーム(Firm)と呼んでいる。この呼称は、アメリカの弁護士や会計士の事務所がファームと言っていることからプロフェッショナルな組織に合わせて、一般の会社との差別化を図ったようである。その組織は、パートナーと呼ばれる出資者とそれをサポートするアソシエイト(幹部社員)で、これらを総称してコンサルタントのプロフェッショナルと言っている。その他社員は、ジュニアー(見習い)と呼んでいる。それぞれが独立して仕事をしているので、非常に単純な組織である。むしろコンサルタントの固有のルールがユニークである。先ず、営業はしないと言うのがある。顧客(コンサルタント会社ではクライアント:依頼人と呼んでいる)は依頼者で、依頼されてから仕事が始まる。だから営業や宣伝は必要ないという。確かに、医師や弁護士はそれに当てはまる。しかし、コンサルテーション会社にも営業担当がいる所も多く、現実には多少違っていると思われる。それとコンサルテーション料金と報酬の関係も興味ある。一般的には、見積書があって顧客との売買価格(単価×作業工数+アルファー)が決定されるが、報酬の支払いは成功報酬禁止の原則がある。プロフェッショナルは、責任を持って依頼者に答えるので無責任な仕事を排除する意味でこの原則があるという。これは報酬によってコンサルテーションの責任範囲が変わるのではなく、失敗しないというお互いの信頼関係があることを意味している。

プロフェッショナルがプロである理由  ―― 仕事以外でも生き方にコダワル ――
プロフェッショナルを職業としている人は、私生活でもプロフェッショナルであるようだ。この本で、経営コンサルタントや医師の例が紹介されている。先ず仕事振りであるが、20時間睡眠と書いてある。殆んど寝ながら仕事をしているのかと思ったら、週に20時間睡眠とあった。30時間とれればいい方であるというから、一日3、4時間足らずである。多分一年中この状態ではなかろうが、普通のサラリーマンよりかなり少ないと思われる。筆者も睡眠時間は少ない方だが、平均で5、6時間である。これは何十年間か生活している過程で徐々に短くなった。そういえば昔、「4当5落」といわれた時代の名残が体のどこかに残っているからであろうか。それにしても一日3、4時間の睡眠はハードである。余程の精神力と体力がないと続かない。それを続けられる人がプロフェッショナルなのである。プロフェッショナルには共通の行動特性があると書いている。先ず、行動的(タフでアクティブでクイックアクション)であるという。筆者の友人が経営コンサルタントをしている。偶にメールのやり取りをしているが、必ず返事をよこすがそのレスポンスが早い。そして骨身を惜しまず調べ、自分の知らないことはその道の専門家を紹介してくれる。そのメールの発信時間が真夜中や、朝方である場合もある。いつ寝ているのかと、人事ながら気になるほど行動的である。とても同世代の人とは思えないプロフェッショナルな人である。

次に、意欲的、個人主義的、論理的であると紹介している。意欲的で論理的なことはプロフェッショナルの特性というより、コンサルタントの職業特性ではなかろうか。特に、論理的思考という点に関しては、コンサルテーション会社の代名詞的意味あいで使われている。個人主義的なことに関しては、冒頭プロフェッショナルの定義でも書いてある通り、元々インディペンデントな職業だから、言わば職業的な特性である。昔からのプロフェッショナルと言われた名工や名人は、拳固で一徹である。その道の専門性は他に比類なき技がある。名工、名人で思い出したが、分かり易いプロフェッショナルの例え話を聞いたことがある。現在でも家を建てる大工さんは沢山いるが、プロフェッショアンルではなくスペシャリストである。プロフェッショナルと言われる大工さんは、棟梁である。この話は、PMマネジャーがプロフェッショナルかスペシャリストかの論議で出されたと記憶している。多くのPMマネジャーは、残念ながらスペシャリストの範疇に入る。プロフェッショナルと言われる人は、PMの技術力だけでなく顧客からもスタッフからも人間的な魅力、オーラのようなものがある。これは幾ら努力しても身に付くものではない。だが努力し続けなければ身に付かない。発明王エジソンが「天才とは1%のひらめきと、99%の努力である」と言っているように、PMマネジャーもこの「99%の努力」を重ねてプロフェッショナルの域に到達できる。チャレンジし続けるから進歩があり、プロフェッショナルとなる。PMAJがプロフェッショナルな人材を育成する場として、皆に活用されることを期待したい。(以上)
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