図書紹介
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「これから何が起こるのか」  ―― 我々の働き方を変える「75の変化」 ――
(田坂広志著、PHP研究所、2006年12月11日発行、1刷、317ページ、1,500円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):2月号

この本は、題名にもある通り現在のインターネット時代の次にくる社会変化を予見した本である。そのベースとなっているのが、「ウェブ2.0革命」であるが、このウェブ2.0に関する詳細は、先にここで紹介した「ウェブ進化論」(梅田望夫著)に書いてあるので参考にされたい(2006年6月号)。所で著者である田坂氏は、ご存知の通りPMAJ主催のPMシンポ2005で基調講演をされている。題目は『なぜ知識社会では、「人間力」が求められるのか』であった。詳細は雑誌ジャーナル(2005年No.24号)に掲載されているが、そこで述べられている一部のことが、今回紹介の本のキーワードとなっている。そして社会の変化を見るポイントは、ヘーゲルの弁証法的視点であるという。ヘーゲルの弁証法は物事がらせん的に発展し、直線的な進歩・進化ではないと事例を挙げて説明している。具体的には、インターネットで普及しているオークション(逆オークションを含めて)は目新しいものではなく、昔の「市場のセリ」のインターネット版である。更に、eラーニングにしても「寺子屋」のパソコン版である。これらの事象は新しい技術革新と共に進歩・進化しているように見えるが、見方を変えると動いているが前進していない。即ち、らせん階段を横から見ると着実に上がっているが、上から下を見ると同じらせん状をグルグル廻っている。これは「未来に向っての進歩・進化と原点回帰が同時に起きている」と述べている。この点も考慮して、この本から「75の変化」と「これから起こること」を紐解いてみたい。

この本の巻末に著者の略歴が書いてあるが、ここでどうしても紹介しておきたい点がある。著者は、産業インキュベーターとして多くのベンチャー企業を育成され「社会起業家フォーラム」を設立され、社会変革に取り組んでいる。更に、「未来からの風のフォーラム」を主宰されて、自ら「風の便り」を毎週配信している。参考までに著者の公式ページ「未来からの風」を覘いてみた。そこに自分のメッセージを「6つのブロック」に分けて、「新しい風」(著者の講演会等の活動報告)、「未来からの風のフォーラム」(読者の広場)、「風の便り」(著者の最新メッセージ)、「風の対話」(21世紀のリーダーが身に付けるべきもので、今回から生産性についての連載)、「風の言葉」(著者の言葉)、「風の講話」(著者の講話集等の紹介)として情報発信している。ここで著者が風といっているのは、「新しい風=変化」であり、「風の便り=言葉(言霊)」であり、「風の対話=知の営み」である。このフォーラムを通じて、新しい時代の生き方や働き方を学ぶコミュティを築いている。そして新たなソフィアバンク・ラジオ・ステーションを開局して、インターネットで毎月メッセージが聞ける試みをしている。このインターネット・ラジオは、ユビキタス時代にマッチした最新の情報提供方式として実現している。

これから起こること(その1)     ―― ネット革命がもたらすもの ――(衆知創発の革命)
この本の冒頭で著者は、「ウェブ2.0革命」が資本主義の全てを変えていくと書いている。その位の大きな変化が我々の目の前で起きている。インターネットが世界中に普及して10年強、現在の「ウェブ2.0革命」と言われるもののインパクトは大きい。この本は「ウェブ2.0」の詳細には触れていない。興味のある方は、先に紹介した「ウェブ進化論」(梅田望夫著)で確認されたい。そういえば、最近本屋に「ウェブ2.0」と題する本が多くなったが、梅田氏の本は新書版でもあり、コンパクトに丁寧に詳細を説明している。所で、この「ウェブ2.0革命」もインターネット上で起きている問題である。著者は、これらの問題を包括して「ネット革命」=「情報革命」と書いている。ネット革命が我々の社会生活にもたらす影響は大きく、普段の生活様式を変えている。身近な携帯電話やパソコン等の情報機器は、家庭から学校、職場に至る生活プロセスを変化させた。著者は、この本で革命という言葉を多く使っている。これは20世紀後半に東欧・ソ連の社会主義体制が崩壊した背景には、ラジオ・テレビ等の情報技術の進歩が国境を越えて体制を変える大きな力になったからであろうか。このことには触れていないが、体制に都合のいい情報統制は、技術が政治を凌駕して情報差別を無くしてしまった。それは「情報のバリアフリー化」を意味し、現在では更に進歩して「ブロードバンド革命」となった。この「ブロードバンド革命」は、回線つなぎ放題の料金の壁を破り「コスト・バリアフリー」を押し進めた。そしてインターネットは、誰でも、どこでも、いつでも安く使える「草の根」化して、携帯電話とパソコンが必需品化した。これらが一体となって、現在のブログ[ウェブ上に日記や論評などを記録(ログ)しているもので(ウェブログ)、その略称がBlog]が普及し、「草の根メディア」化し、これらの情報が共有化されて「ナレッジの共有革命」に繋がっていると書いている。

ナレッジ共有化については後半で触れるので、「情報のバリアフリー化」の次にくる変化について追ってみる。著者は、「衆知創発」の革命へ進化すると書いている。情報が瞬時に世界中にゆきわたる時代である。2001年9月11日、ニューヨークで起きた同時多発テロでWTCのツインタワーが炎上する衝撃的な映像は、リアルタイムで世界中に伝えられた。同時に、この被災者の安否を気遣う生存情報は、民間レベルでも「草の根情報」としてインターネットで公開されていた。著者は、「情報のバリアフリー化」により情報がオープンな状態となり、それをベースに皆(衆知)が情報を補完し、新たな創発に向かって動き出していると指摘している。具体的な事例として、パソコンのOSである「リナックス(Linux)」や、ウィキペディア(Wikipedia、誰でも自由に利用できる百科事典で、投稿したり編集することも出来るもの)を挙げている。従来のインターネット上のフリーソフトや公開資料は、ダウンロードして使用したり、見るだけであった。しかし現在では、ブログも情報がバリアフリー化されて双方向の創造が可能となり、多くのブロガー(ブログを発信している人)の書き込みで「電車男」が生まれ、出版されたのは顕著な例である。これも「三人寄れば文殊の智恵」のWeb版で、へーゲルの弁証法的進化であり、それを実証している。ネット革命が情報のバリアフリー化から、衆知創発、共感創発に向かうと予見している。

これから起こること(その2)   ―― 生産者や消費者にもたらすもの ――(主客融合の革命)
ネット革命の二番目の大きな潮流は、「草の根メディア革命」であるという。先の「情報のバリアフリー化」で、だれでも簡単にネット上の情報を入手することが可能になった。更に、eメールの普及で入手された情報から自ら情報発信することも可能になった。そしてウェブ2.0で双方向の情報交流が活発化して、先の衆知創発と一体化して新たな潮流を生み出している。それが「プロシューマー型開発」の実現である。この本では『プロシューマーとは、アルビン・トフラーが著書「第三の波」で予言した「新たな消費者像」である。本来は「生産過程に深く関わる消費者」(生産消費者)を意味している。』と補足し、これがネット革命によって、現在身近なところで「市場が進化」していると述べている。具体的に多くの例を挙げているが、著者が副題でいう「75の変化」の半分以上のケースがこの類に入っている。だから情報が変わり、プロセスが変わり、流通が変わり、金融が変わると自然に社会が変わらざるを得ない。資本主義が変わるといっても過言でない状態である。この本ではネット書籍販売の大手「アマゾン」の事例として、購入する本を検索するとその書評も同時に読むことが出来ることを紹介している。この書評は、一般の読者が勝手に書き込んでいるので参考になるが、アマゾンでも、出版社でも、著者でもない消費者が勝手に評価して薦めている。これは消費者と生産者が一体となった「主客融合」の状態である。これとは別に個人的な書評ブログも多数あり、生産消費者がウェブ上に誕生している。

この「主客融合」が「プロシューマー型開発」から「ギャザリング販売」や「アフリエイト・マーケティング」と呼ばれるものに進化して新たな市場を形成していると指摘している。
因みに「ギャザリング販売」とは、共同購入によるディスカウント販売であり、「アフリエイト・マーケティング」とは、個人のブログサイトで気に入った商品を紹介する仕組みである。共同購入も商品紹介も決して新しいものではないが、個人(消費者)が自分の意思で率先して人に勧めるている。これは従来の生産者が独自戦略で市場をコントロールしている訳ではない。顧客中心市場から「主客融合市場」へと進化・発展していることを意味している。所謂、ビジネスモデルの変化であり、進化である。この点に関して著者は、これから生産者は消費者に「三つのワン・サービス」が要求されると予見している。一つ目のワンは「ワンテーブル・サービス」で、特定ジャンルの商品を一つのテーブルにのせて比較・評価するサービスで、価格・comアットコスメ がある。二つ目のワンは「ワンストップ・サービス」で、特定ニーズに関連する商品やサービスに関する情報を提供するサービスで、オートバイテルウィメンズパークがある。三つ目のワンは「ワンツーワン・サービス」で、顧客にワンツーワン(1対1)でアドバイスしてくれるサービスで、フィナンシャル・プランナー等の専門家サイトがこの範疇に入る。これらのサービス情報は、ネット上のブログ・コミュニティ内で相互交換されている。著者は、これをブロゴスフィア(blogosphere、ブログ圏)と呼んでいる。このウェブ革命では、ブログ・ウォッチングが重要なキー要素となり、新たな「主客融合」のマーケットを生み出す可能性を見ている。

これから起こること(その3)    ―― 政治・経済・社会にもたらすもの ――(感性共有革命)
今まで「ウェブ2.0革命」で述べてきた「情報バリアフリー革命」と「草の根メディア革命」が統合して、「ナレッジ共有革命」になり、さらに「感性共有革命」になっていくと予見している。これは世界中をカバーするウェブ上の情報(データ類も含み)が、国や組織を越えてナレッジ(知識)の共有化を促進している。この結果、従来の知識社会での「専門家の知識やデータ」を必要とせず、誰でも簡単にネット上で入手可能な時代となった。これからは専門的知識ではなく、専門的「智恵」が求められるという。知識と智恵の違いをひと言で述べると、人から教わったり学んだものが知識で、自ら考え出したものが智恵である。だから智恵にはその人や諸先輩の経験等のオリジナリティがある。著者は、この点を従来の知識社会のナレッジワーカー(知識労働者)との違いを、次世代の「求められる人材」と「活躍する人材」として分かり易く説明している。これからは職業的な智恵を持った人材として「知的プロフェッショナル」こそが、ネット革命時代のあるべき人材像であるという。更に、この人材像は、さらに進化を遂げるので「アーティスト」ではないかと予見している。そういえば、プロジェクトマネジメント(PM)が、サイエンスかアートかという論議をしたことを思い出した。究極的に求められる人材像は、オリジナリティを常に追求し続けるプロフェッショナルなのである。

著者は、資本主義が変わる具体的なキーとして、「人材資本」「企業収益の進化」「知識創発」であると述べている。「人材資本」は、従来のストックからフローに変化して人的ネットワークへと変化していく。「企業収益の進化」は、企業収益だけでなく知識収穫・関係収穫・評判収穫・文化収穫と無形のリターンを求める方向に向かう。「知識創発」は、知識を創発する環境(著者は、知識の生態系を形成すると書いている)=人的、社会的ネットワーク構築へ進化するという。詳細に関しては本書をお読み頂きたい。資本主義の大きな要素である経済原理の進化については、マネタリー経済から「ボランタリー経済」に変化すると書いている。この「ボランタリー経済」は、経済価値を貨幣交換から、好意や善意による自発的な財貨やサービスを提供する「非貨幣経済」を意味している。全てがこの「ボランタリー経済」に移行するのではなく、相互に融合すると予見している。無料のオープンソフトであるリナックスが、「レッド・ハット」等のように営利化している例が、その顕著な兆候であると指摘している。最後に、日本人の伝統的考え方(「一隅を照らす、これ国の宝なり」の最澄の言葉を精神的支柱とする人材観、「働くとは、傍を楽にする」という労働観等)がウェブ2.0革命と一体化して「日本型資本主義」へ回帰すると結んでいる。(以上)
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