図書紹介
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「アメーバ経営」  ――― ひとりひとりの社員が主役 ――
(稲盛和夫著、日本経済新聞社、2006年09月15日発行、1版、256ページ、1,500円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):1月号

著者の稲盛氏は、今回紹介の本に続いて最近「日本の社会戦略、世界の主役であり続けるために」(堺屋太一氏と共著、PHP新書)を出された。これを含めて同年に3冊の本を出版されている。参考までに調べてみたら、1994年に「新しい日本、新しい経営」(TBSブリタニカ社発行)を書かれて以来24冊もある。毎年数冊の計算だが、多い年では5冊という時(1998年)もあった。これら多くの著書は、経営と人間の生き方論を書いている。今回も題名のとおり経営に関するものである。著者は日本を代表する経営者である。堺屋太一氏がある雑誌に『日本的経営をつくった松下幸之助、ポスト日本的経営を標榜する稲盛和夫。二人の「経営の神様」が成し遂げた偉業』を書いている。その中で「松下幸之助氏は、企業、国家の繁栄を通じて平和と幸福の実現という人生哲学を目指された。稲盛氏も仏門に帰依され、稲盛財団を創設され、「盛和塾」を主宰して人生哲学を率先されている。共に信ずるところの哲学を実現することに、凄まじい情熱パッションがあり、自分の信念を揺るぎなく信じて既存の権威に頼ろうとしない」とある。今回はその稲盛氏についてであるが、経営哲学はこの後半部分で書くので、人生哲学に関する部分について少し触れておきたい。

著者は人生哲学の実践の一つとして私財を投じて「稲盛財団」を設立(1984年)された。その設立目的に「人のため、世のために役立つことをする。そして人類の未来は、科学の発展と人類の精神的深化のバランスがとれて、初めて安定する」という理念が書かれてある。その事業として「京都賞」(人類の科学、文明、精神的深化の面で著しく貢献した人を顕彰し、今後その面での発展の刺激とする)を設けている。2006年度は思想・芸術部門で三宅一生氏(デザイナー)が「東西文化の融合と最先端技術の追求によって、衣服の革命的な発展に寄与した」として受賞された。他に先端技術や基礎科学に貢献した2名の人も含まれている。受賞者は賞金5,000万円他が贈られたとある。もう一つ「盛和塾」(1983年設立、会員数3,828名)の活動もされている。これは人としての生き方の[人生哲学]と、経営者としての考え方[経営哲学]を学習する私塾である。ここで著者は、心ある若手企業経営者こそが明日の日本を支えるとの信念に基づき、ボランティア活動として取り組んでいる。そしてその哲学から、「動機善なりや、私心なかりしか」の稲盛語録を残している。これは筆者が15年前に著者の講演で聞いたものである。著者は、それ以前から現在に至るまでこの人生哲学と経営哲学を有言実行されている。

アメーバ経営の哲学     ―― ひとりひとりの社員が主役 ――
著者は、経営には哲学が必要不可欠であり、その哲学は経営者の生き方、考え方であると同時に企業理念ともなると書いている。その考え方の判断基準がシッカリしていないと軸振れして、顧客、株主、従業員、取引先等からの信頼を得ることが出来ず、企業の発展・繁栄は望めないと厳格に律している。それは「人間として何が正しいか」を常に基準として、「動機善なりや、私心なかりしか」を考えて結論を出している。この基準のベースは、西郷南洲翁遺訓の言葉「敬天愛人」(天は道理であり、道理を守ることが敬天である。愛人とは、人は皆自分の同胞であり、仁の心をもって衆を愛することである)からきていて、これが『京セラ』の社是となっている。いずれにしてもこの哲学からつくられた経営理念は、「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」と現在でも創業以来変わっていない。ここでこの経営理念から、なぜ「アメーバ経営」になったのかを確認したい。アメーバは、「肉質類の原生動物の総称。単細胞で、増殖は分裂による。たえず形を変えて、淡水・海水・土壌中に広く棲む」(大辞泉より)とあるように、単細胞は従業員、増殖は組織拡大を意味し、たえず形を変える組織体を表している。「アメーバ経営」のキーは、従業員を最小ユニットとした人を中心とした経営である。そしてその組織が大きくなると分裂して、更なる組織として増殖していく。会社組織は一定でなく、市場や社内の状況に応じてたえず形を変えながら進化していくものである。

アメーバ経営は、先の経営哲学をベースにした会社運営に関わるあらゆる制度と深く関連し、トータルな経営管理システムであると説明している。そして最小ユニットを構成する組織には、幾つかの条件が充たされないと成立しない。逆にこの条件が成り立てば組織はドンドン細分化され、増殖していく。その条件は@アメーバが独立採算組織として成り立つ単位であること(アメーバ組織として収支を明確に把握して黒字化する)。Aビジネスとして完結する単体であること(リーダーがアメーバ組織の経営にあたり、創意工夫する余地があり、やりがいを持って事業ができる)。B会社の目的、方針を遂行できるように組織を分割すること(組織を細分化しても、会社の目的や方針が阻害されない)としている。要は、どんなにいい理想の組織でも独立採算がとれないものは、会社組織としては成立しない。更に、この本の副題にもあるとおり、「ひとりひとりの社員が主役」であるための方策として「全員参加経営の実現」を目指している。そしてその実行部隊のリーダーにも、経営哲学が必要であると説いている。具体的には、リーダーは人格者でなければならない。仕事だけでなく、常に自分を律して自己研磨し、心を高め、心を磨き、集団を正しい方向に導く努力を怠らないことが必要であると繰り返し述べている。これは我々プロジェクトマネジメント(PM)に携わる人間としても全く同じであり、肝に銘じておきたい。

アメーバ経営の組織   ―― 現場主役の組織 ――
アメーバ組織は最小ユニット(著者はアメーバと称している)だけでは成り立たない。京セラの従業員は約12,000名で、関連会社(184社)を含めると約61,500名となり、アメーバとして管理することは不可能である。それらの会社毎に、機能別に統括する部門が必要である。これは一般の会社と余り変わらないが、営業・製造・研究開発・管理と4部門に単純化している。詳細な組織は分からないが、それらの部門内は、各製品別に事業本部となっていると思われる。そこで、それら各事業本部が、会社全体として方針通り機能するかどうかを統括しているのが、経営管理部門であると書いてある。アメーバ組織を一括管理・調整する、会社の司令塔がある。だからそのための社内ルールづくりが重要となる。次に各アメーバの実績(売上・生産・経費・時間)を正確にタイムリーに把握するインフラ構築も不可欠である。この実績の集大成したものが会社決算となるが、個々の数字と全体の数字を合わせた経営実態をありのままに伝えるルールづくりも大切であると指摘している。そしてこれらのルールは、全社的に公平、公正に運用されなければならない。この公平、公正の原則は、全部門が平等な条件であることが前提である。ここまでの組織運営をおっていくと、管理部門主導型の組織のように見える。しかし、実態は現場が主体の採算管理システムとなっているので、「売上最大、経費最小」を実行する部隊が主役で会社を動かしている。アメーバ組織のリーダーは、部門経営の責任者であり統括者でもある。

このアメーバ経営のキーである「アメーバの独立採算性」が、現場を主役にする経営システムである。具体的には、社内の各アメーバ組織が、仕入・生産・販売の機能を持った独立採算制を執っている点にある。各部門間の社内取引が前提にあって、各部門で利益を上げる仕組みは、マーケットでの競争と同じように社内競争(営業と製造)があることを意味している。だから、全部門が平等で、公平に公正な取引が行われなければならい。更に、自分の部門の採算がどんなに良くても、その製品が一般マーケットで通用しなければ、会社全体としての売上や利益は確保できない。そこで現場の営業部門と製造部門が、共に発展する方策を協力して模索しなければ会社の発展は望めない。この点に関して、著者は幾つかの問題点を書いている。社内取引での値決めに関しては、社内とはいえ利害が対立する。そこで市場価格と製造原価を見極めた「値決めとコストダウンを連動させた」価格をリーダーとしての経営責任者が判断する。そして最終的には、「営業と製造が共に発展する方策」を考え、実行するための創造的な仕事をする。そのための努力を組織内で徹底的に実行する。それでも駄目なら、事業を継続出来るのか、中止せざるを得ないのか、第三の選択はあるのか真剣に検討して結果を経営層に報告する。その最終判断は経営幹部が下すのだが、この「会社全体のために」営業と製造部門が一体となって活動する意識が、ひとつひとつのアメーバを強くしている。その結果、現場が主体となり会社を牽引していく原動力となっていると著者はいう。

アメーバ経営の真髄    ―― 時間管理とリーダー育成 ――
アメーバ経営は、最小ユニットの独立採算制による現場主体の経営システムである。それを精神的に支えているのが、「人間哲学=経営哲学(ひとりひとりの社員が主役)」である。一方で組織的に支える管理システムがある。それが「京サラ会計原則」(時間当たり採算表)である。実はこの時間当たりの採算表が、先のアメーバ経営の独立採算制の評価基準となっている。この採算表の仕組みを見てみよう。原点は単純に「売上最大、経費最小」の考え方が貫かれている。一般的な価格構成を単純化すると、標準原価としての製造原価(材料費、労務費、製造経費等)に社内経費(営業経費や一般管理費等)を加算し、それに会社(営業)としての粗利を加えたものである。これに対して、時間当たり採算表では、先ず市場価格=売買価格(社内取引も含めて)がある。そこから逆算して、製造原価と社内経費と粗利が決まる仕組みである。それら過去の数値指標が実績として掲載されているので、各アメーバ部門ではどう製造原価を圧縮しなければならないかが、明確に分かる。営業部門でも一般管理部門でも経費最小化の努力が製品ごとに、全ての部門で実行される。即ち、いつの時点でも市場価格で製造も営業も利益を出すための努力が成されている。この社員の原価意識から、向上心や競争意識が向上している点が、原価積上げの標準原価方式とは根本的に違うと著者は強調している。更に、この方式から多くの創意工夫が生まれている。一つは製造部門がコストセンターからプロフィットセンターになっている。それは先の市場価格から逆算する過程で、製造部門の付加価値が自然に見えるからである。更に、月次決算で数値化された結果から、具体的な成果や目標が見えるので、現場のアメーバユニットの次なる行動指針となり、意識の一体感がうまれて全社的な力となっている。

ここで時間当たり採算表をつくり出す背景にある「京サラ会計原則」について触れて置きたい。全部で7つあるが、その代表的なものを紹介しよう。先ず「一対一対応の原則」について、これは会計処理伝票が一件一伝票である原則を意味している。普通の会計処理では、どこの会社でもこの原則である。しかし実際は、現場優先でその時の状況に応じて複数件まとめた伝表処理するケースも多い。この原則を守らないと、製造原価や売上計上の正確な把握が出来なくなるばかりか、伝票操作や簿外取引等の不正発生の原因となる。そこで誰が見ても、モノとお金の動きが「一対一対応」であることが分かるガラス張りの仕組みが必要である。他の原則に「完璧主義の原則」や「筋肉質経営の原則」等があるが、興味のある方はこの本を読んで頂きたい。もう一つ「京サラ会計原則」(時間当たり採算表)には重要なポイントがある。時間当たりの採算表とあるように、原価と売上が時間管理されている点である。製品や部門単位に、時間当たりのコストと利益が分かる仕組みとなっている。だから全社的な効率性や採算性の指標として、誰が見ても一目瞭然である。この数字を元に経営が会社の方向性を判断して、アメーバリーダーが組織を引っ張っている。アメーバリーダーはこの活動から、経営を自然に学び、リーダーとして育成されている。PMでのコスト見積や進捗管理で、人月(Man-Manth月単位)で実施しているIT関連会社が多いのが実状である。しかし、上述のようにアメーバ経営では、日数単位(Man-Day)から時間単位(Man-Hour)へと精度を上げた管理がおこなわれている。この本はその管理のきめ細かさも教えてくれる。IT関係者には、是非読んでもらいたい本である。(以上)
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