図書紹介
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「見切る!」  ――― 強いリーダーシップの決断力 ――
(福田秀人著、祥伝社、2006年09月15日発行、1版、219ページ、1,400円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):12月号

今回は、久し振りのリーダーシップ論である。この連載を始めて5年以上経過するが、過去にリーダーシップ論を紹介したものは7,8冊ある。記録を遡ると「リーダーの資質」(稲盛和夫著、2002年1月)、「EQリーダーシップ」(D・ゴールマン、ホヤツィス、A・マッキー著、土屋京子訳、2002年9月)、「ドラッカーが語るリーダーの心得」(小林薫著、2004年9月)他にカルロス・ゴーン氏等の著名リーダーが書かれたものである。どの本もいろいろな切り口でリーダーシップを論じている。稲盛氏は「リーダーは人格である」、EQでは「天性だけなく、自らが成長するもので、それを組織として育てるべきである」、小林氏は「自分を律する人、プロフェッショナルである人」と書いている。ドラッカー氏も人間として信頼できる、時間管理できる、企業貢献できることを挙げている。こうしたリーダーシップのあるべき姿に対して、その決断力はどうであるべきなのかを書いたものが、今回紹介の本である。この副題にもある通りこの本は、リーダーシップの決断力に着目している。

この決断力に関しては、昨年ベストセラーとなった「決断力」(羽生善治著)がある。この本と今回紹介の本から「決断力とは何か」に関し少し触れてみたい。羽生氏は、プロの棋士として「決断力は直感力と集中力と情報力である」と書いている。勝負の決め手となる決断には、生まれ持った直感力が大きな意味を持ち、氏の経験から直感の7割は正しいという。作家の五味康祐氏は「直感は過たない、過つのは判断である」という言葉を残している。更に、真剣勝負の判断力の背景に集中力があることを指摘している。武道だけに限らないが、真剣勝負には命(地位や職業も)が掛っているので集中しなければならない。精神の集中には、昔から「無我の境地」が必要といわれている。氏は、勝負や自分の感情のコントロールが不可欠であり、決断は結論を出すための判断である。判断するために必要な情報と経験(知識)も大切な要素である。必要な情報とは、決して多いことを意味していない。更に「選ぶ」情報と「捨てる」情報があるという。情報は集めることではなく取捨選択して自分のものとして使えるかどうかである。その判断基準がポイントであると羽生氏は書いている。今回の本は、情報や人や組織を「選ぶ」「捨てる」決断力がリーダーシップであると書いている。この観点から改めてリーダーのあるべき姿をみてみたい。

強いリーダーの条件(その1)     ―― ノーと言える人 ――
この本にノーと言えなくて失敗したプロジェクトが幾つか紹介されている。その事例から著者は「コンコルドの論理」や「カレンダーの論理」と称する「リーダーの事なかれ主義」(無責任)を指摘している。この論理は非常にわかり易いので「カレンダーの論理」を紹介してみよう。最近でこそ少なくなった企業のカレンダー配りは、営業部門の年末行事であった。そのカレンダーを経費削減の理由で中止する「決断」を迫られたリーダーの判断を問題にしている。カレンダー配布を中止した場合の顧客側のマイナスイメージ(今まで通りのことが出来ない、そんな経費も出せない、他の会社は従来どおりやっている等)だけを考えて、「見切り」をせず継続している。「やろう」という意見は言えても、「やめよう」という結論を何故か先送りする。この問題のポイントは、カレンダーを中止しなければならない本質を見失っている。カレンダーの費用効果と売り上げと利益の関係を見極めないで、顧客や競争企業の顔色を気にして問題の本質を直視しない「事なかれ主義」=無責任な発想であると書いている。本来の顧客サービスの本質を理解しようとしないで、過去の商売の因習にこだわり過ぎている。「見切り」が厳しいのではなく、問題の本質に対して決断を下すことを避けている。その決断を下すことがリーダーとしての責務である。

著者はもう一つ「パーキンソンの法則」を地でいくリーダーの事なかれ主義を書いている。参考までにパーキンソンの法則(Parkinson's law)を調べてみた。『イギリスの歴史・政治学者パーキンソンの同名の著書に含まれた警句の幾つかをさしている。例えば「役人の数は仕事に無関係に一定の率で増加する」など。実証的法則ではない』(大辞泉より)。一般的には、「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」(第一法則)と、「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」(第二法則)というものである。この本では、先のカレンダーの論理を繰り返している会社では、業績の好調時に仕事の増加に伴ってどんどん人を増やし組織を肥大化させる傾向(第一法則が適用)にある。そして業績が悪化してもそれを止めたり、縮小するのに多くの時間を費やしている。業績悪化を冷静に受け止めず、「見切り」決断をしない典型的な事なかれ主義である。これらの事例からリーダーの共通点は、組織を破滅に導く3条件(面子、未練、希望的観測)があると指摘している。人間だれしも面子や未練や良くしたいという願望がある。しかし現実を冷静に受け止めて直視した結果、このまま継続したらどうなるか、中止したらどうなるか、その契約上顧客側との問題、社内の経済的問題、組織・人的問題、技術的問題等々を考えるべきである。希望的観測は、あくまでも希望で根拠となる裏付け調査や検討が乏しい場合が多い。まして面子や未練等の個人的な感情を入れて判断すべきではない。その決断が最良のものであったなら、結果はその後から自然についてくる。その結果に従うだけの「胆力」がリーダーには必要である。

強いリーダーの条件(その2)   ―― ノーの意見を聞ける人 ――
現在の管理者やリーダーは、過去に何らかの実績を残して会社に貢献した人である。著者は、その成功体験が現在の指導者として判断にどう影響しているかを考察している。成功にも色々なパターンがあるが、一般的で分かり易い事例として、会社や組織(プロジェクト)の危機を乗り切るために貢献した場合の要素を挙げている。@潜在的な能力を持っていた。A手段・方法の間違いを修正した。Bターゲットを変更してそこに集中した。C強力な応援を得ることが出来た。D状況が偶然好転する幸運に恵まれた。これらの成功要素は、個人の能力と組織力でカバーされたものと偶然のタイミングに大別される。この中で、Dの偶然とCの応援のケースは、リーダーとしての力というより他力本願的なので除外したい。@の能力の問題はリーダー本人の才覚なのでこれも対象外である。問題は、AとBの状況をどう判断したかである。その結果を得るためにリーダー独自の判断が成された場合は、問題なく@の範疇に入る。たまたまAかBのケースで成功した場合、個人の力なのか組織の力なのかを冷静に判断できるリーダーは限りなく@に近い人である。リーダーの中には、偶然を個人の力と履き違えて、実力と思い込む(自惚れる)ケースがある。その結果、成功体験を振りかざして組織の意見を聞き入れないリーダーとなる人がいる。これは先の「ノーと言えない」リーダーの逆で、「ノーを聞き入れない」リーダーとしての傲慢な事なかれ主義であると著者は書いている。リーダーの成功体験は必要であるが、個人の力でなく組織として成功体験を認識させることである。成功させるプロセスに導く「決断」がリーダーとしての必要不可欠な要素である。リーダーの成功体験は次の成功を生む一要素であるが、事なかれ主義(無責任体制)を生む温床となることも認識して置きたい。

商売で「お客さまは神様」と顧客第一主義を唱える会社は多い。最近では、マーケットのスピードと多様性から神様とは言わず、お客様は顧客(コンシューマー)と言っている。その現場で活躍しているのが営業部門であるが、顧客第一主義が営業第一主義に置き換わっている会社がある。著者は、それが事なかれ主義を生む危険性があるという。先の「カレンダーの論理」が見せかけの信用第一主義で、同様な体質は「顧客第一主義」が顧客いいなり主義となり、会社の方向性を危うくする事なかれ主義になる傾向があると指摘している。この顧客いいなり主義には共通するパターンがある。@顧客や販売先の無理な注文やサービスに応じる。A不必要なサービスや値引きに応じる。Bクレームに対して、問題や原因を求めずに、自らの責任として応じている。これらの実施が顧客満足と勘違いしている。会社が顧客に責任を持ってすべきことは何か、それをすることによって一方が不利益にならないか、結果として顧客も企業もハッピー(Win&Win)でなければならない。営業第一主義が、顧客いいなり主義にならないリーダーの判断、「決断」が迫られる。顧客の無理難題や、不要なサービス・値引きを「見切る」。そして顧客クレームを慎重に受け止め責任の所在を「見切る」決断が必要である。顧客第一主義が売り上げ第一主義となり、成長第一主義となって、会社の収支を見失っていないかを見極める管理者(売り上げ第一主義から損益第一主義に結びつける)こそが強いリーダーの必須要件である。

強いリーダーの条件(その3)    ―― 計画を変更できる人 ――
強いリーダーは、マーケットの顧客や社内のスタッフに対して確固たる信念が必要である。それがリーダーの個人的な思い込み(ノーと言わない事なかれ主義や、ノーの意見を聞き入れない顧客言いなり主義)であっていけないと書いている。そのベースは、現状の市場や組織を冷静に見極められることであるが、その見極めた結果に対して「決断」し行動することである。この見極める指標として、経営計画や販売計画、生産計画等がある。この計画をリーダーとしてどう実行するかがポイントである。一般的に経営計画は、経営サイドで決定し、それに従った販売や生産計画となる。だから現場での計画は、リーダーが作って実行するケースが多い。管理者やリーダーは、上部と下部計画の関連性を持たさなければならないが、実行過程で必ずといっていいほど齟齬が生じる。その齟齬をどう解決するかが問題である。通常は計画通りやるだけだが、計画を変更したり、計画通りいかなければ、何らかの釈明(原因と理由)をしなければならない。そこでリーダーは先の組織を破滅に導く3条件(面子、未練、希望的観測)に固執して、徹底的に無理な計画を押し通す無駄な努力をする。然しながら現実を冷静に捉えて、何が問題なのか、どうすれば解決するのか、どこまでなら可能なのか等々、計画の見直しや中止を含めた対処策が必要である。著者は、アメリカ陸軍の指揮官マニュアルから「計画と戦うな、現実を戦え」と計画修正もリーダーの大事な要素であるとことを説いている。

計画不要論もあるが、株式会社として株主、関係取引先や銀行や社員等を考えると当面の目標(これも計画の一部)は必要である。だから会社の社会的責任を果たす指標(売り上げ、利益、配当、資金等)はなければならない。計画に齟齬が生じた場合は、実行部隊である現場の責任だけでなく、その計画を作らせた経営幹部の責任も大きい。計画通り実行して大成功したり、計画を達成できず大失敗する場合もある。この成功と失敗は紙一重である。著者はこの点に関して、「何をして、どうなったか」だけでなく「何をやらなかったか、何を止めたか」も含めて検討すべきで、会社経営では「やってはいけないことを知ることである」と書いている。やってはいけなことを知ることは危機管理の基本であり、その逆を追求すればやるべきことが見えてくる。先の計画の実行に関しても、計画作成時点と現時点との状況変化がある。それを見極めて計画に固執せず、最良の結果を求めるべきである。だから昔から「君子、豹変する」「朝礼暮改」などと計画変更は当然あるとされている。色々な計画変更があるが、失敗と決まっていない段階で、自ら失敗と判断することは「見切り」である。この「見切り」はこの本の題名にもなっているが、元々は「見切り千両、損きり万両」の相場の格言からきている。つまりある銘柄の株価に損が出ている株に見切りをつけ、下落してきた時に損が拡大しないうちに思い切って処分することを言っている。これはリーダー自身が自分で判断して決めるもので、人から言われて決めるものではない。リーダーとは、いい結果を見通して決断を下す「KKD(経験・感・度胸)」もなければ務まらない立場にある。(以上)
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