PMプロの知恵コーナー
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まい ぷろじぇくと (22) 「あるパラドックスへの期待」

石原 信男:1月号

   新年あけましておめでとうございます。
   この連載をお読みいただいている方々にはあらためてお礼申し上げます。
   今年も身近の物事をプロジェクトの視点で見たエッセイをつづけますが、
   相変わらずのご愛読とご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

 12月1日の日本経済新聞に、IT系プロジェクトの関係者ならば見過ごせないような全面広告が掲載されました。株式会社NTTデータの提案型広告です。
 そのあらましを以下に示します(2006年12月1日の日本経済新聞より)。
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システム開発には、見えないところが多すぎました。

(骨に擬したPROCESS の文字が透けて見える魚の透視写真。上図はそのイメージ)

情報システムは、目では見えないもの。 それをゼロからつくりあげる開発のプロセスは、 お客様にとって「わかりにくい」と思われがちです。 だからといって私たちは「結果さえ 出せばいい」とは思いません。計画通りに作業が行われているか。状況が変化したときどう 対応するか。それがスケジュールやコストにどう影響するのか。お客様自身がシステム開発 に参加し、すべてを的確にご判断いただくためには、開発プロセスを透明化することが不可 欠なのです。
それがNTTデータの推進してきた、システム開発の「見える化」。まず事前に開発の管理 ルールをお客様と合意します。そして、お客様とともに仕様を決定。品質・進捗についても 定量的に適時ご報告しますので、プロジェクトの全体像を見渡すことができるようになります。 クリアすべき課題や制約条件をお客様と共有することで、納得感や満足感の高いシステム構築 が可能になるのです。成果はもちろん、プロセスにも責任を持つ。それが私たちがお約束する 「NTTデータ品質」です。

NTTデータは、システム開発プロセスの「見える化」をすすめています。
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 こういった内容でした。さらに広告主のサイトに「見える化」の仕組みと手順があるようなのでアクセスしたところ、かなりわかりやすい説明がありました。
 システム開発プロセスを「企画」・「要件定義」・「設計」・「製造・検証」・「試験・納品」に分け、それぞれをさらに仕事単位にブレークダウンし、個々の仕事の分担と責任の所在をお客様・当社・共同とに割り振っています。いうならばPWBS (Project Work Breakdown Structure)とFWBS (Functional Work Breakdown Structure )のマトリックスの交点でWP (Work Package)を識別してそれをネットワーキングする、まさにプロジェクトマネジメント(PM)の原点に位置する基本形をみることができました。これは“下記の6項目を「見える化」してPMを展開しましょう。そしてプロジェクトを成功させましょう。”いう受注者側からお客さんへの提案であり、そこには契約オリエンテッドのPMをベースにした思考・行動の存在を私は感じました。
  • 事前にシステム開発のプロセスの全体像がわかるようにする
  • ルール・工程を事前に合意した上でプロジェクトをスタートさせる
  • 各工程の報告内容が、予め合意した体系で文書化され入手できるようにする
  • お客様と当社の作業分担が分かり、「何を、いつ、だれがやるか」を明確にする
  • 工程ごとの状況がタイムリーにかつ定量的に見えるようする
  • 全社品質保証体制により、高度な品質レベルが確保されるようにする
 この広告に私がここまで立ち入ってとやかくいうと「あいつは広告主の回し者ではなかろうか」なんて思われそうですね。誤解なきよう申し添えますが、私は広告主とは何の利害関係もありません。日本におけるIT系プロジェクトの現状がこの広告の背景に垣間見えたことが、私の興味を惹いたというだけのことです。
 日本では、受注者はお客様に対しては控えめな姿勢を余儀なくされがちです。しかし、きわめて控えめなトーンといえ、「システム開発プロジェクトの成功には発注者と受注者の協同が欠かせませんよ」と、新聞という媒体を通じてお客様にあえて提言したかつてない広告と私には見えたのです。

 ただ、その効果にはいささかの疑問が残ります。なぜならば、この広告が有意義であると感じとれる「お客様」は、それなりにプロジェクトの成功に向けたアプローチの仕方が理解できている層であって、あらためてこの広告によってシステム開発プロジェクトのあるべき形を認識してもらう必要性は少ないと考えられるからです。一方、この広告のもつ意義をよく知って欲しい「お客様」は、この広告がプロジェクト成功の原点に触れた内容であることを理解するにはまだ距離のある層とも考えられます。つまり、わかってほしい人にはわかってもらえない、といったパラドックスの一つの形になりかねないと思えるからです。
 といった懸念はあるものの、このパラドックスがIT系プロジェクトの成功率向上のきっかけになるのでは、と私は新たな期待を感じました。相手のフトコロに飛び込んで提案することで議論が生まれ、議論することから発注者と受注者間の利害の対立点が浮き彫りになり、交渉を通じて合意点を見出さないかぎりプロジェクトの成功はおぼつかないという認識が双方に生まれ、結局お互いがプロジェクトの成功に向けて協同することがWIN-WINにつながる道、といった契約オリエンテッドのPMへの導入部になるのではと思えたからです。
 あまり適切な表現ではないかも知れませんが、日本の商習慣に特有の「ナーナーベースのマネジメント」から納得・合意を前提とした「契約ベースのマネジメント」への兆しが受注者側によってそろりと芽生えたともいえそうです。

 もともとはPMというのは発注者の主導で進化し成熟してきた経緯があります。WBSもEVMも成熟の過程でオーナー側が確立し受注者に追従させた手法です。しかしこの広告からもうかがえるように、日本のIT系プロジェクトの領域ではこの逆をいっているようです。なんとかしてオーナー側にPMというものに対する認識を改めてもらおうと、受注者側があの手この手でオーナー様に訴えかけているといった構図です。
 そんな意味で今回のこの広告は「システム開発プロジェクトをしっかりと成功させましょう。それを目指してお客様と受注者とがこのような形で協同していきましょうよ」という画期的?な問いかけに思えるのです。「わかってほしい人にはわかってもらえない」というパラドックスは「わかっていない側のわかろうとする努力」なくして解消しません。
 WIN-WINにむけてこのパラドックスが1日でも早く解消されることを、大いに期待したい2007年の初頭です。

 次回も身近な まい ぷろじぇくと について考えます。ご期待ください。
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