ダブリンの風(45) 「69」
高根 宏士:12月号
69というタイトルは少し妖しい雰囲気を醸し出すが、ここでは明るい昼のゴルフの話である。
最近暫くぶりで練習に行った。そのとき隣の打席で練習している方がレッスンプロに教えてもらっていた。そのときレッスンプロがコースであった例として「6番アイアンと9番アイアンを間違えて打った人がいる」と話していた。プロによると「8番と9番とピッチングウエッジは顔(フェース)が似ているから間違うこともある。しかしミドルアイアン以上になるとそれぞれ顔が違うから、間違えるのはおかしい」ということである。それを間違えるのはよほどどうかしている。初心者ではないかということである。しかし6番と9番は単に数字だけで判断すると同じように見えて間違いやすい。私はこの間違いをこれまでに2回経験している。2回とも湘南カントリークラブであった。1度目は9番アイアンで打つところを6番アイアンで打ってしまい、グリーンを10ヤード以上オーバーして、危うくOBになりそうであった。2度目は逆に6番アイアンでオンさせようとしたが、間違えて9番を取ってしまい30ヤードも手前に落ちてしまった。どちらも方向はずれていなかったから、番手を間違えなければオンしたのではないかと思う。どちらも打った直後に間違いに気がついた。同伴の方からは「番手を間違えるようでは今日のスコアは駄目だな」と哂われた。
私のゴルフのレベルは別として、もし各番手通りの距離を打てる技術を持っているゴルファーが残り距離を正確に判断できたとした場合、クラブを無意識にバッグから取り出し3番手も違うクラブで打ったら大トラブルになるであろう。少なくとも予定より1打以上多く叩くことになる。この場合技術力が高いほど、トラブルを発生させる確率は高くなる。技術力が低い場合は思うとおりに打てないから、番手を間違えてもあまり問題にならないかもしれない。練習に励み、ショットの技術を高め、コースでは打つべき距離を正確に判断しても、うっかり9と6を間違えたら、それまでの苦労は水の泡である。
このようなことはゴルフの6番、9番クラブだけでなく、少し注意すると日常のいろいろな場面である。顧客との打ち合わせで、早飲み込みをして、駄目押しの確認をせずに作業を進めてしまい、終わってから顧客を怒らせてしまう。この場合もその作業をする技術や力があまりなければ、作業がすんなりとは進まないから、途中で顧客が感づき、そこで修正がなされ、決定的にはならないかもしれない。また顧客の要求していることを自分の技術の世界からだけ判断し、それにせっかちに反論してしまう。顧客の要求を先ず実感として理解するのを忘れてしまう。反って技術や力があるほうが、問題が大きくなる。高い技術力を持っていると自他共に許すような人が意外と顧客を怒らせたりするのはこのような場合である。
技術力が高ければ高いほど、力があればあるほど現場、現実を確認し、顧客の本当の思いを深く追求する姿勢が重要になるであろう。自分の知っている知識や習得した技術を振り回すだけで、現場、現実、顧客の思いをきちんと実感しできなければ、ゴルフにおける残り距離、傾斜、ハザードを見ないで、闇雲に自分の好きなクラブを選び、飛距離が大きいのを自慢しているだけの厄介者になってしまう。
ドラッカーがマネジメントフロンティアで云った「誰も技術に金を払っているのではない。技術がもたらしてくれるものに対して金を払っている」という言葉をかみしめることが我々の仕事におけるコミュニケーションの原点かもしれない。
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