PMプロの知恵コーナー
先号   次号

まい ぷろじぇくと (18) 「健康維持プロジェクトとそのマネジメント」

石原 信男:9月号

 自分の健康維持をマイプロジェクトとして考えてことがありますか?
 今回はこのテーマをマナ板にのせて「私だったらこうする」というマネジメント論をご披露します。「あなたならどうする?」

 ヒトのからだと生きる仕組み
 ヒトのからだは60兆もの細胞の集まりです。毎日5,000億(600万/秒)の細胞が生まれかわることで(新陳代謝)生命活動を続けています。代謝とか免疫の機能は20歳ごろをピークに加齢とともに低下して行きます。昨今アンチエイジング(抗加齢)といった言葉を見聞きしますが、対象は機能の低下をなんとなく自覚しはじめた年齢層の人たちです。しかし20歳を超えたあたりから、将来自分も取り組むことになるであろうアンチエイジングを、ぼつぼつ意識しはじめても早すぎることはないでしょう。

 ヒトのからだは壮大な化学プラント、うまく操業しましょう
 細胞は92元素の適切なバランスから成っています。多量元素(酸素、炭素、水素、窒素、カルシウム、リン酸)、少量元素(硫黄、カリウム、ナトリウム、塩素、マグネシウム)、微量元素(例えば鉄、亜鉛)、超微量元素(例えばスズ、セレン)などです。
 つまりヒトは92元素からなる60兆の細胞(パーツ)から成り、生命力を生産し続ける壮大な化学プラントに喩えられます。その仕組みは複雑かつ精緻であって、いまだに生物学的にも生化学的にも十分に解明しきれない部分がたくさんあるようです。
 
摂取したカロリーと消費するエネルギーの適正バランスが健康の基本

 摂取したカロリーと消費するエネルギーの適正バランスが健康の基本(上図参照)
 私たちに必要な栄養素は食物から摂ります。糖質、脂質、タンパク質は三大栄養素といわれます。その基本の分子式は糖質CH2O、脂質C-C-OにH、タンパク質NCH2Oで、一目見てわかるように、その基本的な分子構成はシンプルで、酸素(O)、炭素(C)、水素(H)、窒素(N)の4元素の組み合わせです。この4元素だけで人間の細胞を構成する元素の96%(重量%)を占めます。三大栄養素と言われるゆえんです。
 摂取したカロリーと消費するエネルギーの適正なバランスが健康維持の基本になります。このバランスがおかしくなることが不健康ということです。端的に言うならば、“水が過剰か濁る、C-C-O(脂肪酸)が過剰か錆びる”ということです。糖質もタンパク質も元素結合においてH2Oを持ちます。糖質CH2Oの過剰は糖尿病、脂質のC-C-Oの過剰は高血圧、タンパク質NCH2Oの過剰は心不全といった生活習慣病の原因になます。脂質の過剰と錆び(酸化)は良質の脂で洗い流すしかありません。すでに酸化した脂を伴う食品(例えば油で揚げたスナック菓子のたぐい)の多量摂取が懸念される理由です。

 クスリで生活習慣病は治るか
 生活習慣病の原因となりそうな過剰な水は排出すればよいとのことから医療機関で診てもらったとします。そこで体液の浸透圧を上げて水の排出をうながすために体内のカリウム量が通常の2倍になるように処置されたとしましょう(カリウムはナトリウムと共に体内の適当な浸透圧を保つのに不可欠な元素)。その結果過剰な水が排出されてスッキリしました。私たちは通常これを「治った」といいます。しかしこれは「治った」のではなく一時的に過剰な水を排出するための「処置」をしたにすぎないのです。生活習慣病は根源にある生活習慣をからだの仕組みに合わせて正すことが最高の良薬なのです。そうでないと永遠に過剰な水の排出「処置」を繰り返すことになります。
 一方、カリウムが2倍になったことから、からだ自身が元素バランスを本来の値に保つべくプロポーショナリーに2倍の他元素を体内にとりいれるよう要求します。一番の問題は重量%で60%を占める酸素が大量に必要になることです。いずれにしても元素のアンバランスは酸素量に大きく影響し、酸素不足の状態が永く続くと細胞分裂の際に異常な細胞が生ずる可能性が高くなります。異常な細胞の代表が悪性新生物(ガン細胞)です。

 化学反応には触媒が、生体化学反応には酵素が不可欠
 それでは栄養素のバランスや摂取カロリーと消費エネルギーの量的バランスを保ちさえすれば万事OKかというそうではいのです。生体触媒としての酵素の役割をよく知り、その特性を理解して十分な摂取と活用をはからねばならからです。
 生命の基本となるタンパク質の例をとれば、タンパク質リッチの食物を食べたからそれがそのままからだのパーツとして役立つわけではありません。ポリペプチド→ペプチド→アミノ酸という具合にアミノ酸にまで分解されてはじめてパーツとして役立つことになります。アミノ酸に分解する過程でいろいろな酵素(消化酵素)が必要です。分解したパーツをからだの必要な箇所にうまく運ぶ(血液によって)にはホルモンの指令が、それをからだの部品として組み立てるにも酵素(代謝酵素)が、そして組み立てをうまく行うにはビタミンやミネラルの助けが欠かせません。
 酵素は生きたままの状態で摂取することが肝要です。35〜40℃あたりでもっとも活性化し、50℃をこえたあたりではその機能を失います。新鮮なナマ野菜や果実の摂取が推奨され加熱加工食品の過剰依存に警鐘が鳴らされるのも酵素の役割を重視してのことです。

 体温調節がうまくできていますか? ここでも酵素が活躍します
 日本人の平均体温はほぼ36℃です。1日に上下に0.5℃ほどの体温変動があります。朝太陽光線を感じると体温が上昇しはじめて目が覚め、夜暗くなると下降しはじめて眠りにつきます。1日24時間のサイクルで上昇(例えば最高36.5℃)と下降(例えば最低35.5℃)を繰り返します。これは交感神経と副交感神経の働きによるものですが、この上昇・下降の切り替えがうまくいかない状態が自律神経失調です。目覚めと眠りはセロとニンとメラトニンというホルモンが関係しますが、この働きにも酵素が不可欠です。
 運動をするとその運動の激しさに応じて体温が上昇します。体温の0.5℃上昇と1℃上昇を比べたとき、後者は前者に比し8〜16倍の酵素の働きが必要という説があります。ヒトの生涯において自分の持っている酵素の量には限界があります。なくなると生命活動が途絶えます。だから酵素をたくさん使う人は食物の摂取を通じて酵素を相応に補給しなくてはなりません。スポーツ選手が壮年期にポックリ逝ったりするのは酵素を使い果たしてしまったからともいえそうです。反対に「私はからだが弱い」と病院通いしながら生き続ける人もけっこうたくさんいますね。

 現代社会は健康維持マネジメントのむずかしい環境にあります
 もともと動物(ヒトを含め)は「栄養を摂る」と「食欲を満たす」これを同時におこなうために食べてきました。なのに今、ヒトは「食欲を満たす」を「栄養を摂る」に優先させる傾向にあり、「好きなものだけ食べ」栄養は「サプリメントで」といった本質を外れた食生活に陥り健康を損ないがちです。1975年米国上院におけるマクガバンリポートは「アメリカ人の不健康の源は食生活の中の栄養不足にある」とするどく指摘しました。

  食べるということを「栄養を摂る」という目的のみに限定するならば、単一の食材から必要な栄養素や成分をすべて摂取できるのが理想の食材といえます。この理屈からいえばヒトは健康なヒトを生で食べるのがもっとも有効と考えられます。ヒトはヒトに必要ないろいろな栄養素や有効な成分の適切な組み合わせによる複合体だからです。しかしそれがヒトの生命活動を維持する唯一の方法であったなら、共食いの結果としてヒトは今に存続していなかったでしょう。そうではなく多種多様の生物たとえば野菜、果実、食用動物またはその由来品などが持つエネルギーを摂取しながら進化し、今に存続しています。

  東洋には、「薬食同源」というすばらしい知恵が古来伝わっています。数千年にわたって伝承されてきたこれらの知恵の多くが、科学の進歩のおかげで科学的・学問的に解明されはじめました。まさに暗黙知の形式知化です。そして私たちのような普通の人間にもその知恵のスゴサというものが理解できるような時代になりました。現代西洋医学一辺倒に近い土壌に、代替医療や統合医療といった概念も定着しつつあります。
 昨今話題になったNHK-TV放映の「チャングムの誓い」を私は大変興味をもって観ました。とくに朝鮮王朝の宮廷に伝わる「薬食同源」を基本とした食事づくりの部分は、まさに良質のOJTやメンタリングをイメージさせてくれました。

  本稿では私たちの「からだの仕組み」と「生命活動の成り立ち」について、その要点を私なりの思いをもとに概述しました。ほんの一部分にすぎませんが、これを知るのとしらないのとでは自分の健康維持に対するマネジメントの思考・行動様式がちがってきます。成功裡にマネジメントするための大筋が食生活の切り口から見えてくるからです。
 もちろんこのほかにも適度の運動とか頚椎・脊椎・骨盤を正常な位置に整えておくなども健康維持マネジメントの一環としてあげられますが、それは別の機会にふれます。

  今回の まい ぷろじぇくとは、いつもよりかなりボリュームがふえました。最後までお読みいただきありがとうございます。
 そしてPMのプロフェッショナルの方々には、健康維持プロジェクトのマネジメントがプロジェクト・リスクマネジメントに通ずることを感じていただけたのではないかと思います。からだの仕組みや生命活動の成り立ちを知ることは健康維持プロジェクトのリスク識別の手がかりとなり得るからです。
 石原流のリスクマネジメント観からすれば“リスクの識別はリスクでないものの識別と同義”ということです。プロジェクト・リスクマネジメントの要諦は、リスクに起因する避け難いマイナスのリターンを極力すくなくすると同時に、そのマイナス分を埋め合わせて余りあるほどのプラスのリターンをリスクでないところに追い求める、というところにあります。リスク対応費の心配をせずに思い切りコストの経済性を追求できるからです。
 健康維持プロジェクトにおいても、識別したリスクをもとにマイナスのリターンを極力少なくし(生活習慣病に罹らないようにつとめ)、一方識別したリスクでないものをもとにプラスのリターンをできるだけ追求する(一層の健康増進をはかる)、まさにリスクマネジメントの本質に迫る道筋です。

  「ところで石原よ、お前の健康維持プロジェクトはうまくマネジメントできているの?」 と聞かれたならば「まあ今のところはうまい具合に」といったところでしょうか。「健康」の要件について、すべてではないものの私なりにかなり明確に定義できているからです。

 次回も身近な まい ぷろじぇくと について考えます。ご期待ください。