グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」第11回
PMブランド力について考える−その2

GPMF会長  田中 弘:9月号

 今月号の原稿をパリのシャルルドゴール空港で帰国便を待つ間に書いている。
「グローバルPMへの窓」と銘打った本エッセイシリーズであるが、中身が伴わないとの声もあることは承知している。しかし、いささかやけっぱちな台詞ではあるが、毎月の原稿のうち半数以上は海外との移動中に書いているので、これで筆者のグローバル最前線からのホットな報告であると受け取っていただけたら幸いである。
 さて、なぜ筆者がフランスに居るかであるが、筆者を代表とするPMAJは、世界のプログラム&プロジェクトマネジメント部門で、現在、最高学府であるリール大学院大学(L’Ecole Supérieure de Commerce de Lille - ESC Lille)の国際プログラム&プロジェクトマネジメントワークショップにおいて、一日半のP2Mセッションを実施して大変良い評価を得ての帰路である。
 旧PMCC時代の2002年以来小原先生他の派遣団で毎年7月に同学で欧州P2Mセミナーを単独セミナー(ワン・ツー・ワンセミナー)として実施してきたが、本年からはスキームが変わり、大学の年間メインイベントである国際ワークショップの一部としてP2Mセッションを実施することになった。
 このワークショップは一大学のローカルイベントではない。リールのプログラム&プロジェクトマネジメント課程自体が、学生が世界30数カ国から集まっているグローバル課程であるが、このイベントは、毎年、世界のPMリサーチの方向を確認するグローバルマイルストンとなっている。
 実際PMを正規の学部あるいは学科を設けて教えている世界の大学の教授が集まる。リールだけではなく、提携するヨーロッパ、北米、オーストラリアの大学のPM博士課程の学生が集まる。また実務家代表としてNASAプロジェクトアカデミーの長官や副長官、英国政府のPM指南役、ヨーロッパのトップPMコンサルなど錚々たるメンバーがエキスパートとして集まる。
 つまり、リール大学のこの8月恒例のワークショップにスピーカーとして招かれることは大変な名誉である。筆者は03年から毎年エキスパートとして招かれていたが、今回、P2Mの真髄をより広く世界のリーダーと学生に知ってもらうことを目的に、国際ワークショップにおいて、世界の荒波に挑戦してほしいというクリストフ・ブレディレ副学長からの要請に応えて、4名のチームでこれに応じたものである。
 さて、成果であるが、次のとおり素晴らしいものとなった。
  • PMAJ全体としても、4名のスピーカー各々としても、十分に標準を超える評価を得た。
  • 約60名の学生全員が「P2Mは価値がある」としてくれた。
  • 多くの学生から、P2Mの個々のテーマをヨーロッパあるいは学生の母国で具体的にどのように適用するか、の質問が出た。
  • PMAJとの協力協定により、本年7月にブレディレ副学長他が同校で実施したP2Mセミナーに引き続いての国際P2M課程修了資格試験には、46名が挑戦し、37名がめでたく合格した。8月23日にワークショップの全参加者出席の下で、盛大な資格授与式が行われ筆者とブレディレ副学長からひとり一人に資格証を手渡した。合格者の国籍は7カ国に及んだ。
  • おまけであるが、筆者は、リール大学院大学から、同じ8月23日に博士号を授与された。正式な学位名はPhD in Strategy, Programme and Project Management という。この学位は通常のPhD課程での特定研究テーマに対するものではなく、筆者の4半世紀におよぶPMリサーチ(勿論英語での論文も30近く書いた)に加えて、世界のPM界の発展に貢献があったとの審査結果による。日本流に言えば名誉博士に近いが、世界に向けて発表された具体的な研究成果が審査対象になった点では若干異なるかもしれない。ちなみに、この学位を同学から授与されたのは筆者が3番目である。
 さて、本題に戻ろう。いかにして日本のPMブランドを世界的に確立するかであるが、上記導入部の話でかなり答えが見えてきたのではなかろうか。
 筆者の考えを法則として述べる。
法則1 PM体系各々に絶対的な価値はないので、ターゲットとするセグメントを定める
世界、とくに米欧、では、価値の提供者が「価値がある」と強調するマネジメント系の手法や体系にそのまま飛びついてくれることはない。PMは純粋科学の域には達してない。つまり学理が確立されていないし、プロジェクト成功の再現に対して大方の保証を与える手法はいまだ存在しないのであるから、PMでは工学や医学におけるような絶対の真理はない。この点の理解を間違えるとブランドの確立はできにくい。
すなわち、多大な資金をつぎ込んで販売体制を築き力ずくで万能薬の地位を狙うのではなく、特効薬の地位、つまりターゲットのセグメント化を目指すのが正解である。ちなみに、前述の国際P2M資格の取得者のかなりがPMIのPMPである。彼らは良く心得ていて、万能薬の地位を獲得しつつあるPMBOKと特効薬であるP2Mを使い分けるすべを学生にして心得ているのである。
法則2 継続は力なり
PMを実践する人たちは忙しい。1-2回聞いただけでは、とてもではないが脳裏に残らない。最低5年、願わくは10年同じことを言い聞かせて初めて真の市民権を得ると銘ずべき。あせってはいけない。P2Mのブランド確立もこれからである。
法則3 他人に語らせる
筆者はグローバルエンジニアリング企業のプロポーザルマネジャーを十数年務めていた。その際の教訓は、他人(顧客、業界、メディアなど)に自社の強みを語ってもらえるようになったら、大きな力になる、ということだ。場合によっては自社(自分)でも認識してないような強みをも語ってくれる。
P2Mについても、ある意味では、リール大学のブレディレ副学長長やリン・クローフォード教授がPMAJ(PMCC)に代わってP2Mの特長を世界に通じる言葉で語ってくれてこそ今日があるとも言える。
法則4 信用は複利で増殖する
読者の皆さんにも心当たりがあると思うが、人、企業、商品あるいは特定のメソッドは一旦信用されると、信用自体が一人歩きしてくれるところがある。筆者はこれを「信用の複利増殖の法則」と言っている。それがいわゆるブランドであろう。
またまた卑近な例で恐縮であるが、今回筆者がリール大学院大学から博士号を授与されたことは、上記法則のすべてが当てはまるが(他の学者が扱わないエンジニアリング・建設産業のPM論などニッチ化、世界における半世紀の活動、PMIやIPMAのリーダー達のひき、など)、とりわけ信用の複利増殖の法則が作用したと思えてならない。
筆者は実務家であり純粋研究者ではない。従って、これまで英語で30件近く書いた論文のほとんどが、研究者の行う科学的な仮説検証や数理解析に基づいた論文ではなく、世にポジションペーパーと呼ばれる仕組みの考察あるいは数理検証に基づかない提案である。しかし、論文が現場からの考察であるので説得力があった、ということが信用の始りであった。また、エンジニアリング振興協会PM委員会の指導あるいはその後の(JPMFでの)我が国としてのプロフェッショナルPM界の設立と育成、我が国PMの国際社会への紹介、また逆に国際PM界のPMバリューの我が国への紹介などで信用が増幅していき、ヒロ(田中)が出てくると何か新しい情報があるという半分は過大な期待がこれまでも今も一人歩きしているのではないかと思っている。
法則5 ローカルな強さを世界の言葉に置き換えて語る(語らせる)
グローバルスタンダード、つまり、米欧が行っていることの追随のみでは我が国PMはグローバルなプレゼンスを得られない。逆に「日本発」のみが看板では、「ホー、それで」でお仕舞いとなる。言いたいことは、世界に通じる日本発の良さを各々の国で通じる言葉や方式に置き換えて伝えるところに日本PMの活路が開けるということだ。今回リールでのP2MセッションではPMAJの二人の方が巧みにこの技術を発揮してくれた。いける、という感触を得た。
法則6 権威に頼るな
いつも筆者がいっていることであるが、PM実践家は権威に追従することのない自由人で、PM体系などについても使い勝手がいいか、検証されたものしか使わない。日本のPM、とくにP2Mは、権威づけに走るのではなく、実務家の視点を重視した内容にエンハンスし続けることが、国内のみではなく国際的なブランド確立の道につながる。
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