PMBOK®ガイドの読み方(第9回)
― PMBOK®とSDM ―
研修事業第2部会 佐藤 恭一:7月号
1.SDMとは
Shutdown and Maintenance(定期補修工事)、石油精製・石油化学プラント業界の用語です。 海外ではTurnaround
Maintenance ともよばれています。定期的(1年、2年或いは4年)に一度プラントを停止(Shutdown)し補修工事等を実施するため、このようによばれています。そして、このプラントを停止しているSDM期間(プラントによって異なるが、概ね2〜4週間)に、補修工事等の他に多くのJOB工事が実施されます。今回はこのJOB工事に関連づけて、PMBOK®のプロセスをみてみたいと思います。
2.JOB工事とは
JOB工事とは、会社や顧客のニーズ、法規制の変化等に応じて個別に立ち上げられて完了する有期的な業務です。JOB工事の例をあげてみますと、(1)新しい設備の設置、(2)既存プラントの改造、(3)既存設備の撤去と代替設備の設置等々。そしてこれらは、明確な始まりと終わりがあり、独自の成果物を創造します。PMBOK®のプロジェクトとは何かの定義に合致した、プロジェクトといえます。金額にして、数百万から数億と大小いろいろあります。筆者が担当した最近のJOB工事の例としては、(1)では、大気へ溶剤を放出することを防止するための溶剤吸着ユニットの設置(法的要件)、(2)ではプラントの能力増強(組織ニーズ)や製品品質アップ(市場需要)のための改造、(3)では石綿撤去と代替物質の設置(法的要件、組織ニーズ等複合ニーズ)などがあげられます。独自性については各々で随分差があります。(2)は世界中で唯一無二というくらいの独自性があります。(1)は類似のユニットが自社内や他社にも幾つかありますが、設計条件等いろいろ異なりますからかなり独自。(3)については独自性というのが疑わしいという気もしますが、設計・施工対象箇所が他とは異なることから独自性があると
思っている次第です。これら複数のJOB工事が同時並行的に進められます。
3.PMBOK®との関連付け
(1) プロジェクト憲章作成
プロジェクトの始まりは先ず、プロジェクト統合マネジメントのプロジェクト憲章作成ですが、筆者の勤める会社には「プロジェクト憲章」なるものはありません。金額の大小にもよりますが、「回議書」、「設備申請書」とよばれるものが「プロジェクト憲章」に該当すると考えています。
あそのJOB工事の必要性、成果物に対する要求事項(能力、品質等)、予算、完成時期、制約条件、投資回収年月やIRR等が記述されており、ある面ではまさしくPMBOK®のプロジェクト憲章そのものといった感じです。違いはプロジェクト・マネジャーの任命や権限の記載等が無いことです。JOB工事は定常業務の組織の範囲内でマトリックス型で遂行されますが、そのJOB工事がどのプラントに関するものかによって、JOB工事実施者は自ずと決まってしまうからです。このプロジェクト憲章に該当するものが承認された後で、JOB工事の予算を使用していくことができます。 |
(2) WBS作成
2-(1)の溶剤吸着ユニットのWBSとOBSの例を以下に示します。
吸着ユニットを構成している要素をあげてみますと以下のようになります。静機械設備(吸着塔、分離槽、熱交換器、基礎、配管等)、動機械設備(ポンプ、コンプレッサー等)、電気設備(モーター、電気動力配線等)、計装設備(コントロール・バルブ、緊急遮断弁、制御配線等)。上に示したWBSでは、静機械設備の一部についてのみ記載していますが、他の動電計設備についても同様に展開されます。WBSに示したWP(Work
Package)毎に、識別コード(JOB番号とよんでいる)をつけ、その番号が経理システムと繋がります。またその番号毎に進捗を管理します。PMBOK®ではコントロール・アカウントはいくつかのWPを含みとなっていますが、JOB工事では、JOB番号をコントロール・アカウントとみなしています。プロジェクト規模が大きく複雑ですと、いくつかのWPをまとめてコントロール・アカウントとすることが必要になるのだろうと思います。 |
(3) プロジェクト実行の指揮・マネジメント
(2)のWBSに基づき、機器メーカーや工事請負者へ競争見積もりを行います。そのために機器製作仕様書、機器検査グレード(機器の重要性や適用法規(高圧ガス保安法、ボイラー等)によって差がある)、工事仕様書、品質保証仕様書等を作成し、発注書に添付します。競争見積もりの結果、複数の候補者の中から納入者を選定します。納入者が決まりますと、必要に応じてキックオフ・ミーティングを実施します。納入者から多くの書類提出が始まります。提出書類一覧表、機器製作要領、強度計算書、製作図面、配管図面等々、それらを列挙するだけで紙面が一杯になりそうですからここで終わりとします。
SDM期間内に、製作した機器を受け入れ据付工事を行います。据付のためには基礎が必要です。基礎工事は、掘削やコンクリートの養生でかなりの日数を必要としますから、SDM開始以前に先行して進めておきます。機器を据え付けたら、接続する配管工事の実施。平行して動機械設備の据付や、電気設備、計装設備の現場工事が行われます。SDMという短い期間での工事ですから、現場は大変な状況となります。 |
(4) 統合変更管理
プロジェクトがプロジェクトマネジメント計画書どおりに実行されることはほとんどないので、変更管理は必要である、とPMBOK®ガイドの96ページに記載されています。JOB工事のプロジェクトは、その新規性、複雑性等によって変更の度合いが変わってきます。途中基本設計のミスに気付いたり、詳細設計段階で当初計画どおりにはいかないことが判ったりといろいろあります。先送りすればそれだけインパクトが大きくなりますので、問題が発覚した時点で、関係者を集めて意思決定を行うようにしています。 |
(5) 終結
SDM工事が終わったらいよいよ運転開始です。吸着ユニットとしての性能、それを構成している単体機器毎の性能が、計画どおりかどうかは運転が開始されて始めて確認できます。どちらも計画通りの場合はスムーズに終結プロセスが完了しますが、そうでない場合は後をひきます。これも詳しく記述しますと長くなりますのでここで終わりとします。 |
4.PMBOK®アラカルト
コミュニケーション・マネジメント
PMBOK®に記載されている内容の中には、よくわかんないなーという部分も幾つかありますが、多くは共感を覚える内容と思っています。共感を覚える内容をいろいろと記載したいところですが、紙面の関係上1つだけあげます。それは、10.2.2.1 コミュニケーション・スキルです。「コミュニケーション・プロセスの一部として、情報の発信者は、受信者が情報を正確に受け取ることができるように、情報を明確で完全なものとする責任および情報が正しく理解されたことを確かめる責任がある。」です。「メールを送っただろう」、「あの時言っただろう」、「打ち合わせ覚書をまわしただろう」という輩には、PMBOK®のこの一節だけでも勉強させてやりたくなります。 |
以上
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