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まい ぷろじぇくと (16) 「リスクとリターン」

石原 信男:7月号

 リスクはクスリ?
 リスクをどのように定義するかによってリスクマネジメントの質に差が生じます。
 私たちは、リスクを危険や損失といった概念でとらえがちです。したがって、リスクマネジメントはリスクの回避、軽減、分散、移転をはかり、これが不可避ならばカネ(コンティンジェンシー)で解決するといった、すべてにマイナスの側面を対象にして論じられるケースがほとんどです。プロジェクトの場でもこのようなリスクマネジメントが主流になっていないでしょうか。
 プロジェクトのリスクマネジメントの多くがマイナスの側面を中心に論ぜられていることに、私はかねてから居心地の悪さを感じていました。プロジェクトはプラスのリターンをめざした活動であるはずなのに、なぜマイナスの側面だけからリスクを取り扱うのかという疑問です。リスクを逆から読めばクスリ・・・、つまりプラス効果もあるはずですね。

 リスクとリターンの再定義(「攻撃的リスクマネジメントの実践」安富律征より)
 あるとき「攻撃的リスクマネジメントの実践」 安富律征(ホワイト・ファング・マネジメント代表) ダイヤモンドハーバードビジネス FEB-MAR 2000 の論文に接しました。そこではリスクとリターンをわかりやすく再定義しており、これによって私のリスクに関わるモヤモヤがかなり解消しました。以下にその部分を引用し私と同じ疑問をお持ちの方々の参考に供したいと思います。

【問題@】
  あなたが、20階建てのビルの屋上から飛び降りた。このとき
  リスクとリターンの大きさはどのようになるだろうか。

 もしあなたが、「リスクは大きく、リターンはゼロ」と答えたならば、「損失がリスク、利益がリターン」だと誤解していることになる。
 それでは、リスクとは、そしてリターンとはいったい何なのか。
 「リスク」とは損失のことではなく「何か行動した後に得られる将来結果の不確実さ」のことだ。したがって「リスクをとる」とは「不確実なことを行う」という意味となる。また、「リターン」とは「何か行動した後に得られる将来の結果」だ。良い結果がプラスのリターン(profit)で、悪い結果がマイナスのリターン(loss)と言える。つまり、死ぬことは、大きなリスクではなく、マイナスのリターンにすぎない。
 20階建てのビルの屋上から飛び降りたら確実に死ぬので、リターンの不確実さはゼロ、つまりリスクはゼロなのだ。したがって、問題の答えは「リスクはゼロ、リターンは絶対値の大きいマイナス」となる。しかし、平屋建ての屋根から飛び降りたら、打ち所が悪ければ即死や大怪我をするかもしれないが、かすり傷や無傷で済むかもしれない。この場合、リターンの不確実さ、つまりリスクは大きい。(ここまでが引用)

 プロジェクトはプラスのリターンの追求
 PMBOK®のプロジェクト・リスク・マネジメントの章でも、「リスク・マネジメントのプロセスは、プロジェクト目標に対してプラスとなる事象に対してはそれが起こる確率とその発生結果が最大となるように、マイナスとなる事象に対してはそれが起こる確率とその発生結果が最小となるようにすることである。」としています。
 上記に引用したリスクとリターンの再定義と、このPMBOK®のリスク・マネジメントのプロセスについての記述とは一脈通じるものがありそうです。プロジェクトはかならずプラスのリターン志向であって、そのマネジメントはいかにプラスを最大化しかつマイナスを最小化するかということです。したがって、前者の定義の通りにリスクを理解した人が後者を読めば後者の言っていることがわかるでしょうが、リスクを損失としてとらえて理解している人がPMBOK®のこのような記述に接した場合に「プラスになるようなリスクなんてあるのか」といったシロウトっぽい疑問をいだくかもしれません。

 マネジメントの実力でリスクがかわる
 「リスクを冒してこそ利益を手にできる」との通説を耳にします。「虎穴に入らずんば虎子を得ず(危険を冒さなければ功名は立てられない)」という意味合いで受け止められていますが、虎穴に入らないで虎子を得ることができれば大成功です。そこでいろいろと工夫をすることになりますが、どうしても虎穴に入らないと虎子を得られないならば、虎子はあきらめるという選択もありそうです。20階建てのビルの屋上から飛び降りるような見境のない行動はすべきではないからです。
 リスクマネジメントの概念をわかりやすく説明する必要がある際、上記の「攻撃的リスクマネジメントの実践」を引用し(出典として明示し)、かつ私なりの脚色を多少付加した次のようなものを研修や講演の場で利用させてもらっています。これがわかりやすいせいもあってか結構好評です。

 「二階建ての家の屋根から飛び降りたら1千万円くれる(プラスのリターン)としよう。飛び降り方に自信がなくて何か安全上の手段を講じてよいならば、1千万円以内のコストで自前の緩衝装置を設置して降下時のショックを和らげるべく事前に手を打つのも一つの方法。このようにリターンをできるだけプラスにするためにマイナスの要素をできるだけ少なくするような思考・行動のプロセスがリスクマネジメント。人によって飛び降り方(実力)に上手・下手があるから受けるダメージも異なる。したがって、A社の緩衝装置とB社のそれとに差異があろうし、C社は緩衝装置が不要かもしれない。つまり、当事者の実力次第でリスクの識別、評価、対応策、コンティンジェンシー額に差がつく。リスクマネジメントは Preventiveな性格のもの、やる時機を失すると「手遅れ」からその効果が期待できなくなる。不断の実力涵養こそが究極のPreventive。」
 
 いずれにしてもリスクは損失というように誤解される傾向にあります。リスクとリターンの再定義をふまえて、リスクマネジメントのプロジェクトマネジメントにおける位置づけをより実践的な視点で見直すことも必要な時かと思います。
 目的に向かっていま何か行動する後に得られる将来結果の不確実さを、知恵を駆使してできるだけ払いのけて少しでもプラスのリターンを手許に引き寄せる、こんなマネジメントの真髄ともいえる境地に一歩でも近づいてみたいものです。

 次回も身近な まい ぷろじぇくと について考えます。ご期待ください。