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まい ぷろじぇくと (15) 「Win-Win」

石原 信男:6月号

 Win-Winってなに?
 このところWin-Winという言葉に接する機会が多くなりました。そのまま日本語にすれば「勝ち-勝ち」といった意味にとれます。
 スティーブン・R・コヴィー著「7つの習慣」(キングベアー社)によれば「自分も勝ち、相手も勝つ。それぞれの当事者が欲しい結果を得る」という考え方のようです。でも、すべてにWin-Winが成り立つとは限らないので、Win-Lose(自分が勝ち、相手は負ける)、Lose-Win(自分が負けて、相手が勝つ)、Lose-Lose(自分も負けて、相手も負ける)ということもあるはずです。

 「官製談合」はWin-Winの一つのかたち?
 近年、「これぞWin-Win」といえそうな「官製談合」なるものが次々と明るみに出てきました。「罰則規定(Lose)」が無きにひとしく「うまみ(Win)」だけをむさぼれるところから、官と業が時間をかけてじっくりと熟成させたWin-Winの仕組みです。
 官からすれば、官には不調(調達が成立しない)はあってはならない、ゆえに不調リスク回避のため業者が飛びつく多めの予算枠をとり、その予算通り買うのが仕事。競合入札は手間がかかり品質と価格の評価がむずかしく間違えると責任問題になるかも、それを避けるには大手元請業者との随意契約で手間を省き、不具合の結果責任は元請業者に丸投げする。コスト、工数、歩掛(ぶがかり:単位あたりの作業量)などは実績値を網羅して官がオーソライズしたデータブックを基に、業もこれを遵守して事を進める。これで価格評価ミスや評価の妥当性で後ろ指さされることもない。(ちなみに、国土交通省所管の公益法人(財)建設物価調査会からは公共工事の「コスト聖典」ともいえそうなデータブックが数え切れないほど刊行されている。例えば「建設物価」、「建設工事標準歩掛」など。)
 余談ですが、私が現役のころ、これらデータブックは市場価格に比して概して30%ほど割高というのが通説で、予算取りや概算見積を手っ取り早くやる際には、掲載データの70%程度を民間向けコストに転用した記憶があります。ダブルスタンダードの存在です。

 業の側としても、体力を消耗するような受注競争はしたくない、しかも利幅が大きく、元請→下請→孫請がそれなりの「美味しさ」を享受したい。代金受け込みにまったく心配せず、できれば前渡金ももらいたい。本来見積コストは価格競争を意識してプロジェクトごとに創りだすものであるがそんな苦労はしたくない、しかも利益たっぷりのコストをお客さんが黙って認めてくれればありがたい。納期さえそこそこ守れれば、面倒で手間や管理コストもかかるプロジェクトマネジメントなんてものは避けたい。

 このような買い手と売り手の思惑がピッタリと一致するような仕組みが「官製談合」といえるでしょう。業界としては、こんな美味しい話は業界がよろしく仕切って分け合おう、アウトサイダーの介入でこの美味しい仕組みを壊されたくない、ということから業界内に談合グループをつくって「美味しいところ」の囲い込みをする構図です。
 このような官と業のWinへ向けての思惑の一致が官製談合を形作り、「天下り」という絆でさらに連携を強固にしているということなのでしょう。「天下る」側はゴールデンパラシュートで第2、第3の豊かな人生が約束された楽園に舞い降りたい、業界側はパラシュートのヒモを高給・厚遇という分厚い座布団に結び付けて丁重にお迎えする、そのヒモの先には随意契約あるいは指名入札による美味しい受注がぶら下がっている。この仕組みの美味しさは、東京農業大学の小泉武夫教授風に表現するならば「想像しただけですでによだれチュルチュル、口にした途端うまみとコクが渾然一体となってはやしたて、あまりのことに舌がのけぞってまさに悶絶寸前・・・」といったところかも。

 官製談合は一般競争入札で健全化できるか
 官製談合の頻発を契機に公共工事をすべて一般競争入札にすべきとの動きが、このところ表面化しています。たとえ一般競争入札になったとしても価格評価面で前述のような「コスト聖典」がベースラインとして存在する限りは、本来の一般競争入札の実現は期待できず、形だけの骨抜きの状態になってしまうおそれがあります。JV(Joint Venture:共同体)もどきの応札体制のあり方も見直す必要があるでしょう。

 官・業Win-Winと納税者の立場
 ところで私たち納税者は、このような官・業Win-Winをどう見たらよいのでしょうか。天下りパラシュートのヒモも、業が感じる悶絶ものの美味しさの味付けも、すべて私たちの税金によるもの、つまり税金のムダ使いということで、この形のWin-Winは納税者から見ればWin(官)-Win(業)-Lose(納税者)に様変わりしてしまいます。納税者にとっては間違いなくLose-Winの関係です。

 Win-Winには苦渋の選択も
 コヴィーのいうWin-Winは、考え方としては普遍性に富んでいるように思えます。でも現実として私たちの周辺に見えるWin-Winは、政治であれ経済であれビジネスであれ、勝ちと勝ち、得と得といったエブリバディーハピーの形に収まるものはきわめて少ないといえるようです。
 どちらかといえば、相互にWinを追求する当事者が、これ以上のWin追求は合意に至る道を閉ざしてLose-Loseになりかねないとの見通しから、相互にBestのWin追求から次善のWin追求への道を模索して折り合いをつける、そういう厳しい選択の結果としてのWin-Winだと私は思っています。

 プロジェクトマネジメントの実践の場でも、トレードオフにある品質・納期・コストの三者を相互にベストの状態で成り立たせるのは現実として困難です。三者それぞれが主張するベストが何かを踏まえながら、三者の折り合いをどのように付けたらプロジェクトの目的・目標の達成に向けての総合的なベストか、といったむずかしい選択を迫られます。その苦渋の結果がWin-Winであって、「めでたしめでたし」と相互に手放しで喜べるそんな単純なものではありません。すこしさめた言い方をするならば「損して得とれ」といった割り切りもWin-Win追求の一つのあり方として必要だということです。
 たとえば、安値受注してしまったのでベンダーを叩きまくってとりあえずは予算内の値段で調達発注した、体力に不相応な安値受注をしたベンダーは負担に耐えきれずに契約不履行の憂き目に、結果としてそこにはLose-Loseしか残らない。それならば両者が深手を負わない程度の折り合いで納得する、こんな選択に直面することも少なくはありません。これもWin-Winの一つの形だということです。

 Win-Winを目指す一つの知恵、プロジェクトマネジメント
 私のプロジェクトマネジメント論の基本は「顧客満足」と「売り手の収益確保」の両立です。このWin-Win追求には当事者同士のゆるぎない信頼とマネジメントへの真摯な努力を必要とします。
 公共工事は納税者がオーナーで国がコントラクターのプロジェクトです。納税者がLoseをみるようなプロジェクトのマネジメントは大失敗です。本当の意味でのWin-Winとは、そのための健全なマネジメントのあり方とはなどについて、度重なる「官製談合」事件は納税者の立場にある私たちに、真剣に考えねばならないきっかけを与えてくれたようです。

 次回も身近な まい ぷろじぇくと について考えます。ご期待ください。