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まい ぷろじぇくと (14) 「ヤバイっすね」

石原 信男:5月号

 イチローという男の美学?
 「ヤバイっすね」、ワールド・ベースボール・クラッシク(WBC)で日本チームが奇跡的な優勝をなしとげたあとの記者会見で、あのイチローがコメントのしめくくりに漏らした言葉です。この一言にチームで勝ち取った優勝へのイチローの万感の想いがこめられていると私は受け止めました。
 多分イチロー風の男の美学からすれば、人前で、あの場面で、自分の感動を涙で表現することは、彼にとっては醜態そのものということだったのではないでしょうか。その時の心境をイチローに直接聞いたわけでもないので想像にすぎないものの、多分あたらずとも遠からずであろうと私は思っています。

 チームプレーの醍醐味
 TVを通じて見るかぎりにおいても、WBC日本チームが試合を重ねるごとにチームとしての質が高まったことを感じます。とくに準決勝の韓国戦と決勝のキューバ戦でそれがしっかりと感じとれました。見ているだけの我々がそうなのだから、ましてやチームメンバーにとっては当事者であるからに、心身ともにずっしりと感じ得たにちがいありません。
 スポーツであれプロジェクトであれ、チームプレーがうまくいったときには、それこそ筆舌につくせないほどの楽しさ、喜び、感激に満ちていると私は思っています。これはプロジェクトの実践を通じてプロジェクトチームの成功から得た喜びを経験したことのある私にとって、生涯ゆるがぬ確信といえます。

 一般に、組織の目的と個人の目的は一致しにくいのですが、個人の目的(動機)が組織の目的と合致している組織体がチームと定義されます。そうでない単なる人の集合は、これがチームという名目で構成した組織であったにしても、その本質は「チーム」とはかけ離れた「グループ」にすぎません。
 イチローは2001年にシアトルマリナーズに入団以来、5年にわたり毎シーズン200本以上の安打を打ち続け2004年には262本の世界記録も樹立しています。ところがマリナーズというチームそのものは毎シーズン低迷を続けています。低迷の理由はいろいろあるのでしょうが、イチローとしてはチームが一丸となってリーグ優勝とかワールドシリーズ優勝を目指す意気込みが希薄な中での、チームプレーの醍醐味にひたれない悶々とした5年間であったことは容易に想像できます。
 そんな彼が「本当のチームプレーができるのでは?」「チームとしての喜びにひたれるのでは?」として選んだのが日本チームメンバーとしてのWBCの場であったのでしょう。

 チームプレーの基本は仲間への思いやり?
 マスコミの報道によれば、イチローは松坂投手に向かって「力の出し惜しみをしているだろう」ときびしく指摘したということです。WBC日本チームは、まさにプロ中のプロの集まりです。自分もその一員でありリーダーの一人を意識するイチローにとっては、全力を出し切らないプロフェッショナルなどは共によろこびを分かち合う仲間として認めたくない、という気持のあらわれかも知れません。松坂の力のすごさを知っているからこその指摘であり、これは松坂へのイチローの思いやりと私は善意に解釈しています。そして松坂はキューバとの決勝戦で本来の力をぞんぶんに発揮しました。結果として日本チームは優勝したのですが、松坂は「勝って一緒によろこぼう」という思いを込めた力投を通じて、チームメイトに対し自分のスキルと精神力のすべてを出し切ったことを証明したかったのでしょう。イチローのきびしい指摘に勝利とMVPという具体的な形で応えた松坂は、まさにプロ中のプロといえるかもしれません。
 和、協調、仲良く、といった言葉がチームマネジメントの基本のように思われています。これはきわめて当然のことなのですが、和・協調を醸成し維持しようとするならば相互に「あいつはすべてを出し切ってよくやっているな」と思い合える雰囲気が醸成されない限り無理な話です。自分のすべてを出し切ることこそプロフェッショナルであり、チームの仲間に対する思いやりではないでしょうか。

 冥利につきる
 かつてチームプレーの成功にめぐり合わせた私の目から、思わず涙がほとばしった経験があります。プラントの機械設備部分の受注者側に所属する私がリーダーとなり、電気設備部分受注側のメンバーと協調しながら、オーナー主催のプラント完成祝賀セレモニーのテストラン助勢に臨んだ際のことです。
 セレモニーはオーナーの社長はじめ役員全員と関係従業員、それに顧客、地元の官・政・財各界来賓の出席のもとに祝賀ムードの中でおこなわれました。挨拶につづいてテーブルに設けられた紅白リボンで飾られたボタンをオーナー社長が押すところからクライマックスに入っていきました。
 テスト1本目の材料が無事に最終工程を通過した瞬間に出席者一同の盛大な拍手がわき起こったのを耳にしたとき、思わず涙がほとばしってとまりませんでした。この拍手は裏方の私たちへのものでないことはわかっているのですが、プロジェクトをやり遂げた満足感、おめでたいセレモニーの場をテスト成功で飾れた安堵感、建設にたずさわったオーナー従業員一同の歓声を聞けた喜び、これらが一瞬のうちに自分を見失わせたのでしょう。

 オーナーへの取材はあるものの、地元のマスコミとはいえ受注者に対するインタビューなどがあろうはずもなく、電気設備リーダーのMさんと祝賀会場の片隅で握手しながら自己満足にひたったものでした。
 でもマスコミのインタビューがもしあったとしたなら、陰で涙をほとばしらせた私であっても、人前では平静さを装いながら「本当によかったです。でもヤバイっすね。」という形で、喜びに満ちた胸中の熱さと力を出し切って一丸となった仲間との別れのさびしさの混在する複雑な心境を、イチロー風にクールに表現したかも知れません。

 全力を出し切ったプロジェクトが成功する、まさにプロとして冥利につきる瞬間です。幸いにも、国内プラントビジネスを通じて私は3回も冥利につきる機会に恵まれました。そのときの仲間に、そしてお客さんに、あらためて感謝を申し上げねばなりません。

 次回も身近な まい ぷろじぇくと について考えます。ご期待ください。