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プロマネの色眼鏡(9):「将棋に学ぶマネージメントの心得」

加畑 長昭:6月号

 将棋の最高位、名人戦の主催権を巡って日本将棋連盟と毎日新聞社が盤外の戦いを演じている。日本将棋連盟は、主催権を新たに朝日新聞社へ移管しようとしている。連盟はそのホームページで、「これは外部有識者による経営諮問委員会からの提言である」と説明しているが、連盟の財政改善とはいえ、連盟米長会長の独断的専行と巨額の移籍料および契約金アップで新たな契約を結ぼうとする朝日新聞社とに“ホリエモン”的なものを感じる。何よりも礼を重んじる将棋であればこそ、また正義と批判精神を持つことがジャーナリズムの命であるから、良識ある決着を見ることを期待している。

 私の趣味の一つに将棋と囲碁がある。日本将棋連盟から三段、日本棋院から二段を允許されている。将棋の三段、囲碁の二段は、そんなに珍しくないだろうが、合せて五段と言うのが私の少しの自慢である。将棋は、囲碁もそうであるが、時には“プロジェクト的”であると言われる。そこのところを少し考えてみた。

 趣味であるから楽しむことが目的であるが、我々のへぼ将棋でも、勝負に勝つすなわち相手の「王将を詰める」という明確な目標がある。その目標に向かって一局を指す、将棋をマネージメントする事となる。
 一局の将棋の展開は、序盤、中盤、終盤に分けられ、各々のフェーズでマネージメントの基本となる考え方がある。
 「序盤」では、居飛車か振り飛車かと言う基本戦形(戦法)を決める。プロジェクトにおける【立ち上げ・計画のフェーズ】、基本構想の確立といえよう。この基本戦形も、先手、後手により異なるし、急戦、持久戦によっても選択肢が分かれる。守り・堅さを多少犠牲にしても速度を重視する急戦調か、守り・堅さを重視した持久戦かの選択がある。戦法が決まって駒組みが始まるが、この段階では多くは定跡化されている。重要なことは方針が決定したならば一貫することである。途中での転換はあまり良い結果を生まない。しかし何時も相手があるので、相手の戦法、出方に注意し、それに対応した駒組みを行うことが肝要である。基本構想の確立は、その後の戦い方を左右するので定跡化されているとはいえ、独善に陥らないよう十分慎重な注意が必要である。
 「中盤」は【実施のフェーズ】、いよいよ戦いである。将棋の戦いの心得は、『玉の守り』、『駒の働き・損得』、『大局観』である。『玉の守り』は金銀3枚を基本とする。攻めにも守りにも強い金、銀はオールラウンドプレーヤーである。プロジェクトマネージャーを支えるマネージメントスタッフとでもいおうか、それがきちんと役目を果たしている時には安心して攻めに転ずることが出来る。組織を確立し、足場を固め、方針を周知せしめることであろう。『駒の働き』は各々の駒の持つ機能・特性を理解し、特色を生かすことである。メンバーを適材適所に配置すること、メンバーのやる気を引き出し有効活用を図るというところであろう。例えば攻めの基本は「飛車、角、銀、桂」といい、それが働けるような陣形・駒組みを心がける。大駒といわれる「飛車、角」だけでは、破壊力はあるものの、攻めが細く(継続せず)容易に相手「玉」を詰ませることは出来ないが、これに「銀」や「桂」が加わって初めて攻めの陣容が整い、関連する駒も躍動する。また一番価値が低いと軽んぜられる「歩」でも、その特長を生かし使えば、価値以上の価値を生み出す。「金底の歩、岩より固し」と言われるように、「金」と「歩」の組み合わせで、最強の攻め駒である「龍」の動きを封じる事ができ、「歩」一枚が勝敗を決するような守りの要となる。「歩なし将棋は負け将棋」と良くいわれるが、一歩も千金となる。歩がないため、「金」やその他の駒を「歩」の代わりに使う、または使わざるを得ない将棋は大概負けるだろう。優秀なスタッフとキーパーソンだけではプロジェクトチームは成り立たない。プロジェクトは、それを支える多様な機能を持つメンバーが必要であるということを教えてくれる。また「遊びゴマを作らない」とは、駒と言う資源の有効活用であり、チーム全員が各々の役割を理解し、有効に機能している状況を表している。オールラウンドプレーヤーである攻めの「銀」が、中途半端な構想、方針変換により敵陣で動きがとれず、攻めにも守りにも役立たない局面になるようなこともある。まさしく坂田三吉の名言「銀が泣いている」状況に我々のへぼ将棋ではしばしば陥るが、能力のあるメンバーに活躍できるような場を与えられずやる気を失わせる、そんな状況をプロジェクトでは是非とも避けたいものである。
 『大局観』については、囲碁の心得「着眼大局、着手小局」と同様に、目先に囚われず、常に戦いの全体を客観的・俯瞰的に判断し、最も価値のある次の一手を選択するという事である。何時もそれを心がけるが、凡人にはなかなかそうは行かないのが現実である。
 「終盤」から最後の詰めとなる。「終盤は駒得より速度」といわれる。プロジェクトのミッションが「王将を詰める」事であるから、全ての駒(資源)を投入してでも、相手の「王将」を詰めることに注力しなければならない。しかしついつい目先の利益、駒得に目が奪われたり、独りよがりの読みで最終目標を読み違え、気がついたときには既に手遅れとなり「自玉」が詰まされてしまうこともしばしばである。かくして投了。全体を見ないで局地戦を行う、目先の駒得に目を奪われるといった俯瞰的大局観の欠如の結果である。
 それから【終結のフェーズ】、感想戦となる。感想戦で敗因を明らかにすることは、次の将棋のため重要である。しかし我々のへぼ将棋では反省はするが学習効果が少なく、同じ過ちを何度も繰り返している。

 さて、企業の社会貢献や倫理が問われるように環境が変化してきたとはいえ、現在の厳しい企業環境では、価値観として未だプロジェクトは利益を上げることが要求される。プロジェクトが不採算な結果となれば、多くの場合そのプロジェクトは失敗、負けと言う評価になろう。プロジェクトが失敗に陥る要因は、プロジェクトマネージャーの意志が届かないところに有る事もしばしばあるが、将棋の勝敗は全て考え、決断し、実行した指し手の自己責任であり、負けを他人に転嫁する事はできない。その意味で、将棋はプロジェクト的であるがプロジェクトそのものではない。しかし将棋にはプロジェクトにおけるマネージメントの重要な心得を示唆してくれる。
(2006.05.26)