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『ウェブ進化論』  ―― 本当の大変化はこれから始まる ――
(梅田望夫著、ちくま新書、2006年03月10日発行、5刷、249ページ、740円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):6月号

 この本が発売されて間もなく、朝日新聞の経済面に大きく2件の記事が掲載された。「米IT大手、日本市場へ照準、社内データ検索に商機」(4月13日付)で、内容はネット検索世界最大手の米グーグル社が中小企業向けに「グーグル・ミニ」を日本で発売するというもの。その記事に並んで、ビジネスソフト大手の「米オラクル社、まず大企業狙い」と検索システムの発売を発表した。これらのニュースは、社内のネットワークに蓄積された膨大なデータを素早く検索するためのシステムを売り込むものである。グーグル社は、パソコンのネットワークを対象とし、一方のオラクル社は、社内の超大型コンピュータシステムをターゲットとしたものである。その1週間後に、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長が来日して、「自社ソフトの優位を強調、グーグル対抗策に自信」(4月22日付)と記者会見をした記事である。これは明らかにネットワーク上の検索システムで優位に立つ「グーグル社」の戦略を意識したものである。マイクロソフトは、米国で今秋から来年にかけて検索機能を向上させた次世代OS「ウィンドウズ・ビスタ」を発売すると言われている。しかし、今回の記者会見では、日本での次世代機の発売時期には触れなかった。こうした一連の動きから「グーグル社」の躍進が、競争他社を脅かしていることが伺える。

 このホットな情況で今回紹介の本を読むと、時代の流れを肌で感じる。この本は新書版で249ページと外見上は手軽なボリュームであるが、テーマが多岐に亘り多くのキーワードが書かれてある。更に、それぞれの内容が深く掘り下げてあるので読み応えがある。筆者は40年近くIT部門に関係していて、外資系ITベンチャー企業にもいた経緯から時代の急激な変化を体感している。特に、PC、インターネット、オープンソース等の急速な普及と発展は、政治経済を含む大きな社会的変化をもたらしていると思っている。著者は、その変化の本質を「革命」と捉え、その変化にどう対処すべきかを説いている。25年前にA・トフラーが「第三の波」を世に出して情報化社会の到来を書いたが、現代はその延長線上なのか、はたまた新たな波としての「革命」なのか正確には分からない。しかし、著者はその点を冷静に「革命」と位置付けて技術的側面から社会的側面に至る変化を的確に捉えている。その中でPMに関係するだけでなく、大きな時代のキーポイントとなるであろう3項目にスポットをあてて紹介したい。因みに、著者はシリコンバレーで起業し、コンサルティング会社やベンチャーキャピタルファンドの経営者でもあり、日本のIT分野(日本電気(株)、NTTドコモ等のボードメンバー)でのアドバーザーとして活躍中で、今話題の人である。

ウェブの進化(その1)    ―― サイト検索の再編成:「グーグル」 ――
 先に紹介の新聞記事にもあるとおり「グーグル」は、現代のWeb界の寵児である。それはPCのと言うより、世界のガリバー企業に躍進したマイクロソフトを脅かす存在に成長している点にある。著者は、そのポイントをインターネット上の「チープ革命」からきていると指摘している。PCやインターネットの急激な普及の背景には、ハードウェアや通信回線等の技術革新と低価格化があり、ソフトウェアのオープン化による無料化と検索エンジンの無償サービスがある。これらを総合してWebの「チープ革命」といって言っている。特にソフトウェアのオープン化は、リナックス(Linux)OSに代表されるように無料OSがディファクトスタンダードとして世界中に普及した。そして、現在では、マイクロソフトOSに迫る勢いで広がっている。一般的にPCのOSは、ハードウェアに組み込まれているので、ハードウェア選定上OSの比重が大きく物を言う。しかし、オープン化されたソフトは、無料なのでハードウェアも低価格となり、必然的に「チープ革命」を促進している。更に、ここ数年インターネット上のデータ検索は、無償サービスが常識になっている。具体的には、ヤフーや楽天やアマゾン等Web上のデータ検索は、無償であるばかりか早くて正確である。以上を整理すると、インターネットとソフトのオープンソース化がチープ革命を生み出している。このネット世界の潮流が新たな時代のルールを創っている。それがWeb進化であると著者は言っている。そのルールの詳細は、本書を読まれ確認頂きたい。

 このWeb進化をもたらしている「グーグル」について、もう少し触れてみたい。先ずグーグルとは、検索エンジンの会社というのが一般的理解であるが、著者は「知の世界を再編成する会社」であると書いている。それは現在、インターネット上の30億のWebページ情報を30万台のコンピュータで日々刻々更新されるデータを自動的に取り込み解析して、ユーザー検索に答えている。そのユーザー問い合わせは、1日2億件以上で約0.5秒以内に結果を返している。グーグルのホームページからデータ検索をしてみると一目瞭然である。この処理技術は、PageRankというWebリング構造の特性を活用したもので、企業秘密で公開されていない。いずれにしてもこの膨大な情報を瞬時に処理し、「無償」であることがポイントである。インターネット上の多くのデータを網羅する「グーグル」は、地球規模のコンピュータシステムで、ネット空間の「情報発電所」であると著者はいう。そしてこの無償提供の検索エンジンを支えているのは、検索によって選択されたページに表示される広告収入である。この広告を取り扱っているのが「アドセンス」という関連会社である。多くの企業からの広告収入が膨大な地球規模の情報発電所を作り上げている。そして「グーグルによって新しい富の分配メカニズムが構築された」とも指摘している。こうしたグーグルの躍進が、今までにない新たなWeb時代の潮流を創っている。

ウェブの進化(その2) ―― Webサイト(コンテンツ)の双方向:「Web2.0」 ――
 最近「Web2.0」という言葉を目にする。そこでWeb検索(書籍とWeb2.0)を試してみた。グーグルで5,310,000件(0.34秒)、ヤフーで1,060,000件(0.62秒)であった。この数値から、百万件以上の書籍やWebページが存在している。しかし実際の書籍は、八重洲ブックセンター等で探しても10冊程度である。勿論、この本もその検索で選択されている。この本で、「Web2.0とは、ネット上の不特定多数の人々(や企業)を、受動的にサービス享受者ではなく能動的な表現者と認めて積極的に巻き込んでいくための技術やサービス開発姿勢」がその本質であると書いている。このWeb2.0は新しい技術やサービスではなく、インターネット上でここ数年に発生した環境変化とその方向性(トレンド)を総称している。だから現在がWeb2.0で、それ以前がWeb1.0ということになる。先の著者の話を分か易く書くと、Web1.0ではサイトコンテンツは閲覧するだけで一度作成したら殆んど更新されない一方的なサイトである。それに対してWeb2.0では、サイトコンテンツはサイト作成者と読者が双方向にあって、いつでも、どこでもコミュニケーションでき、情報を共有することもできるサイトである。これはWebのネットワーク化や構造化が進んだことを意味している。具体的Web2.0の事例として、「グーグル・マップのAPI公開」を取り上げている。先ず、API(Application Program Interface)とは、プログラムの内容を意味し、従来は開発会社の著作物として一般公開されることは全くなかった、所が、このWeb2.0では、そのプログラムをインターネット上に公開するとグーグルは言っている。当然公開するのは無償である。これによって開発関係者は、グーグル・マップを使った新しいサービスを自由に開発できる。その結果PCアプリケーションソフトが多数作成され、グーグル・マップが自然に使われることになる。この手法、この考え方がWeb2.0と言うか、Web2.0的である。

 もう一つWeb2.0の例として、この本では書いていないが、閲覧者が参加主体の辞書検索サイトのウィキペディア(Wikipedia)を紹介しよう。最もWeb2.0的なものである。インターネット総合辞書のウィキペディアは、単語の意味だけでなく、歴史や実例や問題点等の情報を検索できる。ただ閲覧するだけならWeb1.0であるが、この辞書は内容を読んだ読者が自由に中味を編集することが可能である。検索した辞書の内容がおかしな点や足りない部分を自由に編集することによって、サイトへ参加するという双方向のコミュニケーションが図られる。中には間違った知識や不届き者が悪戯で内容を編集することもある。しかし、この間違った情報を見た読者が直ぐ元に戻すので、大きな混乱をすることがないと言われている。最近、日本でもWeb2.0的なものが出てきた。著者が関係している「はてなブックマーク」は、お気に入りを全員が共有するものである。この本にも少し紹介されているが、インターネットのお気に入りやブックマークを色々な人に紹介するコンセプトである。これぞ自分のお気に入りを不特定多数の人と情報共有するWeb2.0的サービスである。

ウェブの進化(その3)  ―― コンテンツマネジメントの潮流:「ブログ」 ――
 ブログが身近なものとしてWeb上で多く見られるようになったのは、ここ数年前からである。著者は、何故こんなに注目されるようになったのかに関して、「量が質に転化した」からだという。多くの人が情報発信(日記や体験記録や諸々の紹介等)すれば、その中には良質のものが一定比率で存在する。2005年で500万以上のブログがある言われ、その一般的な読者は、身近な友達であり知人である。次に書かれたブログは、先に紹介の「グーグルの検索エンジン」の検索対象となって、見ず知らずの人の目に触れる機会も多くなる。それが相互に連携され、結果そのネットワークは計り知れない広がりを見せる。それが現在のブログの状況である。更に、技術的にも従来のホームページにはないポイントがあることを指摘している。一つ目は、ブログの仕組みが記事=コンテンツ単位に設計されている。即ち、個々の記事に固有のアドレス(URL)を付けらている。それは、そのブログ全体ではなくその記事そのものを指し示すことが出来るので、そのブログの内容が次々更新されてもその記事のアドレスは変化しないので、リンクが永続されることになる。二つ目は、ブログにRSS(Really Simple SyndicationまたはRich Site Summary)というWebサイトの更新情報を要約してネットに配信するフォーマットが可能になったことである。これによって従来ブログが更新されても、誰かがアクセスしなれば分からなかった状況が、「更新情報を要約して自動的に配信」出来ることになった。これらの機能は、ブログ相互のリンクがより密接になり、ブログが普及する原動力となっている。

 その結果どういうことになったか。会社情報の入手を例に見ると、会社のホームページを検索して、会社概要、収益情報、最近のニュースリリース情報まで入手可能である。これと同じことが、個人の場合でもその人の名前なりブログを検索して、個人情報を入手出来る。即ち、ブログと検索エンジンを使って情報収集がいとも簡単に出来る便利なツールとなった。そして、ブログを個人の知的生産の技術としても利用可能になったと著者の経験を披露している。知的生産の技術といえば、新聞、雑誌、参考文献、論文等々の情報類の整理、保管、検索、分類、作表等であるが、これらの情報ソースがインターネット上にあれば、スクラップブック代わりにブログを使うことが可能である。それもインターネットから、どこからでも利用でき、情報の共有も可能であるばかりか、相互のPCを経由して他者との創造的発展が期待できる。ならば、PMでもこれと同じようなことが考えられる。プロジェクトメンバー全員に予めブログを割りあてて置き、マスタースケジュールに対する個人進捗や問題点、コメントを適宜入力させる。リーダーなり管理者は、それを必要なタイミングで情報入手する。その結果を各ブログ(担当者)に対して必要なコメントや作業指示等を書き入れ、相互のコミュニケーションを図る。ブログ活用によるPMというのは如何であろうか。思い付きで機密保持等の詳細検討も必要であるが、今の時代に合った「チープ革命」の先取りである。この機会にWeb進化とPMを考えてみたい。  (以上)