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「PMのリース業への挑戦(3)」
−変革のプロセス12段階−

向後忠明:4月号

 日本のリース業の現状は前月号で話した通りですが、他のリース会社も似たり寄ったりの状況です。
 しかし、私が所属する会社はあまり危機感と言うものが無く、周りの話からでも自社の将来を本当に心配している人がいるとは感じられませんでした。
 むしろ、毎日の仕事の中で新しい案件でも出てきようものなら、前月号などでも説明したようにリスクや風評ばかりに気を配り、理屈だけで案件の問題点ばかりをほじくる人が多く適正な判断が行える状況になっていませんでした。
 このような企業文化を如何にして打破し、新たなビジネスモデルの創出とそれを受け入れることのできる体質をどのようにすべきかを模索することが私のここへきたミッションと思い、その解決に取り組むことにしました。
 そして、自分なりに考えた案が“プロジェクトリース”と言った「顧客の求めているソリューションを企画からその資本政策や実行まで行うビジネスモデル」でした。
 しかし、理屈はいくらでも書けるが「実際どのようなものがリース業に合致したビジネスモデルか?」しばらくの間、暗中模索が続きました。

 そのような状況にあった時に「変革のプロセス12段階」と言う理論に出会いました。そこには変革の運動に関するプロセスが示されていて以下の@〜Kの項目から構成されていました。
 @冒険の予感(何かが起こる期待)、A出会いと学習(組織の価値観をつかみその意識や行動がわかるようになる)B不満の蓄積(現状の仕組みに満たされない思いが組織に満ちる)C矛盾の表面化(組織での問題が表面化する)D変革の始り(プロデューサが登場し、問題をクローズアップして変革の旗揚げをする)以降E変革への参加(未来像が示され、満たされない思いを持つ人たちの参画が始まる)そしてF変革の証明F変革の伝播H意識の転換I不全感の解消(束縛からの脱出)J慣習の改革K価値の確立等々から成り立っている。

 この各プロセスから見ると、他の人がどのように思うとも、自分自身の中にある勝手な思い込みでも良いと言う前提で、私の立ち位置は@〜Cまで完了しているものと想定しました。すなわち、この会社に所属して以来の活動で、変革のキッカケを作るためのプロファイリングは前号などでも示したように完了していて、具体的な「あるべき姿」への具体的シナリオ作りの段階に来ていると考えました。
 すなわち、プロデューサとしての真骨頂が試される段階、すなわち「変革の始り」のプロセスの段階に来ているということと勝手に想定しました。

 そうは言うものの、変革の旗揚げをするにも何を何処へどうしたらよいか、この会社に来たばかりの自分には分からないことばかりでした。
 しかし、悩んでいても始まらないとの思いから、この会社で数少ない私の考えへの賛同者である社長に自分なりにまとめた新しいビジネスモデルについての提案書をだしました。
 その内容はすでに前にも記したように“物品に対し相手企業の与信をベースとしたリース業から企画からのソリューション型ビジネスである、将来の成長を与信とするプロジェクトを対象にしたリースまたは投資に関するビジネスモデルへの転換”と言う内容のもので具体的なビジネスの内容を示したものです。

 もともと“PFIのようなものをやりたい”と言っていた社長なので提案した内容はすぐに理解してくれました。
 しかし、具体的案件探しになるとこれまた至難の業であり、周りには私をサポートする人も皆無であり、徒手空拳の状態でした。すなわち、変革の12段階の「E変革への参加」がなされない状態が続いたわけです。
 そんな状況が続き、毎日頭を悩ませていた所、社長から呼ばれ、「このような案件があるが一度考えてくれないか」と言う話がありました。
 その案件は外国の有名なショーを日本に誘致し、3〜5年間の興業を東京のある場所で行うと言うものでした。
 この興業に必要な総コストは85億円あまりでその内訳は資本が約60億円、リースまたは融資が約25億円と言ったものでした。
 これはまさに私が以前インドネシアで経験したPFI型プロジェクトであり、SPC(特別目的会社)を設立し、対象プロジェクトに必要なシステムを構築し、人材を集め、事業運営による収益にて借金を返していくと言ったビジネスです。
 さて、リース会社としてどのように動いたら良いのか分からないまま、幾日か過ぎた頃、関連会社のある人間がこのプロジェクトの仕掛け人であることが分かり、その人間(今後、田中さんと仮称します)に会うことになりました。
 田中さんはエンターテーメント(エンタメ)業界にもかなり詳しく、また幅広い人脈を持ちこの業界のトップにも通じている人した。その人脈はかなり広く、ショーに限らず、映像やネットビジネスにも通じていました。
 私にとって、ショービジネスは全くの未知の分野であったので一時はどうなるものかと不安に思っていた矢先でしたので多いに助かりました。
 田中さんはすでにこの種のプロジェクトで当然真っ先に必要とされる資金と運営の主体者である資本家についても内々承諾を得ていました。そして、それぞれの関係企業からLOI(関心証明)をもらい、アメリカのショー実行会社の了解も得られているとの話を聞きこれまで心配していたことがすべて氷解することになりました。
 当方でやることは社内の根回しと、自社の関心証明の発行であり、それも、もともと社長の持ってきた仕事であることから自社の関心証明発行に関する審査もスムーズに通すことができました。
 ここまでは怖いくらいに順調に話が進みましたが、副次的産物として会社のトップの人達もプロジェクトリースとはどのようなものかわかってもらえたような気がしました。
 この期を逸しないように新しい仕組み作りによる新ビジネスモデル創出を対象にした新たな活動拠点を作るべく早速動き出すことになりました。